3話 濡れ女は標的を定める
【ゲッウェイ視点】
ギアの家に着いた私達は───目を疑った
玄関先に大量の食材が積まれているのだ
「……ねぇギア、あなたが拾ったのは貧乏神よね?笠地蔵じゃないのよね?」
「あ、ああ、本人は座敷わらしと言っていたが、見た目もそうだが受け取った書類にも貧乏神と書かれていた……まさか」
「まさかじゃない!どう考えてもその子の仕業じゃ……」
言いかけて止めた、その子じゃ無い可能性もあるのよね
ギアが他人を助けるなんて日常茶飯事だから、それこそさっき言った笠地蔵の亜人を知らない内に助けていても不思議じゃないわ
「どうかしたのか?」
「なんでもないわ、直接会わないと判断できないって思っただけ」
「そうか、なら開けるぞ」
ギアが玄関の鍵を開けて中に入ると、前言を撤回したくなった
間違いなく拾った子のせいだ!
家が日本家屋になってる!?
外から見たときはボロい2LDKの平屋だったのに、どうなってるの!?
今までの玄関は、下駄箱がギリギリ置けるサイズの小さなスペースしかなかったのに、今は三人くらい寝転そうなくらい広い土間になっている
右側にトイレとお風呂、左側にキッチン、目の前には小さなリビングのはずが、目の前には果てが見えないほど長い廊下が続いていて、左右には襖が並んでいる
化かされてるのかな?
そう思って壁に触るけど確かな木の温もりを感じた
奥からパタパタと誰かがやって来た
この家に不似合いなボロボロの着流しを着た痩せた幼い女の子であった
女の子は私達に気付くと、ちょこんと正座してお辞儀をした
「お帰りなさいギアさん、そちらは奥様ですか?はじめましてハグルマと言います、お聞きになられてるかも知れませんが、ギアさんには命を助けて頂いたので、精一杯御奉公させてもらいたいと思っております、これからよろしくお願いします!」
どうやらこの子がギアの言っていた子供のようね
髪の毛は何ヵ月も洗ってないかのようにボサボサで、服も擦りきれ破れてボロボロだ、生きてるのが不思議に思える程に窶つれて骨と皮だけな身体
何よりも…………包帯だらけの顔や服から伸びている手足には、痛々しいアザが無数にある
───こんなのギアじゃなくても保護するわよ!?というか、この子は冒険者登録に来たのよね!誰が受付やったの!どう見ても未成年じゃない!!
私はハグルマちゃんと目線を合わせる為に座った
方針転換!先ずは治療と療養、詳しい話は後ね、一応捜索願いが出てないか確認するとしてもクソ親だったら絶対に渡さない!!
「こんにちはハグルマちゃん、私はゲッウェイよ、色々と聞きたいことはあるけど、それは明日にしてもう夜も遅いから休みましょうね」
「大丈夫ですよ!これまでも五徹くらいは平気でしてましたからずっと働けます!なんでも言って下さい、なんでもやりますから」
「くっ……」
思わず涙が出そうになった
五徹って、こんな子供になにさせてるのよ!ぶっ殺すわよ、絶対にそんな扱いしてたクズを見つけてぶっ殺す!!
……て、いけないいけない、最低限の事は聞いておかなくっちゃダメよね
私は出来るだけ優しい笑顔を作ると、ハグルマちゃんに話しかけた
「そう、なら身分証は持ってる?ちょっと見せて欲しいんだけど」
「はい持ってますよ!社長さんにこれだけは持ってろって言われてましたから」
そう言ってハグルマちゃんは懐に手を入れると、古ぼけて透明度が無くなったパスケースを取り出すと、私に差し出した
「その社長さんと暮らしていたの?」
「いえ、発生してすぐ社長さんに会社に連れて行かれてから、ずっと独り暮らしなのです、あっでも、社長さんも会社の最上階に住んでましたから、一緒に暮らしてたとも言えるのですかね?」
「え、連れて行かれたってどこからなの?」
まさか誘拐監禁?
少なくとも生まれたばかりの子供を独り暮らしさせるって、どれだけ外道なの!
「社長さんのお父さんのお家からなのです、亡くなられてましたけどとても良い方だったみたいで、その縁と業を核に私は発現したんだと思います」
実家に帰ったら座敷わらしが居たから拉致ったって事?
片方の証言だけだけど、こんな子が嘘をつくはずがないから、社長は絶対に黒ね!
パスケースを受け取りながら、私はターゲットをロックオンした
って、何このボロボロなケース中身がよく見えないじゃない!
ギリギリで顔写真と名前と生年月日と種族は判るけど、他が読めないわ……種族が貧乏神なのはいいとしても、生年月日が二十三年前ってあり得ないんですけど
取り出してちゃんと確認を……接着剤で開かないようにしてある!
これわざとよね……あーもうダメ、これ渡した社長って確信犯だわ
笑顔がひきつるのが分かるわ
「は、ハグルマちゃん、新しいの買ってあげるから、このパスケースを壊していいかな?」
「は、はい、どうぞどうぞですよ!」
若干引いているけど、ハグルマちゃんの了承も得たし……フンヌっ!
