6話 万札ナンパさん大はしゃぎ
【ゲッウェイ視点】
ファミレスを出た私達は、その足でハグルマちゃんの服や日用品を買いに行った
悲しい事に、骨と皮だけのハグルマちゃんには新品の服は似合わない
どうしても、新しく綺麗な生地の服をハグルマちゃんが着ると、対比で病人のように見えてしまう
身体中に巻いてる包帯も、新しい服だと一層目立っちゃうのよね
でも関係ない!
これからぶくぶく太らせ……るのは健康に悪いから、適度に太らせて、似合うようにしてあげるのだから
そんな訳でハグルマちゃんは、ボロボロの着流しから、薄いベージュのワンピースにジャケット代わりの濃い青の羽織に大変身している
うん、痩せすぎてる点を引いても中々似合っている、我ながらナイスチョイスと誉めてあげたいわね
それから、ギアが夜は近所の人も呼んでバーベキューをしたいとか言ったから、ご近所さんに電話して野菜とかも買い足した
ハグルマちゃんのお披露目になるんだから、髪も切ったのだけど……頑なにオカッパ頭(ボブカットではない、後ろを刈り上げた正真正銘なオカッパ頭だ)に拘るハグルマちゃんを説得するのに時間が掛かったわ
せっかく腰まで伸ばしているのに勿体無い、毛先が傷んでたから、切り揃えたら肩までのセミロングになっちゃったけど
これくらいなら私と同じように、編み込んで後ろでまとめたり、色々できるから楽しみだわ
これからはお洒落も教えてあげなきゃ
「あっ悪いゲッウェイ、酒を買うのを忘れていた……自分じゃ全然飲まないから家にも無いんだった」
ギアの場合は飲まないんじゃなくて、お金が無いから飲めないの間違いだけどね……
そう言えば私も、ギアのご近所さんに電話した時に言われたのを伝え忘れていたわ
「その事なんだけど、お隣の金城のおじいさんに電話したら、お肉を出すならバーベキュー器具の準備やお酒は出してくれるそうよ、ついでに来れそう人には全員声をかけると言ってたわ」
「それは悪いな……今度なにかお礼をしないと」
「あのおじいさんは楽しんでやったるんだから、野暮なことはしないの」
金城のおじいさんは、ギアの隣に住んでいるおじいさんで……茶飲み友達と言った方がいいのかしら?
ギアはこんな性格だから、ちょくちょく近所で困ってる人を見掛けるとお節介をするのだけど
金城のおじいさんは、そういうのを全て断って自分でやってしまうのよね
例えば、草むしりを手伝おうとしたら、「暇潰しを奪うんじゃない!お主も暇なら茶でも飲んで話に付き合え」と言ってお茶に誘ったり
台風とかで断水した時なんか「お主は水を魔法で出せたな、クルマに乗れ!」とギアを拉致って家々を廻ったり
なんと言うか……とても行動的なおじいさんだ
「そんな事よりハグルマちゃん、今夜はバーベキューよ、楽しみよねー」
「うぅ……オカッパ頭が、座敷わらしのアイデンティティーが……」
おっと、まだ引きずってたか
絶対こっちの方が可愛いから、なんと言われようとオカッパ頭は不許可よハグルマちゃん
「俺はオカッパ頭より今の方が似合ってると思うがな……それにしても晴れて良かった」
ギアがハグルマちゃんの右手を握り、髪をいじさせるのを止めさせて空を見上げた
日も落ちかけて月が出ている、満月だ
「あっ……お月様って、本当について来るのですね、不思議です」
釣られて空を見上げたハグルマちゃんが、お月様に興味津々だ
「うふふ、そうね、不思議ね」
私はハグルマちゃんの左手を握り微笑んだ
───いいわこれ!ギアとハグルマちゃんとで、家族みたいで凄くいい!
