エピローグ ハグルマのお仕事
【ギア視点】
また広くなった玄関で、風呂掃除がやっと終わった俺は立ち尽くしている
怪我が治ったハグルマが手始めに掃除を始めたのだが……玄関が大旅館の如く広くなった
もう玄関だけで以前の家が全部入りそうなくらい広い
廊下も長い一本道だったのが所々で十字路が加わって、最早全貌が把握出来ない始末だ……迷ったら一生出れなくなりそうで怖いが、ハグルマが家と会話出来るので今のところ実害はない
どうやら初日に広くなった分は、ハグルマ曰く一室を簡単に掃除した結果だったらしい
それを知らなかった俺はハグルマが掃除するのを許してしまった
怪我が治って絶好調になったハグルマが気合いを入れて掃除をした結果
廊下は増え、襖は復活し、風呂は大浴場になり、台所は巨大な厨房になり、襖は復活し、冒険者課から新しいダンジョンと間違われる家になった
「掃除の許可とか出すんじゃなかった、初日のが最大値だと普通は思うだろ……これ、ダンジョンマスターが出たりしないだろうな……」
一抹の不安を覚えながらも、俺はこの家をどうやって管理しようかと思い悩む
大浴場の掃除だけで一日仕事だったのだ……ほんと、どうしよう
それでなくても住人が増えたっていうのに……
そう、あの事件の後に我が家は住人が増えたのだ
先ずゲッウェイが家具をまとめて引っ越して来た
当然俺は一緒に住んだら貧乏になるからと断ったのだが
ハグルマと二人がかりで詰め寄られては勝てるはずもなく、入居を許可する羽目となった
幸いな事に今のところ俺の力で悪影響は出ていないみたいだ、ハグルマの力で相殺されているのだろうか?
もう一人の入居者は……
「ただいまなのです!」
「おう、お帰りハグルマ」
帰って来たハグルマが元気よく挨拶をするなり、俺に抱き付いて来た
ようやく怪我が治って、今日から小学校へ行っていたのだ
身体中のアザもほとんど引いて、ガリガリだった身体も少しは肉が付いてきた
毎食あれだけ食って、少ししか肉が付かないのが悲しいが……あれは胃袋ではなく、心を充たしているみたいだしな……
ハグルマの食欲の秘密は、解ってしまったら至って簡単な事だった
本来その家を守る座敷わらしは、感謝や愛情の念も食べて力に替えているそうだ
それを産まれてから一度も摂れていなかったハグルマは、極度の心の栄養失調に陥っていた
その為、胃袋と違って容量に限りがない心は、他者の愛情が込もった料理を無制限に吸収していたらしい
未だに食欲が衰えないなんて、どれだけ飢えていたのだろうか……
「学校には慣れたか?」
俺の問いに真新しい小学校の制服を着て浮かれていたハグルマが真顔になる
「あー…………休み時間の度に『わー』とか『きゃー』と大声を出しながら走り回る子供達の相手は大変ですね」
「そ、そうか、頑張れよ」
ある程度知識を持って発生する自然発生型の亜人と違って、普通の子供ならそれが普通なんだよな……
俺は遠い目をしているハグルマを片手で抱き上げてやる、困った、ランドセルが邪魔で背中を擦れない
しょうがないから頭を撫でてあやしてやる
「そういえばアクラはどうした?一緒じゃないのか?」
「お、俺なら……ここに……いるぞ……」
声のする方へ顔を向けると、ハグルマのランドセルから疲れはてた子ぎつねが顔を出していた
もみくちゃにされたのか毛がボサボサになっている
「……だから人間形態で行けと言っただろ?」
「人前でこんな姿を晒せるか!」
クルリと宙返りしてポンとマッチョな大男へと変化するアクラ
毛皮と連動しているのだろうか?新品の小学校の制服が……ブレザーと半ズボンがヨレヨレだ
「子供だと思って侮っていた、明日からは大キツネで登校する」
「むしろ余計に喜ばれるだけだぞ、素直にその姿で行け……1ヶ月もしたら慣れてくれるから」
「経験談か……」
「ああ……」
そうアクラもハグルマと一緒に小学校へ登校しているのだ
もう一人の入居者というのもアクラであり、今は俺の新しい家族だ
あの事件でアクラの罪は立証されなかった
連れ去られたハグルマ自身が否定して庇っていたのが大きな要因だが、その代わりに別の事実が判明した
