2話 錆びたギアが回り初める
【ギア視点】
面倒な事になった
まさか貧乏神の子供を拾ってしまうとは……俺は本当についてない
本来ならそれなり以上の生活ができる二級冒険者になっても、俺の生活はカツカツだ、むしろ貧乏と言ってもいい
それもこれも俺が貧乏神なのが原因だ
自分自身の力のせいで、俺は貯蓄というのがほとんど出来ないのだ
自分一人でもいっぱいいっぱいなのに貧乏神の子供を泊めるとか、俺は馬鹿なんだろうな……
だが貧乏神の力を知ってるからこそ、俺はハグルマを見捨てる事が出来なかった
───あいつもそうなんだろう
誰かに認められたくて媚び売って、食い物が無くても痩せ我慢して、一人が辛いから貧乏神じゃないと嘘をついて人に混じり……流石に年齢まで偽装するのはあれだが
きっとあいつも、親しくなった者を不幸にしたくないから夜逃げ同然に家を出たのだろう
まるで昔の自分を見てるようだ
さて、問題は所持金がほとんど無い事だな、明日の診察代すら心許ない
ただでさえ少ない所持金が診察代や栄養ドリンクで消えたんだ、生活費を手に入れないといけない
これからは二人分必要だしな……まー、最悪俺は飯食わなくても家か人さえ居れば死なないからいいのだが、ハグルマの痩せ細った体には食事が必要だ
それに……女の子があんなボロボロの着流しだけじゃ可哀想だしな
街を歩いて数分、運がいい事に目的の人物の一人を見つけられた
「探したぜミヨシー、悪いが貸した金を返してくれ、ちょっと入り用が出来たんでな」
俺は繁華街に居たチャラそうな男に声をかける、酒が入っているのか血色がいい
───飲んでるって事は金があるんだな───良かった、これでハグルマにマトモな物を食わせてやれる
食材が無いからお粥だったしな、ちゃんとした物を食わせてやりたい
魔物の肉なら大量にあるんだが……流石に栄養失調の子供に肉だけたと身体に悪そうだからな
それに流石に今からダンジョンに入っても、買い取りの査定と振り込みで一日は掛かる……お役所仕事だから仕方ないんだろうが、今は明日の診察代と食費が必要なんだ
ミヨシーは一瞬逃げる素振りをしたが、俺だと気付くと満面の笑みを浮かべ肩を抱いて来た
「ギアじゃん!良かったー、俺も会いたかったんだよー」
酒臭い息を吐きなら、ミヨシーが俺に財布を見せて来た
俺はホッと息を吐く、どうやらスムーズに金を返してくれそうだ
「実はさ、お袋が病気で金が無いんだ……頼む一万!いや五万でいいから貸してくれ!お前だけが頼りなんだ!」
「ミヨシーお前……」
なんてタイミングだ!
ミヨシーのお袋さんがまた病気になっていたなんて……最近ダンジョンで全く見掛けないと思ったら、お袋さんの看病をしていたのか!
知人が困っていたら助けるのは当たり前の事だ……当たり前の事だが……今はハグルマの為に金が……
「すまんミヨシー……実は俺も金が無くてだな……」
「いくらだ?今財布の中にいくら残っている!もうそれだけでいいから頼むよー……それともお前は俺のお袋が死んでもいいのかよ!」
必死な顔ですがり付くミヨシーに、俺は我に返った
───馬鹿か俺は!?
ミヨシーのお袋さんは病気なんだぞ!
それを自分の都合だけで金を貸さないとか、人として終わってるだろうが!
本当に最後のお守りとして服の裏に十万円を縫い付けているが、ミヨシーにはこれを貸そう
俺は服の裏から十万円を取り出すとミヨシーに渡した
「さっすがギア!お前ならきっとくれると信じてたよ!」
俺の手から十万円を引ったくるミヨシー
↓
「詐欺の現行犯で逮捕します」
十万円を奪い、その手に手錠を掛ける和服美人
↓
「ちょ待っ「冒険者規約に乗っ取り、冒険者支部にて真実を写す『ララァの鏡』を用いて取り調べを行います、連行しなさい」」
「了解です姐さん」
牛鬼の亜人に担がれて連れて行かれるミヨシー
↓
「ギア!謀ったな、ギアー!」
ミヨシーの叫び声を背に、十万円を持ち満面の笑みを向ける和服美人
「え?」
余りにも突然の出来事だった為に、思わず呆然とミヨシーが連れて行かれるのを見送ってしまった
「私は何度も言いましたよね?簡単にお金を貸すのは止めるようにと」
和服美人が手に持った十万円をヒラヒラさせながら、ニコやかに説教を始める……すごくいい笑顔なのにすごく恐い!