こういうの憧れてたのよねー
夜空を見上げながらお散歩って、最高に素敵だわ
「ほら前を向いて歩かないと危ないぞ」
「は、はい、ごめんなさいですよ」
ギアに注意されて前を向くけど、チラチラと空を気にしている
それを見た私の母性回路はギュンギュン回り始める
あーもー駄目、甘やかしたい!今度キャンピングカーをレンタルして高原キャンプに行こうかしら
くっ、これが幼子を無条件で甘やかしたくなるベビーフェイス効果なのね、私の警戒心と財布の紐が緩んでしまうわ
「ゲッウェイも蕩けた顔をしてないで行くぞ、バーベキューの準備を金城のじいさんに丸投げするわけにはいかないからな」
「あっごめんなさい、そうね、急がなくっちゃ」
───
──
─
「遅いぞギア!肉をさっさと渡せ」
すっかり日も落ちた頃にバーベキューをやる広場に着くと、真っ白い髪の角刈りお爺さんがギアに詰め寄って来た
金城のお爺さんだ、作業服に軍手という完全武装でバーベキューの設置をやっていたみたい
「遅れてすまない金城さん、肉は大量にあるがどこに置いたらいい?」
「あそこに居る貧乏学生に渡してやれ」
指差された先には、大学生と思える集団が組立式のパイプ机に調理器具を並べていた
それにしても人数が多いわね、てっきり数家族くらいしか来ないと思ってたのに、百人近くは集まってるわよ
バーベキュー用のコンロとかも、四角いのからドラム缶を半分に割ったのまで十数台あるわね……やだ、もう炭に火をつけてる……いけない、私も急いで手伝わなくっちゃ
「ハグルマちゃん私達も行くわよ、買ってきた野菜を切らなくっちゃ、どんどん作るから手伝って!」
「はい、お手伝いするのです!」
フンスッ、と言わんばかりに気合いを入れるハグルマちゃん
だが、その手を掴んだ人がいた……金城のお爺さんだ
「バカを言うでない!子供が包丁を持つなんて十年早いわ、お主はあっちで子供同士で遊んどけ!ほら行くぞ」
「ま、待って下さい、私は大人ですよー」
ハグルマちゃんの抗議も空しく、手を引かれて広場の片隅で遊んでいる子供達の方へと連れて行かれた
「あーあ、せっかくハグルマちゃんと一緒にお料理が出来ると思ってたのに」
「そうぼやくな、料理なら俺が付き合ってやるから」
連れていかれたハグルマちゃんを見ていたら、ギアが私の手を握ってきた
ふむ、これはこれで悪くないわね……これまでどれだけアピールしても、絶対に手を出さなかったギアの警戒が緩んでいる
もしかしなくてもハグルマちゃんのお陰かしら?
連れて行かれたハグルマちゃんには悪いけど、こんな千載一遇のチャンスを逃がす訳にはいかないわね
「ハグルマちゃーん、ありがとー!」
「何がですかー!?」
思わず遠くのハグルマちゃんに感謝を叫んだら、律儀に叫びが返って来た
うん、やっぱり私はハグルマちゃんも大好きだわ
だってこの子、すごく可愛いんだもの
───
──
─
大量の食材を切り終わった私とギアは、缶ビールをチビチビ飲みながら鍋料理を作っているが
目の前で繰り広げられている光景に笑みが止まらない
「美味しいです!凄いです!楽しいですよ!!」
「わっはっはっはっ、それは良かった、まだまだ焼くからどんどん食え」
バーベキュー将軍と化した金城のお爺さんが、ハグルマちゃんにお肉や野菜を焼いているのだ
ギアが言っていたのは本当だったのね、ハグルマちゃんがとんでもない量の料理を無尽蔵に食べているわ
小さなフードファイターの登場に、金城のお爺さんどころか、周りも歓声をあげているもの
「お嬢ちゃん、クラムチャウダー作ったけど飲むかい?お肉ばっかりじゃ飽きるでしょ」
「全然飽きないですよ!でもいただきます!…………(こくこくこく)…………わぁ、海の香りがするのです!すっごく美味しいですよ!」
「うふふふふ、おかわりもあるからね」
「ありがとうございます、いただきますですよ!」
「ちょっと浦野さんおかわりはズルいわよ!ほらハグルマちゃん、こっちのホットケーキの元で作ったなんちゃってバームクーヘンも食べてみて、美味しいわよー」
「わー!棒が刺さったパンみたいです!凄いです!ギアさんゲッウェイさん見て下さい、こんなの初めて見ました!」
大喜びで食べるハグルマちゃんに、集まった人達もほっこりだ
ギアなんてさっきからずっとニコニコしながらビールを飲んでいる