アクラも七年前に自然発生した亜人だったのだ
それも俺が壊滅させた裏組織で子供同然に育てられていたらしい
今は刑務所に入っている構成員達が帰るのを、あのビルで待っていると言う……
放って置けなかった
アクラが一人になったのは半分俺の責任だ
……だがそれ以上に、同じ産まれながらのおっさんとして、こいつには幸せな少年時代を……俺が経験出来なかった幸せな小学生時代を過ごして欲しいと願ったからだ
これからアクラは辛い事の連続だろう
俺がそうだったように、周りから生暖かい目で見られる毎日を送るはずだ
運動会や学芸会で登場する度に、ざわざわと好奇な視線を受ける運命なのだ
だからこそ俺は、先達者として少しでもその苦しみを救いたいと願い
アクラを引き取る事にしたのだ
「登下校の間だけキツネになるのは駄目なのか?」
自身の似合わな過ぎる半ズボン姿を気にしながら、アクラが悲しそうに聞いて来た
「定期的に周囲にアクラが七歳だと知らしめないと、学校の中だけ人間形態でも通報されるぞ……俺は毎日通っていたにも関わらず、何度も通報されたからな……」
「そうか……」
「そうだ……」
俺とアクラが沈痛な顔で沈黙する
「えーと、ギアさんもアクラも元気出すですよ、私が美味しいおやつを作ってあげますから」
ハグルマが場の空気に耐えきれず、無理矢理明るい声を出して励ましてきた
だが俺とアクラは顔を見合せ苦笑する
アクラが腕組みをしてハグルマへ笑いかけた
「また、うどんドーナツか?あれはトースターで作るより油で揚げた方が美味いと思うのだが」
「なっ!そんな勿体無い事が出来るはずないじゃないですか!ギアさんアクラが不良になりました、節約の大切さを二人で教えてあげましょう!」
アクラの冗談にハグルマが大慌てに抗議し出す
必死に俺の服を引っ張って訴え掛けているが
俺としては油断すると大笑いしそうな程に微笑ましい光景だ
アクラは今夜の献立を知っていて言ったのだろう
唯一知らないハグルマを満面の笑みで見詰めている
俺はネタばらしする為に、ハグルマの頭をゆっくり撫でてやりながら話し掛けた
「ん?ならハグルマは今日の晩御飯はいらないのか?今日はハグルマの大好きな揚げ物だぞ」
俺の言葉にハグルマは大きく目を見開き固まった
「まさかキャラッゲ!」
「残念、今日はカツカレーだ」
「キャツキャレー!国民食に選ばれるくらい美味しいキャレーと豚キャツのコラボ!」
「ゲッウェイが二人の初登校のお祝いに時間を掛けて作ってくれているんだぞ、勿論食べるよな?」
俺の意地悪な質問にハグルマはばつの悪そうな顔をしたが、すぐに機嫌を直して笑顔で答える
「はい勿論です!私お手伝いに行きますね、働かざる者食うべからずなのですから!」
俺は耐えきれずに笑ってしまった
「あはははっ、ハグルマはもう十分働いているじゃないか」
「え?」
俺の腕に抱えられたハグルマが、不思議そうに俺を見詰める
「ハグルマは毎日俺達を笑顔にしてくれているだろ?そのお陰で俺もゲッウェイもアクラも、頑張ろうって気持ちになれるんだ」
ハグルマが来てくれてから俺は変われた
今まで困っている人を無条件に助けていたのは、助ける事でその人に受け入れて貰いたかったからだ
だが、ハグルマを助けてから悟った……俺が助けていると思っていた人達は、俺を利用してる者が大半だったと
助けるだけでは駄目だったんだ
俺も助けて貰って初めて対等な関係になれたんだ
ゲッウェイや金城の爺さんのようにヒントは沢山あったのに、俺は騙されていた現実を突き付けられるまで認められなかった
だからハグルマには本当に感謝している
まだまだ騙される事の方が多いけど、ハグルマに恥じない立派な大人になりたい
「毎日元気に遊んで、いっぱい友達を作ってくれる事が、ハグルマに今して欲しい仕事だな」
「それはお仕事じゃないですよー、私はちゃんとしたお仕事をしたいのです」
「いいや仕事だぞ、幸せになるのは一番大変で一番大切な仕事なんだ」
俺は納得がいかない顔をしたハグルマを抱えて厨房へと足を向ける
ゲッウェイにも幸せのお裾分けをしないとな
ここまで読んでくれた方に、心からの感謝を
ゲッウェイ「最後に出番が無いんですけど!」