この濡れたように美しい黒髪の和服美人はゲッウェイ、濡れ女の亜人で冒険者課の役人だ……間違っても殺し屋ではない
俺とはお互いに新人の時からの顔見知りで、確か今年27才になると言っていた
「すまん、しかしミヨシーのお袋さんが……そうだ!ミヨシーはお袋さんが病気なんだ!すぐに解放してや…」
「彼の母親が健康体なのは確認済みです、更に言いますと、母親とは高校を出てから疎遠でここ10年会っていないそうです」
笑顔のまま淡々と説明するゲッウェイ
健康体?じゃあミヨシーが言っていたのは嘘なのか?
なら……
「良かった、病気のお袋さんは居なかったんだな」
ベシッ
「良くないです!だから私はずっと騙されていると言っていたでしょ!今回は偶々ギアからお金を騙し取っていたグループが警察沙汰になって、余罪を調べる内にあのクズまで届いたから良かったですけど、少しは他人を疑う事を覚えて下さい!」
近い近い!キスするのかと思うくらい近付いて捲し立てないでくれ!
ついでとばかりに頭も十万円で叩かれたが
悪いが俺にはプロポーズされても結婚出来るだけの甲斐性は無いぞ
…………いかん、急展開で混乱しているのか俺は?
ハグルマ星の文化に感染しているぞ、落ち着け俺!
「ま、待ってくれ、まだ騙されてたとは…」
「ギアからお金を借りていた他の者達からは、既に調書が取れています!全て嘘でギアから騙し盗っていたと自白しています!はっきり言いますけど、貸したお金が全て返ると思わないで下さいね……こういう詐欺事件の場合は……少額返るのが……通例……なのですから……」
言いながら落ち込むように、どんどん捲し立てる言葉が力を失って行く……
言い終わる頃には、コツンと彼女の頭は俺の胸に当たっていた
小さな声で(ごめんなさい、私がもっと早く気付いてたら)と言われた時、俺は無意識に彼女を抱き締めていた
「……ありがとうゲッウェイ、お前が居なかったら俺はずっと騙されていたんだろうな……だから、本当にありがとう」
「ギア……」
顔を上げたゲッウェイと見詰め合う
こいつはいつもこうだ、勝手に世話を妬いて、自分のせいでもないのに責任を感じている
損な生き方だ、お前は全然悪くないというのに
だけど、こいつが居たから俺は、貧乏でも人並みの生活が出来ている
もしも……俺が貧乏神じゃ無かったら……
ざわ……ざわ……
(おい、あの女……万札で男を殴ってナンパしたぞ)
(すかさず凄い勢いで詰め寄って落としたわね)
(斬新なナンパだな)
(あんな美人なら、こっちから金払うのに)
(まって、高度なプレイかも知れないわ)
(パシャッ……和服美人が札束でナンパしてるナウ)
(いいわね、私もやってみようかしら)
「「……」」
俺達二人は逃げるように繁華街を後にした
───
──
─
「酷い風評被害を受けました」
「すまん、俺のせいで……」
あの場から逃げた俺達は冒険者センターの前に来ている
ここも厳密に言えば役所なのだが、ダンジョンを管理するという特殊性故に二十四時間開かれているので、避難場所としては最適なのだ…………たまたま逃げた先がここだっただけだが……
「まったくです、あなたが騙されると私まで馬鹿にされるんですよ。これからはお金を貸すにしても、必ず私に相談して下さい!いいですね?」
いや、俺が騙されてもゲッウェイは馬鹿にされないだろう
思わず「ツンデレか?」と言いそうになったが
それを言ったら間違いなく怒られるから、グッと我慢した
「あ、ああ、約束する……」
しかし困った……逃げる途中に聞いた話では、俺が金を貸した人達はほとんど捕まったみたいだ
調書が取れているとはいえ、返金されるのはまだ先だろうとも言われた……返って来るかも怪しいらしいが
「どうかしたの?さっきも集金とか慣れない事をしてたけど」
「……あぁ実は…」
「探しましたぞギアさん!?」
ゲッウェイに説明しようとした所で、でっぷりと太った坊主頭の男性が駆け寄って来た
誰だ?見覚えがあるような無いような……少なくともこんな高級そうなスーツを着るような人種とは交流が無いのだが
男は感極まったような顔で俺の両手を取り、ぶんぶんと握手し始めた
「待ってくれ、すまんが誰だ?俺に金持ちの知り合いは居ないはずなんだが」
「私ですよ私、一年前にあなたの訓練生だったコサメですよ!良かったー、ずっと探してたんですよ!受付に聞いても冒険者の住所は個人情報だから教えられなと言われ、伝言も業務外と断られ、興信所を雇っても何故か毎回邪魔され、今までどうやっても会えなかったんですよーーーーー!?」
コサメだと……コサメって確かに坊主頭は面影があるが、ハグルマ程じゃないにしろガリガリだっただろ
こいつは一年前に会社を倒産させて冒険者になろうとしたけど、余りにも冒険者としての適正が無いから田舎に帰ったんじゃなかったのか?
