DAY 2 ダブリン商会
翌朝目覚めると、DPが37増えていた。
ログを確認すると、廊下側は 3 2 4 4 5 1 3 3 2 3 、道側は、1 1 1 1 1 0 1 0 0 1 できれいに銅貨20個は拾われていた。
道側の0のところはダンジョン内で他にもないか探していたところでリポップしたんだろう。
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DP:41 (debt:-10,000) RD:1,600
金貨 0, 銀貨 1, 小銀貨 6, 銅貨 0
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「2Fの階段そばだから、廊下側の人通りが結構あるんだな。それにしても冒険者って銅貨をちゃんと拾うんだ」
妙なところに感動しながら、ベッドから身を起こして伸びをした。
今日の仕込みにグラニュー糖 1.5Kg 入りの素焼きの壺(小)を2個クリエイト(全部で3DP)して収納し、荷物をそのままにして1Fの食堂へと降りていった。
「あ、ショータさん! おはようございます!」
元気に挨拶をしてくれたのは、この宿の女将さんらしい30代くらいの女性だった。
名前は――聞いてない気がするが、俺の座った席はダンジョン内だ。
○-- レナ lv.31
微睡みのノール亭女将
うぉ。すげぇなこの人。ベイリーよりレベルが高い。こんな宿だし、元冒険者か何かなんだろうか。
「おはようございます」
「お客さんが表でお待ちですよ」
「客?」
この世界で俺が知っている人間は二人しかいない。まあ、ちっこい方だろう。
俺は朝食をふたつ注文すると、女将さんが「ならお部屋にお運びしますね」と言って引っ込んだ。
何故部屋? と思ったが、もしマイユだとすると食堂で食べさせるにはちょっと身なりが酷すぎるのかもしれない。
表にでると、宿の隅にマイユが所在なさげに立っていた。
「よう。おはよう」
「遅いよショータ」
「そうか?」
朝食の時間だと言ったため、最初の客が立つ夜明けの時間から待っていたようだ。
「それは悪いことをしたな。一応、お前の分も朝食を注文したから、喰ってけ」
「え? でも……」
マイユは自分のボロを見下ろしながら言いよどんだ。
「大丈夫だ。部屋に運んでくれるってよ」
ここは、冒険者御用達の店だけあって、そういう部分は結構緩いようだ。
食堂はそれほど混んでいるわけではない。俺はマイユをつれて素早く食堂を横切り、階段を上がるとすぐのところにある自分の部屋へと入った。
「あーあ、連れ込まれちゃった」
「おまえ、一体いくつなんだよ。俺に、そういう趣味はないからな」
備え付けのテーブルについている椅子に腰掛けさせると、朝食が運ばれてくるまでの間、今日の予定について話をした。
「今日だが、とりあえず砂糖を売っている店が見たい」
「砂糖?」
「そうだ、心当たりは?」
「あるけど……私の恰好じゃ入れないよ」
うん、まあその点は仕方がない。
「ああ、とりあえず様子を見るだけだから、申し訳ないが表で待っていてくれればいい」
「うん」
「で、その後なんだが、屋台を出すにはどうしたらいいのか知っているか?」
「ううん。商業ギルドでなにかするんだと思うけど、詳しいことは。出している人に聞いてみたら?」
「そうしよう」
そう言ったところで、ドアがノックされてお盆にのせた朝食が2セット運ばれてきた。
女将に追加分として小銀貨1枚を渡して、銅貨5枚の釣りを貰い、食事を受け取ると、テーブルの上に置いた。
「ほら、朝早かったら何も食べてないだろ? とりあえず喰え」
湯気が上がる具だくさんのスープに、昨日ベイリーが言っていたような、スライスされた黒パンが何枚か付いていて、パンにディップするジャムのようなものがそれに添えられていた。
ジャムのようなものは、さほど甘いというわけではなく、脂肪分が足りないクロテッドクリームに煮詰めた野菜か果物を混ぜたような味わいだった。
マイユはそのスープを一口飲むと、何かを呟いた。なんだ?
