1話 ズレたハグルマは不良品ですか?
冬も終わり春と呼ばれながらも肌寒い季節、一人の見た目幼女が冒険者センターから出て来ました
こんにちは、私の名前はハグルマ、元OLなのです!
見た目がガリガリでぼろぼろの着流しに、伸ばしっぱなしでボサボサな髪のせいで小さな貧乏神にしか見えませんけど、これでも座敷わらしなのですよ
もっとも細やかな幸運しか与えれない落ちこぼれなんですけどね……
私はこれからダンジョンへ潜るつもりなのです、冒険者資格も今さっき取りました
世間では3YS(油断したら◯ぬ、油断しなくても◯ぬ、やっぱり◯ぬ)と悪評が後を絶たない冒険者家業ですけど
お金がなくても人は◯んじゃうんです、もうこれしかないんです!
飽食の時代になんでそんな事になってるんだと不思議に思われる方もいらっしゃるでしょう
実は……勤めていた会社が、ブラック企業の汚名を着せられて倒産してしまったんですよ……
住まわせて頂いていた会社も、社長さんがうっかり家賃を滞納されていたので倒産と同時に追い出されてしまいました
貯金も社長さんが管理してくれていたのですけど、倒産と同時に居なくなってしまったので手持ちのお金もありません
家に取り憑くタイプの亜人である私は、ご飯を食べなくても生きていけるのですけど、お家に住めないと衰弱して死んでしまうのです
ですから必死で新しい部屋を探したのですが……保証人もお金も職も無い私には誰もお部屋を貸してくれませんでした
それどころか、何故かみんな私を病院か警察へ連れて行こうとするのですよ!
もう慌てて逃げましたよ
ですがそこで冒険者なのです!
なんと誰でも手続きするだけでなれて、格安で宿が借りられるのですよ!
今まで事務仕事しかやった事はありませんけど、魔法なら少しは使えますし、やりますよ私はー!!
「では、しゅっぱーーつ!ぐえっ」
「出発するな!訓練が終わるまでダンジョンに入るなと言われただろうが!」
帯を捕まれたせいでお腹が……あ、駄目……ここ数日お家がなかったから……体力が……
「なっ!……おい、大丈夫か?おいっ!おいっ……」
無精髭を生やした三十代くらいのオジサンの慌ててる姿を見たのを最期に……私は意識を失いました
★★★
「目が覚めたか」
目覚めた私が見たのは見知らぬ天井
どうやら私は布団に寝かされてるようです、側には気を失う直前に見た無精髭のオジサンが心配そうな顔で座っています
「あの……ここは」
「ここは俺の家だ、ちょっと待ってろ」
「えっちょっ……」
色々聞きたい事があるのに、オジサンはそれだけ言うと部屋から出て行きました
一応私も成人女性なので、普通に考えて貞操の心配をするべきなのでしょうが……きっと大丈夫ですね
だって、このお家からはとても暖かい声を感じます
大丈夫心配いらないと、お家が囁いているのが聞こえます
座敷わらしとして断言しますけど、この家の持ち主は暖かい心の持ち主です
それにしても身体中が突っ張ると思ったら包帯まみれですね
匂いからして湿布を貼ってあるのでしょうか?痛みが酷かった所を中心に包帯が巻かれて動きにくいですよ
私が身体の調子を見ていると、ガラッと襖が開きました
オジサンが大きな土鍋と茶碗を持って帰って来たようです
パカッと開かれた土鍋の中に入っていたのは、野菜と溶き卵が入ったお粥
くぅ~
見た瞬間に、数ヶ月食べ物を入れてないお腹が小さく催促の声を上げました……恥ずかしい
「とりあえず食べろ、話はそれからだ」
「えと……あの…………」
差し出された茶碗を受け取りながらも、私は本当に食べていいのかオジサンを見ると
私の視線にオジサンはただ小さく頷いてくれました
「いただきます」
スプーンで溢さないようにお粥を掬い、ふーふーと息を吹き掛けます
催促してるお腹が、さっさと食えと急かしますけど
久しぶりの食事なのですよ、火傷して味が分からなくなるなんて嫌ですからね
「あふっ、あっ……おいしい」
「ふぅ……お代わりはあるから、ゆっくり食え」
私の声にオジサンは安堵したような顔をして、お茶を注いでくれました
お粥には小さく切った白菜と人参と鶏の挽き肉が入ってるみたいです
鶏の出汁が優しく効いていて、ふんわりとお米を包んでいます
野菜と最後に掛けたのであろう溶き卵の甘味も心地いいです、一口食べる毎にお腹と一緒に心が満たされていくようです
……おいしい……本当に……
土鍋いっぱいのお粥も、気付けば全てお腹の中
数ヶ月ぶりにお腹が満たされたのが余程嬉しいのか、何故か目頭が熱いですよ
「ごちそうさまでした」
「もういいのか?足りなかったら作るぞ」
「はい、もう十分いただきました」
嘘です
本当はもう土鍋三つは食べれるくらいお腹が減っているんですけど、流石に見知らぬオジサンにこれ以上甘えるのは大人としての矜持が許さなかったのですよ
……でも変ですね?