「コサメなのか?お前いくらなんでも一年で太り過ぎだろ……田舎に帰って実家の畑を手伝うんじゃなかったのか?」
「そうなんですよ!実は実家に帰ったら、いつの間にか居酒屋を経営してましてね、親父にそこの経営を頼まれたんですが……今のニーズに合わせて、居酒屋の料理がそのまま食えるネットカフェにしたら大当たりで!もうこんなに肥えちゃいましたよ(笑)」
あはははは、と嬉しそうに笑うコサメ
一年前は会社を倒産させ、冒険者としてもやっていけず、毎日暗い顔をしていたっていうのに
そうか……こいつ、こういう風に笑う奴だったのか……良かったな
「もしかして傍若無人空間ですか?一階が壁にモニターが付いたテーブル席のみの居酒屋で、二階が個室のみのネットカフェの」
「ご存知でしたか、それですよ!ギアさんとお酒飲みながら語っていた、代行代よりネットカフェの方が安く済むなら、もうネットカフェみたいな居酒屋作れよって言葉を思い出して、改装したんですよ!そしたらもう大繁盛!」
いやいやいや、そんな誰でも考え付きそうなアイデアで大繁盛するとか、普通はないからな!
だいたい回転率が落ちるようなアイデアで繁盛するとか、絶対それ以外にも色々やっているだろ
「それは単純にお前の経営手腕と料理人の腕のお陰だろ?酒の席の与太話で成功するとか、お前凄い奴だったんだな」
「何を仰いますか、こうして今の私がいるのも全てはギアさんが資金援助をしてくれたお陰ですよ!別れ際に貰ったダンジョン産の大容量収納袋を売ったお金で改装できたのですから」
「ギア……あなたねー……(呆れ顔)」
あー、無くしたと思ってたらコサメに間違って渡してたのか……いくら探しても見付からないはずだ
まーいい、あの後新しい収納袋はダンジョンで手に入ってたからな
それに俺が換金してもすぐに無くなるしな……だから換金してない素材やアイテムばかり増えてる始末だ
死蔵していたアイテムが有用に利用されたのなら、むしろ喜ばしい限りだな
「気にするな、収納袋は切っ掛けに過ぎない……もしかして返しに来たのか?既に新しいのを持っているから、返して貰っても正直困るぞ……金に換えても貧乏神の俺では、すぐに無くなるしな……」
「ご安心ください、そう言うと思って私が渡すのは物品です!生活用品でお返しします!」
そう言ってコサメは懐からスマホを取り出すと、俺に渡した
「スマホをくれるのか?ならこれで貸し借りは無しだな(確かに有難いが……毎月の利用料を払えないのは言わないでおこう)」
「いえいえ、それはオマケのような物ですよ、amakouか楽殿のアプリを開いて下さい、ギアさんのお礼用に私名義で口座を作って登録していますから、それが無くなるまで買い放題です……ああ勿論そのスマホも私名義ですので、月々の使用料はいりませんよ」
ちょっと待った、amakouと楽殿ってどちらも大手の通販サイトだったよな?使った事無いが
「それってお前の口座から引き落としで買い物が出来るって事か?いや、流石にそんなものは受け取れ…」
「受け取って貰えなければ……いえ、使って貰えないなら、毎日食材をお宅へお送りしますよ。ギアさん言ってましたよねー?お金は無くなるけど物は無くならないって(にこー)そして他人のお金なら、預かっていても大丈夫とも(にこにこー)」
こいつ……邪悪な笑みで俺の退路を封じやがった!