バギッとパスケースの端を割って、中身の身分証を取り出す
───うふふふふふふふふふふ、カラーコピーに写真貼ってあるだけの偽物じゃない、この子の冒険者登録をした受付にはお仕置きが必要ね
気付きなさいよ!!
自分の笑顔がビキビキいってる音が聞こえる
駄目よ我慢しなくっちゃ、まだ一番大事な事を聞いてないんですもの
「ねーハグルマちゃん、そのクソ……社長さんの名前は分かるかしら?出来れば会社名も分かるとお姉さん嬉しいわ」
「ひゃ、ひゃい!会社はマックロ居酒屋です!社長さんの名前は分からないのです!」
「そうマックロ居酒屋ね、そしてクソ野郎の名前は分からない……え?その人と一緒に居たのよね?」
「はいなのです……すいません、何度も名前は聞いてるはずなんですけど、なぜか覚えられないのですよ……」
「……」
まさか記憶障害?
私はハグルマちゃんに、ちょっと待ってねと言ってスマホでマックロ居酒屋を検索した
サクッと検索結果が出たけど……これってどこかで聞いた名前だと思ったら、つい最近内部告発で潰れたブラック企業じゃない
社長の顔と名前もあるわね
「この人がハグルマちゃんの言ってた社長で間違いない?」
私はネットニュースに載っていた社長の顔を拡大させて見せた
ハグルマちゃんは画面を見た瞬間ビクッとすると、顔から表情が抜け落ちていく
……答えを聞くまでも無いわね
「はい、この人が社長さんです」
無表情で淡々と言うハグルマちゃんの言葉で確信する
こいつか、こいつが子供を虐待して無理やり働かせたクズかっ!
ハグルマちゃんがなんで名前を覚えてないかは分からないけど……私も覚えていたくない
こんなのと同じ人間だと思いたくない、こんな物を人と思いたくない───こんなクズには名前なんて勿体無い!
書かれている記事を読むと、会社の資金を奪って逃走中と書かれていた
意地汚く生き残らずに死ねばいいのに
これは護衛と一緒に捜索も必要ね、間違ってもハグルマちゃんに近付かないようにしなきゃ
「ありがとうハグルマちゃん、あとは任せといて♪お姉ちゃん頑張っちゃうから♪」
思わず上機嫌で言ってしまう
だって、子供を虐待するようなクズを合法的に処理出来るんですから!
「は、はい、バカだからなんの事かわかりませんけど、お願いしますですよ」
「ギアもいつまでボケっとしてるの!ハグルマちゃんをお風呂に入れて休ませてあげなさい、私は一度戻るけど、明日ハグルマちゃんを病院へ連れて行くときには連絡頂戴、一緒に行くからね」
「お、おう、分かった……(怖くて口出し出来なかっただけなんだが)」
「何か言ったかしら?(暗黒微笑)」
「何も言っておりませんですサー!ほらハグルマ行くぞ、寝とけって言っただろう」
「す、すいません」
ハグルマちゃんをお姫様だっこして、ギアが廊下の先に消えて行った……流石ギア、歩くのも早いわね、もうあんなに遠くへ……
ちょっと待って、この廊下何メートルあるの!やっぱり詳しい話を聞くべきだったかしら
……まぁいいわ、それは明日聞く事にして、今夜は色々な手配と準備を済ませとかなきゃ
玄関を出ると大量の荷物が置いてあった
伝票を見るに全部ギア宛のようね、これもすっかり忘れていたわ……そう言えばスマホ貰ってたわよね、後でギアにメールでも送っておこう
さぁ忙しくなるわよ
手近な所から、ハグルマちゃんを冒険者登録したバカから調べましょうかしら
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安ホテルの一室で男がウィスキーを瓶のまま飲んでいる
四十くらいだろうか、だらしなく腹が出た体型でニヤケた笑い皺が媚り付いた顔をしている
髪はオールバックに固めているのだが、何日もシャワーすら浴びておらずカピカピに乾いている
高級そうなスーツも何日も着続けている為に、Yシャツは黄ばんでヨレヨレだ
「くそっ!あの社員クズどもめ、雇ってやった恩を忘れやがって!なにが残業代を渡せだ?ふざけるな!俺様はお前らクズを働かせてやってるんだぞ、身のほどを弁わきまえろ!何が労働基準法だ!ウチは残業も有給も休みも無いと説明しただろうが!!後から文句言うならクビだ、お前ら全員クビだ、クズどもが!!」
ガブガブとウィスキーを飲む
癇癪を起こしているが、男の目は正気である
酒に酔ってはいるだけで、狂っている訳ではない
男が怒っているのは、恩を仇で返されたと思い込んでいるからだ
自分の会社は全て自分の思い通りに出来る、ただ、そう本気で信じてるだけなのだ
「もう一度だ、あのガキさえ取り戻せたらやり直せる……くそがっ、あのヤクザ足元を見やがって!次の会社がデカくなったら潰してやるからな!俺を裏切りやがった社員クズ共々潰してやる!!次は絶対に失敗しない!次のクズどもには、ガキと同じ教育をしてやる!絶対に歯向かわないように躾てやる!!」
叫ぶ男のスマホにメールが届く
しかし自身の怒鳴り声で、それに気付く様子は無い
メールには一言、こう書かれていた
───目標を見つけた、と