私は身体が小さいから、いつもは少ししか食べれないのですが、土鍋いっぱいのお粥を食べてまだ足りないなんて……
そんなに飢えていたのでしょうか?
「じゃあ、サクサクと説明するが、その前に…………いきなり死にそうになるな!」
「す、すいません」
一喝から始まった説明を聞くに
どうやら私が気を失った後、オジサンに病院へ運ばれて、栄養失調と貧家と打撲だと診断されたそうです
そしてお医者さんに、「とりあえず家で寝かせて、回復したら点滴射ちに来なさい」と言われるままに自宅へ連れ帰って寝かせて、今に至るようですね……
要するにこの人は、見ず知らずの赤の他人を病院へ運んで看病したと……控え目に言って聖人君子か何かでしょうか?
会話から察するに、この古い一軒家がこの方の自宅なのでしょうが、家具や衣類を見た感じ貧乏そうです(人の事は言えませんが)
やはり初対面の女性を病院へ運んで看病するようなお人好しだから、詐欺にでもあったのでしょうね……かわいそう
「今酷い風評被害を受けた気がする……」
「ご迷惑をお掛けしました」
説明を聞いてペコリと頭を下げた私を、ジャージ姿のオジサンは呆れたような顔で見詰めています
「まったくだ、冒険者として死ぬならいいが、俺の訓練……訓練前に死ぬな!俺の責任問題になるだろうが!」
おかしな事を仰います
何の訓練か知りませんけど、訓練前なら責任問題にはならないと思うのですが……もしかして
「ツンデレですか?」
ペチン!
「誰がだ!!」
頭を叩かれました!
社長さんが言ってましたけど、叩くのは愛の鞭なのだそうです……社長さんと違って全然痛くありませんでしたけど、この人も私の事が好きなのでしょうか?
「すいません、助けて頂いたのは感謝してますけど……初対面の方に求婚されても困ります」
「どこの星の文化だ!誰もプロポーズなんかしてないっ!?」
「ご、ごめんなさい!」
怒られました!
社長さんもそうでしたけど、求婚を断るのはやはり無礼なのでしょうね
しかし結婚は好きな人がいいのです、命の恩人とはいえそこだけは譲れないのですよ!
「はぁー、もういい……お前ハグルマだよな?今日冒険者登録した無職の自称23才」
疲れた顔で言われたのは私の個人情報……ハッ、まさかこの人はストーカー!
「はい……私は座敷わらしの亜人のハグルマです……」
「俺の名はギア、二級冒険者兼お前の訓練教官で……お前と同じ貧乏神の亜人だ、いくつか質問があるがいいか?」
いえ貧乏神ではなく座敷わらしです!
よく間違われますけど、流石に個人情報を知ってるストーカーさんに間違われるとショックですよ
それにしてもギアさんと名乗ったこの人は貧乏神さんでしたか……私と同じお家に憑く亜人さんで、清貧を司る神様ですね
いいなー、私なんて極貧ですから
……でも流石に神様の亜人だろうと
「あの……ストーキングは犯罪ですよ?そんなに愛してもらえるのは光栄ですけど、まずはお友達からでお願いします」
「誰がストーカーだ!こっちこそお願いだから話を聞いてくれ、俺は訓練教官だと言っただろうが!!」
訓練教官……あー、そういえば冒険者登録の時に受付のお兄さんが言ってましたね
なんでも初心者冒険者は死亡率が高いから、訓練を受けて試験に合格しないと冒険者資格は与えられないと
「あーあーあー(手をぽん)訓練して私を冒険者にしてくれる人ですね……あれ?私は冒険者じゃないんですか?」
「お前はまだ仮免許だ、俺の訓練と試験に合格したら晴れて五級冒険者になれる、ダンジョンに入れるのはそれからだな」
ほほーう、どうやら私はまだ冒険者じゃなかったみたいですね
いやー早とちりしてダンジョンへ行く所でした、危ない危ない
「…………詰んだ」
ガックリと頭を垂れる私
訓練と試験に何日かかるか分かりませんが、それまで生きていける自信がありません
今どき住み込みのバイトとかも少ないですし、全て断られたんですよね……
何故かバイトは断られるのに、ちょっと待ってろと言われるのですが、お邪魔するのも悪いのですぐに出て行きましたけど
「とりあえず家は何処だ?書類には書いて無かったが…」
「家はありません、お金もありません、両親も自然発生型なのでいません、後は朽ちるだけですよ」
「朽ちるな!」
聞かれそうな事を全部言ったら、何故かまた叱られました
社長さんにも毎日のように怒られていましたけど、やっぱり私って学習能力がないダメ亜人みたいです……
「すいません……」
怒られたら謝らないと殴られます、謝っても殴られる事はありますが、謝らないと確実に殴られるます
この愛情表現だけは、いつまで経っても慣れませんでしたね
お陰で身体中アザだらけなのです
ギアさんはガシガシと頭を掻くと、何か諦めたような顔で天井を見上げました
───何かの儀式でしょうか?片手で両目を覆って自分の不運を嘆いているようにも見えますけど
「ああー(葛藤)……くそっ(結論)……はぁー(諦め)……お前……家事を全部やるなら冒険者資格を取るまで住まわせてやってもいいけど……どうする?」
「本当ですか!やります、やらせてもらうのですよ!家事なら得意なのです!」
やはりこの人は聖人君子です、いえ救世主様ですね!