一ヶ月ほど訓練教官としてほぼ毎日コサメに飯奢っていたから、色々と俺の事も話したが……まさかこう来るとは思わなかったぞ
───そうだな、これまで俺に恩を返しに来る人間なんて、誰も居なかったんだ……
「いいのか?俺はお前も知っての通り、今でも貧乏なんだぞ……本当にその口座の金を使いきるからな……」
「いいですとも!でも……使いきるまで百年かけるとかは無しですよ、私が寿命で死ぬまでに無くなってなかったら化けて出ますからね!」
「はははっ!」
余りにも詰まらない冗談で、思わず笑ってしまった
初めて知ったぞ……俺は、感動したら、泣きながら笑うようだ
「良かったね、ギア」
「ああ……本当に……ああ……」
語彙力が無くなった俺に、ゲッウェイが寄り添って微笑んだ
俺だって、今まで他人に感謝された事はある……でもそれは、金を貸した時や誰かを助けた時だけだ
俺の為に何かをしてくれたのは、ゲッウェイ以外では初めてだったんだ
───
──
─
その後、コサメは仕事があるからと、連絡先や住所を教えあってから別れた
会社からの電話を受けて、後ろ髪を引かれるような表情を浮かべなが、絶対に改めてお礼に来ますから!と言って去って行った
「しかし助かった、ちょうど食い扶持が増えたからどうしようと思ってたからな」
ドドドドド
うん?耳鳴りかな?
人生でも上位に入る感動シーンなのに……まるでダンジョン深層のボス戦みたいな圧をゲッウェイから感じる
「増えたってどういう意味ですか?(無表情)……まさかまた拾って来たんですか?(目力が凄い)……私言いましたよね、知らない人を拾って来るなって(口元ピクピク)……今まで何度恩を仇で返されて、家の物を盗まれたか忘れたんですか!」
まるで効果音が聞こえそうなスタイリッシュなポーズを決めているゲッウェイ
しまった、ゲッウェイに相談するのを忘れていた!
「待ってくれ今回は仕方なかったんだ!俺が担当の訓練生が倒れたんだぞ!それも七歳くらいの子供なんだ、見捨てられないだろ!?」
そうだ今回の俺は悪くない
非の打ち所がない正しい行動だ……多分
「七歳って……念の為に聞きますけど、親御さんには連絡したんでしょうね?」
「それが自然発生型の貧乏神みたいでな、親も家も金も無いと言っていた。病院へ連れて行ったら、栄養失調と貧家…………それと打撲で衰弱しているから安静にするようにと言われてな……今は家に寝かせている」
説明するのがキツイ、俺が冒険者になった時のような状況だ……男の俺でもキツかったんだ、まだ子供のハグルマなら死んでいてもおかしくなかった
しかし俺の完璧な理論武装を聞いたのに、ゲッウェイはこめかみを押さえている
「警察に連絡して確認はしたのですよね?」
「えっ、なんでだ?」
「あのですね、その子が嘘を言ってる可能性があるでしょう!もし親御さんが探してたら、あなたは誘拐犯ですよ!」
「び、貧乏神なら追い出されるのも普通にあると思ってだな……」
「推測で事実確認を怠らないで下さい!少なくとも私は追い出しません!だいたいギアに至っては追い出す処か拾って来てるじゃないですか!もういいから今からギアの家に行きますよ、私が詳しく話を聞きます」
言うだけ言ってスタスタと歩き始めたゲッウェイを慌てて追いかける
そうか両親を貧乏にしたくなくて家出した可能性もあったのか……いやでも……あのアザだらけの体は……
初めて会った時の衝撃を思い出す
まるで集団リンチを受けて死んだように気絶したハグルマの姿が浮かび、ギリッと歯を鳴った
もしアレを両親がやったとしたら俺は絶対にハグルマを両親の元へは返さない
実の親子だろうと関係ない
俺は子供にあんな事をする奴を人だとは認めない
……いかんな、まだアレを親がやったとは決まってないんだ
落ち着け、先ずはハグルマから話を聞こう
俺は歩みを早める、考えるのはそれからだ
───
──
─
家に帰り着き、扉を開けた俺達は……変わり果てた屋内を見て呆然と立ち尽くしていた
パタパタとハグルマが奥からやって来た
俺達を見付けるとパーと顔を輝かせ、ちょこんと玄関に座る
「お帰りなさいギアさん、そちらは奥様ですか?はじめましてハグルマと言います、お聞きになられてるかも知れませんが、ギアさんには命を助けて頂いたので、精一杯御奉公させてもらいたいと思っております、これからよろしくお願いします!」
ハグルマが何か言っているが、正直それどころではない
ここ…………俺の家だよな?