『妹にも食べさせてあげたい』
コアさんありがとう。
「お前、妹が居るのか?」
聞こえたことに驚いたのか、一瞬ぴくんと震えたが、結局素直に答えた。
「うん、一人。うちで寝てる」
「寝てる? 病気かケガでも?」
「ちょっと体が弱くて」
そこで俺は気になっていたことを聞いた。
「誰か大人は?」
「いない」
だよな。
「ふーん。じゃ、後で何か美味い物でも買って、見舞いに行くか」
「……ほんと?」
「ああ、だから遠慮しないで喰え」
「わかった!」
うん、自分でもちょっと偽善っぽいかなって思うよ。
だけど、良いじゃないか。ちっこい子が頑張ってるんだ。ちょっとくらい。
『さすマス。少女二人を手籠めにして眷属にするつもり』
手籠めって何言ってんだ……って、人って眷属に出来るわけ?
『できる』
眷属にすると何か良いことがあるのか?
はっ! ま、まさか、死んでもリポップするとか!
『しない』
deathヨネー。
ま、そのへんは成り行きでいいか。ともかく今は――
「ごちそうさま。美味しかった」
へーこっちにもそういう挨拶の文化があるんだ。だれか以前来たやつが広めたのかね。
「じゃ、行くか」
「うん。まずは砂糖だっけ?」
「そうだ」
そうして俺たちは、街へと繰り出した。
宿を出た俺たちは、昨日のルートを通らずにそのまま北へと歩いた。数分後、東西に走る南大通りにぶつかった。
「ここが冒険者ギルドだよ」
マイユがついでのように指さした。大通りに面した右側の角に結構大きな建物が建っている。看板には鷹のような鳥が描かれていて、それが自由の象徴なのだそうだ。
大通りは冒険者ギルドのところで、北へ向かって折れていたが、俺たちはそのまま西へと向かった。
「この道の突き当たりに商業ギルドがあるんだけど、目的のお店は冒険者ギルドと商業ギルドの丁度中間にある中央広場」
少し歩くと、ちょっとした塔のようなものが見えてきた。
それは、ホワイトハウスの近くにある、ワシントン記念塔をミニチュアにしたような塔で、高さは4mくらいだろう。それが中央に立っている広場が中央広場だそうだ。
昨日通った南門からまっすぐ北へと向かっていた南門通りは、この中央広場に繋がっているらしい。
ミルダスの街は中央に街の代官や貴族の館があって、そのまわりを塀と大通りが囲んでいる。
そして、中央広場と似たような広場が、街の東西にもあって、それぞれが、東広場、西広場と呼ばれているらしい。
それぞれの広場が屋台のメッカであり、特にこの中央広場は、冒険者ギルドと商業ギルドに挟まれていることもあって、最も賑わう広場だそうだ。
「あそこにならあると思う」
そう言って彼女が指さしたのは、広場の南西の角に大きな店を構えている商会だった。
「ダブリン商会?」
それは主に食料を取り扱っている大商会のようだった。
時折飛んでくるマイユを見る視線を遮るように、彼女を広場の隅の邪魔にならない場所に連れていって、花壇に腰掛けさせると、近くの屋台から適当に串に刺さった肉を買ってきて彼女に渡した。
串焼きは銅貨2枚だった。この辺が相場らしい。
「これでも食べながらこの辺で待っていてくれ」
彼女はそれを素直に受け取って、頷いた。
俺は急いで、ダブリン商会へ向かっていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「いらっしゃいませ」
店に入ると、20代くらいの店員がにこやかに頭を下げた。
しかし、その目は全然笑っておらず、その一瞬で値踏みをされたような気分になった。そういや、俺の恰好はどうみても平民の軽装だったっけ。
「本日はどのようなご用件で?」