まさか、初対面の女性を家に住まわせるなんて、防犯意識が欠如している救世主様なのですよ!
───私には座敷わらしとして最低限の力しかありませんけど、必ずギアさんに恩返しを……全身全霊を持って幸福にすると誓いましょう!
(はぁー、余り気は進まないが、あいつらから徴収するか……)
「では早速お掃除からしちゃいますね!洗濯物あるなら言って下さい、やっちゃいますから!」
「寝ーてーろっ!死にかけた病人が何言ってるんだ、明日は病院行って点滴射つんだから寝てろ!」
布団から起き上がろうとする私を、ギアさんは頭を鷲掴みして枕に押し付けました
壁ドンならぬ布団ドンです!……前から思ってましたけど、ドンを丼へ変えたら美味しそうに思えませんか?
『壁丼始めました、セットで布団丼もどうですか?』とか書いてあったら、思わずお店に入ってしまう魅力ありますよね?
「うぅー、でも……」
「病人は素直に甘えとけ……そう言えばお前……ハグルマは荷物は無いのか?何処かに預けているなら取りに行ってやるが」
「荷物は無いのですね、お金をもらったら全部食料へ替えてましたから」
社長さんからお小遣いもらってたんですよねー、ここ一年程は会社の経営が思わしくなくて貰えませんでしたけど……そういえば久しぶりのご飯でした
お粥ってあったかくて、こんなに美味しいものだったんですね……なんだか胸の奥がポカポカして力が沸いてくるようです
「……そうか……なら明日ハグルマの…………家事は俺が大丈夫と判断するまでするな、わかったな」
「?……はいっ!分かりました!」
何か言いかけてましたよね?
でも分かってますよ!
こういう時に本当に何もしないと怒られるんです、明日は朝から精一杯頑張らせてもらうのですよ!
「ならいい……あーそーだ、忘れる所だった」
ギアさんが言いながら部屋から出て行くと、ガチャガチャと鳴るビニール袋を持って戻って来ました
「栄養ドリンクを買っておいたから飲んでおけ、あまり飲み過ぎると眠れなくなるから注意しろよ」
「あの……私お金が……」
「子供が金の心配なんかするな、さっさとこれ飲んで寝ろ、俺はちょっと出掛けてくるからな」
「ありがとうございます……えへへ、こんなに優しくされたのは始めてで嬉しいです」
お礼の言葉を言うと、ギアさんはそっぽを向きました
無精髭を親指で擦ってますけど、もしかして照れているのでしょうか?耳が赤いですよ
あー、この人はやっぱり善人です。無償で他人に施しをするとか、どこのブッダですか?
もう散々他人から騙されて巻き上げられているのが目に浮かびますね
───やはり私がこの人を守らないといけません!こんないい人が不幸だなんて許せませんから!
「行ってらっしゃい」
私の言葉に「行ってくる」とだけ答えて、ギアさんは出掛けて行きました
ふっふっふっ、思ったより早く仕事が出来そうですね!
ギアさんが出て行ったのを確認した私は布団から起き上がりました
───栄養ドリンクを一本頂きますね
キュッシュルッポンッゴキュッと開けて飲み干し、私はお家に向かって話し掛けます
「さあ麗しの我が家よ、あの心優しき貧乏神さんを救う時が来ましたよ!汚れも不幸もぜーんぶ綺麗に掃除しちゃいますから、一緒に幸せを運んであげましょうね!!」
まるでお家が返事をするかのように淡く瞬くと、心なしか部屋が明るくなった気がします
私は部屋の隅に立て掛けてあった箒を取ると、もっと明るくなれ!と気合いを込めて掃除を始めました
───こんなに体調がいいのは久しぶりです……やっぱりあのお粥のお陰なんでしょうか?
何故か涙が出そうなくらい暖かい気持ちになりましたからね……