4話 ハグルマちゃんの心の涙
【ハグルマ視点】
昨夜お風呂に入れられ無理やり布団ドンされた私は、翌朝まで眠ってしまいました
少し疲れていたのでしょうか?それとも、これが布団の魔力?
寝た振りをして夜中にこっそりとお掃除とかしたかったのに、布団に入ったら本当に寝てしまったみたいです
会社の床で寝るのに慣れてる私には、オフトゥンの誘惑に勝てなかったようですね
───恐るべしオフトゥン、人類を堕落させる魅惑の兵器の二つ名は伊達じゃありませんね
さて、心地好く眠れたのはいいですけど、今は何時でしょう?
困った事にこの部屋には時計がありません、窓からは明るい日射しが…………しまったですよ!!寝坊してしまいました、すぐに朝ごはんの準備をしなくては!
オフトゥンから跳ね起きた私は、廊下を疾走します!
私の寝ていた部屋から台所までは、およそ一キロ
まったく呆れる程の広さなのです、いったいどれだけの業を貯めたらこんな風になるんでしょうか
───十分後───
ひっひっふー、ひっひっふー
ちょ、長距離は苦手なんですよ
ですがようやく台所の前までたどり着きました、あとは襖を開けて……あれ、いい匂いがしますよ……まさかっ!
ガラッと襖を開けると、鍋の前で味見をしているジャージ姿のおじさんが!
ガクッと膝から崩れ落ち、身体がブルブルと震え出します
終わった、私はここで死ぬんですね……社長さんに言われたのですよ『次に俺より遅く起きたら殺すぞ』と
アレはきっと私を殺します、猫ちゃんみたいに私を蹴り殺します
「もう起きたのか?だがちょうど良かった、今から朝飯を…」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
気付いたら土下座して謝ってました
イヤです!もう痛いのも愛の鞭もイヤです!死にたくないです!
初めてお粥を作ってもらったのですよ、初めて優しくしてもらったのですよ
───この優しさを返せない内に死にたくはないのです!
必死に謝っていたら、ふっと身体が軽くなりぽんぽんと背中を優しく叩かれました
ぎゅっと瞑っていた目を開けると、ギアさんの顔が間近にあります
まるで赤ん坊を抱くかのように片手で抱き上げられ、背中を摩られているようです
心配そうな顔が私を見ています
この顔知っています、私が初めてこの家で目覚めた時にしていた顔です、聖人君子の顔なのです
「何でいきなり謝ってるんだ……まさか、また家事をやるつもりだったな!ハグルマは病人なんだから治るまで禁止だと言っただろうが!」
「……すいません」
やれやれという表情のギアさんに、私は椅子の上に降ろされました
そうでした、ここはギアさんのお家です……社長さんはいないのでした
でも怒ってないのは分かりましたけど、私は申し訳ない気持ちでいっぱいです
善意で泊めて貰ってる身なのに、家主様より遅く起きて、尚且つ食事の支度までさせるなんて……成人女性としてあるまじき失態ですよ
「ほれ、なんでしょげてるのか知らないが、飯にするぞ」
コトンと丼に山盛りになったご飯を目の前に置かれます
……この家にはまともな食器は無いのでしょうか?おかしいですね、ギアさんの席には普通の茶碗が置かれていますよ
コトンコトンと置かれた味噌汁と焼き魚も、私のだけ大きい食器に大盛りです
これは新手のイジメでしょうか?普通は私のような小柄な女性には、もっと小さな食器を使いますよね?
「あの……寝坊して朝ごはんの支度も出来なかったのに、頂く訳には……」
「そういう愁傷な言葉は、ヨダレを出さずに言え……さー食うぞ、ハグルマのお陰で大量に食材があるんだ、腐らせたりしたら勿体無いからな」
ヨダレ?知らない言葉ですね、私の口から出てるのは心の涙ですよ
自分の不甲斐なさに泣いているのです
くぅ~
ほら、お腹も泣いています
「では、いただきます、ほらハグルマもさっさと食え、今日は病院にも行くんだからな」
「い、いただきます」
くっ、心の涙が勝手にいただきますを言ってしまいました
なんて浅ましいのでしょうか!私は自分の心をそんな子に育てた覚えはありません!
そんなにギアさんがいいなら、もうギアさんの子になっちゃいなさい!お母さんは知りませんからね!
心の中の葛藤を他所にご飯を食べる手が止まりません
いけないと分かっていても、お味噌汁を飲みつつご飯を食べてしまいます
これが禁止されてる事程したくなる、カリギュラ効果ってやつですか
恐るべしカリギュラ効果、オフトゥンと双璧をなす悪しき存在ですね
……あれ、おかしいですよ
あれだけあった山盛りのご飯が無くなってます……くっ、おかずはまだあるのに、ご飯が無くなるとは何て事でしょう
でも淑女は慌てないのです
腹八分目という言葉もあるように、九割二分くらいお腹が空いてる方が健康には良いのですから
「なんか盛大に間違った事を考えてないか?」
「え、そんな事はないですよ」
ギアさんは話ながら私の空の丼を持つと、ご飯をよそいました、また大盛りです
「待って下さい、もうお腹いっぱいですよ」
「切なそうに空の丼見てた癖に遠慮するな、ほら食え、子供は食うのも仕事だぞ」
「これも……仕事」
「ああそうだ、元気になったら家事を任せるんだから、今は兎に角食って早く元気になるのがハグルマの仕事だ」
無精髭をポリポリ掻きながらギアさんは言いました
そんな優しい嘘も見抜けないほど私は子供じゃありません……でも、とても心地好い嘘です
分かりました、今は身体を治す事に専念します……でも覚えておいて下さいね
私は絶対に元気になったら、絶対に、絶対に恩返ししますからね!
三杯目を食べ終えた所で、炊飯器で炊いたお米が無くなりました
「ハグルマ、あと何杯食える」
「五杯は軽くいけるですよ」
「……業務用の炊飯器を買うまで、土鍋でも炊くか」