「売りたいものがあるんだが、商業ギルドに加盟していなくても可能だろうか?」
「それはもう。全ての売り手の方が商業ギルドに加入しているわけではありませんし。仕入れは手広く承っております。それで本日は一体何を?」
「これなんだが……」
俺はショルダーバッグから取り出したように見せかけながら、収納からグラニュー糖が詰まった素焼きの壺をひとつ取り出した。
それをみた男は、残念そうに頭を振りながら言った。
「お客様。ご存じないかも知れませんが、塩は王家の専売商品でございまして……」
「塩じゃない」
「は? しかしこの色は」
文明の程度から考えて、この世界の砂糖は含蜜糖だろう。南方からの輸入と言うことを考えても、黒糖っぽいものに違いない。
それが砂糖だと伝えると、あからさまにうさんくさげな顔になった男は、後ろの棚を指さしていった。
「砂糖というのは、そちらにあるようなものなのですが」
言われてそちらを振り返った俺は驚いた。
「赤かよ!?」
流石異世界、黒じゃなくて、赤。しかも鮮紅色だよ。
「左様です。暗いほどコクとクセがあり、明るいほど爽やかでクセのない甘みとなります」
お、そこはイメージ通りなのか。俺はそこへ食いつくことにした。
「だろ? これはかつて無いほど明るい色の砂糖だと思ってくれれば良いんだ」
「は? しかし真っ白で、塩にしか見えませんが……」
「そこは味を見てもらえれば分かる」
「はぁ……では担当のものにおつなぎいたしますので、奧の商談スペースへどうぞ」
そう言って通されたのは、いかにも質素な部屋だった。
一番安い商談スペースだったとしても、これはいささかやり過ぎだろう。装飾は何もなく、まるで刑事ドラマの取調室のようだった。
そこで待つこと10分。
表に残してきたマイユが気になり始めた頃、その男がドアをあけて入ってきた。
「待たせたな!」
いきなりの切り出しが、もう商人じゃなかった。
まるでヤクザの用心棒のようなその振る舞いと、それに相応しい容姿をした男は、唖然としている俺を尻目に、勝手に話をどんどんと進めていった。
「なんでも砂糖を売りたいんだと? 早速だがそれをみせてくれ」
「は、はぁ……」
俺が壺に入った砂糖を差し出そうとした、そのとき、無造作に振り回された男の腕が俺の腕にあたり、砂糖壺は硬い床に向かって一直線。素焼きの壺は簡単に砕け、中身があたりに散らばった。
「おい! 何をするんだ?!」
俺は男につかみかからんばかりの勢いでそう言ったが、男はへらへら嗤いながら、「ああ、商品がこれじゃ、もう商談は無理だな。さて、お帰りはあちらだ」と言い放った。
最初からこれが狙いだったのか。
「おい、当然弁償してくれるんだろうな?」
「は? お前が勝手にぶちまけたんだろ? 知るかよ、そんなこと」
くっ、何てヤツだ。
「ほらよ、仕方がないから掃除はこっちでやっておいてやる。うちの商会は優しいからな。詐欺を働こうとしているやつを衛兵に突き出したりもしないんだぜ?」
「なんだと?」
「なんだよ、そのひ弱そうなお身体で、一体なにをしようって言うんだ? ああそうか、一発殴られたいのか」
そう言われた瞬間、腹になにか強い衝撃を受けて、体がくの字に曲がると、内臓がはじけるような痛みを感じて、さっき食べた朝食を床にぶちまけた。
「おいおい、汚いヤツだな。さっさと出て行かないからこんな目に会うんだぜ」
そう言って男はうずくまっている俺の背中に容赦のないケリを入れてくる。
何度か蹴られているうちに、意識が薄れて気を失ったようだった。
DP:38 (debt:-10,000) RD:1,530
金貨 0, 銀貨 1, 小銀貨 5, 銅貨 3