「おお、俺も初めて見たぞ……ありがとうございます向井の奥さん、こんなにはしゃいでるハグルマは初めて見ました」
「向井さんありがとうございます、ハグルマちゃんそんなに慌てて食べたら喉に詰まるわよ」
「あっ、ありがとうございますですよ!とっても美味しかったですよ!」
飲み込むように食べ終えたハグルマちゃんが慌ててお辞儀をすると、向井の奥さんは嬉しそうに顔を綻ばせた
「ハグルマちゃんはいい子ね、うちのバカ息子にも見習わせたいわ」
「ちょっと向井さんケーキは卑怯なんじゃない?」
「卑怯じゃありませーん、これはれっきとしたキャンプ料理の定番でーす」
「母ちゃん肉無くなったー!これ食っていいんだよな?」
「ちょっ、塊のまま焼こうとしないで!切ってあげるからちょっと待ちなさい」
もうカオスね
バーベキューのはずなのに、いつの間にかハグルマちゃんへキャンプ料理を振る舞う場になってるわ
浦野のお父さんもダッチオーブンで何か作ってるし……なんかあっちで地面に葉っぱで包んだ肉を埋めてる人がいるわね、あれも料理なのかしら?子供達が集まって盛り上がってるから、料理なんでしょうけど
「ゲッウェイさんはもうええぞ、ギアと一緒に飯を食え」
周りの本格的キャンプ飯を見ていたら、金城のお爺さんがハグルマちゃんに焼けた肉と野菜を盛りながら言ってきた
「バカ言わないで下さい、今日は私とギアの主催なんですよ?そういう金城さんこそ楽しんでください、ずっとお肉焼いてるばっかりで食べてないじゃないですか」
「ワシは老人じゃから最後にちょっと残り飯を食えたら十分だ、若いお主らは遠慮せずに年長者に従っとけ!」
「あの……私が料理するですよ?」
「「「ハグルマ(ちゃん)は素直に持てなされ(とけ)(なさい)」」」
「理不尽ですよー!」
理不尽じゃありません、残念でもなく当然の結果です
しくしく落ち込んでるハグルマちゃんに、金城のお爺さんが焼けたお肉を皿に盛る
お肉がお皿に盛られた途端に、まるでオートの如くハグルマちゃんの手が動き口に運ぶ……うん大丈夫そうね、落ち込んでるわりには、食べる時にはすっごい笑顔だ
「しょうがないから交代で休憩しましょう、金城のお爺さんはご飯を食べに行って下さい……最低一時間、その間は私が料理をしながらギアとハグルマちゃんとの甘々な時間を楽しみますから…………すいません金城のお爺さん、出来ればもう帰って来なくていいので、バーベキューを楽しんで下さい」
言いながら金城のお爺さんが邪魔だと気付いた私は、最後は真顔で提案した
「う、うむ、そ、そうだな……悪かったなギア、邪魔をしたみたいで」
「何言ってるんですか金城さん、段取りや準備を丸投げしたのに、邪魔なんか思う訳ないじゃないですか!」
「そ、そうですよ、すいません金城のお爺さん、つい邪悪な私が出てしまいました、よかったらこのままここで食事を楽しんで下さい、その方がハグルマちゃんも喜ぶと思うので」
話を振られたハグルマちゃんが、キョトンとした顔で金城のお爺さんを見ると
トテトテと困惑してる金城のお爺さんに近付き、その服を摘まんだ
「私もお爺さんと一緒に食べたいです、とっても美味しいんですよ」
「……ふっ、そうじゃな、わしも食うとするか」
ハグルマちゃんにねだられて金城のお爺さんは相好を崩しすと、エプロンを外してハグルマちゃんの手を引いて席に着いた
なんか端から見てると、孫バカなお爺ちゃんだ
私はもちろん、周りで見てる人達も尊い顔をしている
「はいです!なんなら私が作りますから、食べて下さい」
「だーめ、ハグルマちゃんは今日の主賓なんだから、素直に座って持て成されなさい」
「うー、私もお仕事したいですよー」
ハグルマちゃんがしょんぼりしてるけど、料理はまたの機会にお預ね
今日は思いっきり甘やかされなさい、それがあなたのお仕事です
───
──
─
お腹いっぱいになった子供達が帰った後もバーベキューは続いている
私とギアも、幸せそうに眠ったハグルマちゃんを家に寝かせて参加した
余った食材をアヒージョにしたり、チーズを溶かしてハイジパンを作ったり
みんな酔っているせいか、思い思いに適当にツマミを作りながら談笑した
とても楽しかった
───家の扉が壊されて、ハグルマちゃんが居なくなっているのに気付くまでは