DAY 1 ベイリー
「なにやってんだ?」
「うわっ!」
そこにはベイリーが、草むらの上から覗きこんでいた。
ななな、なんで? コアの報告がないわけ?!
『ダンジョンは直径たった10mしかない。しかも侵入者だらけで、ベイリーは姿も隠していない』
つまりは全員が近くにいて、視認できるわけで、魔法やスキルで隠れているキャラならともかく、いちいち報告していたらあまりにうるさいってことか。
『正解』
「おいおい、なんだよ。いくらなんでも驚きすぎだろ? 何か悪いことでもやってたんじゃないだろうな?」
「ち、違いますよ。物納できるものがなかったかなーと持ち物を調べている内に、腹が減ったので何か食べようとしていたところだったんです」
そう言って、まな板の上で山になっている、ハムサンドを指さした。
「それで、ベイリーさんはどうしてここへ?」
「ん? 俺、名乗ったか?」
げっ、しまった。
まさかダンジョンの機能ですとは説明できるはずもない。
「あ、いや、ほら、詰め所の奧にいた人がそんな風に呼んでいたような……」
「ほう。まさか鑑定持ちかと思ったが……なかなか目敏いんだな。丁度交代時間で仕事がはねたから、怪しげな行動をしている男の様子を見に来たんだよ」
「怪しげな行動って……」
「道行く人の肩を叩きまくっていただろ? どう見てもスリっぽいぞ。被害はなかったようだが」
「し、知り合いかと思って声をかけていたんですよ」
「ほう。ほぼ全員にか?」
「目、目が悪くて……」
「ま、そう言うことにしておくか。で、そりゃなんだ?」
ベイリーは、俺が指さしたまな板の上に乗っているハムサンドを見てそう言った。
「なんだって……パンですけど」
「は? パン?」
ええ? パン以外の何に見えるというのか。
「? ええ、まあ。食べてみます?」
「いいのか?」
「ええ、たくさんありますから」
俺はまな板の上にあった、シンプルなマヨハムサンドをひとつ取ってベイリーに渡し、もうひとつ取ると、それにかぶりついた。
毒なんか入っていませんよアピールだったが、美味い。
考えてみたら朝からどころか、転移前の夜から何も食べていなかった。この体は腹が減らないのかと思うところだったぜ。
「悪いな」
そう言ってサンドイッチを受け取ったベイリーは、それを一口囓って……停止した。
「あ、あれ? ベイリーさん? ちょっと。大丈夫ですか?」
マヨとか小麦とかのアレルギーじゃないだろうな?
「ななな、なんじゃこりゃー?!」
「うわっ!」
突然上がった大声に、道行く人々が振り返る。
門番の詰め所から、数人が顔を覗かせて、こちらへ向かって走ってこようとしているのを、ベイリーさんが、大丈夫だとサインを送って止めていた。
「一体、なんです? 突然」
「あ、ああ、悪い。これ、このパン、何でこんなに柔らかいんだ? しかもこれ、仄かに甘い香りがするぞ。麦の甘さなのか? それにこの中に挟んであるのは、何かの肉か? ぺらぺらなのに旨味が強くて、臭みもないが……ああ、それよりもこのパンに塗られているのはいったい何だ? 酸味と甘みと旨味と……ええい、よくわからん! ただはじめて喰ったぞ、こんなもの!」
台詞が長い。
それでも感動していることだけは伝わってきた。ダメ元で聞いてみるか。
「それで、物納できますかね?」
ベイリーは一瞬考えたが、すぐに首を横に振った。
「いや、素材でない食べ物は無理だな。換金ルートがないし、まごまごしているとダメになるからな」
うん、まあそうだろうな。
ベイリーがもう一つ食べたそうなので、どうぞと勧めると、嬉しそうに次のサンドイッチを手に取った。
「そのパンそんなに違いますか?」
「まず色が違う」
こちらで食べられているパンは基本的に茶色~黒らしい。いわゆるライ麦パンっぽいものが主体のようだ。
またパリッとした食感の、薄いパンも多いと言う。
日持ちのする薄いパリッとした食感のパンというと、レンバス……は、あったら驚くから、普通にクネッケブロートみたいなタイプなんだろう。
詳しく話を聞いてみたら、そのパンは「クラム」と言って日持ちがする上、詰めやすいため旅行用の携行保存食にも使われるそうだ。
美味いのか聞いてみたら、人それぞれだが、腹がふくれるだけだとの答えが返ってきた。せいぜいが噛む運動の練習になるというのが笑い話らしい。
どこかで聞いたような名称と話だ。
日常的には、どっしり重たい酸味のあるリンプと呼ばれる丸いパンが主流で、薄くスライスして何かを乗せて食べたり、スープに添えて出されるそうだ。
ロッゲン・ブロートみたいなものか。
「小麦は作られてないんですか?」
「小麦というのは聞いたことがないが、貴麦でつくる少し白っぽいパンはあるぞ。リンプよりは柔らかで色も薄いが、このパンほど白く柔らかいものは見たことがないな」
どうやら、小麦っぽい麦を貴麦、ライ麦っぽい麦を庶麦と呼ぶらしい。
貴族の麦と庶民の麦。分かり易い。真っ白じゃないのは全粒粉だからか。
しかしサンドイッチは物納NGか。
「食べ物が物納できないと、そこのナイフくらいですかね」
「これは、鉄か」
ベイリーは4つめのサンドイッチをつまみながら、まな板の上のナイフを取り上げると、しげしげとそれを見ている。
そのナイフなら後数本くらいクリエイトでき……まてよ、もしかしてダンジョンの宝箱に入ってる素材って……
『作れる』
オウ。じゃ、もしかしてお金も?
『作れる』
コアがそう言ったとたん、凄い数のお金らしいもののクリエイトリストが表示された。
お金ってこんなにあるのかよ……とにかく今は、大陸共通貨だ。お、あった。
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ラディール 100/DP (変動相場)
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1DPで100ラディール、小銀貨一枚だな。
しかし、変動相場?
『お金とDPの交換比率は、個々のダンジョンマスターが取引した量に関係している』
個々のって、やっぱ他にもいるんだ、ダンジョンマスター。
とにかくDPを多くのラディールにすれば、ラディールの価値が下がり、DPにすればラディールの価値が上がるってことか。
しかし、1DPで1,000円位って、高いのか安いのか分からんな。肩を叩くだけで数千円ならものすごく高額な気もするが……
まて! 1日最低100DPってことは、1日最低10万円返済する必要があるってことか?!
『マスターの借DPは10,000DP。その計算なら、一千万円相当』
げふっ。トイチって、つまり利息だけで10日毎に100万くらいずつ返さなきゃなんないってことですよね。
いきなりムリゲーがリアルに感じられて来たぞ。
「これなら大丈夫だろう」
あまりの現実に泣きそうになっていた俺は、検分を終えたベイリーの声で我に返った。
「え?」
「小銀貨8枚と言ったところだろうが、残り2枚は俺が出しておいてやろう」
パンのお礼だと笑いながらナイフを持って、ベイリーは門の方に歩きはじめた。
「え? え?」
「何してる。早く来い。日が落ちてしばらくしたら門が閉まって、朝まで街に入れなくなるぞ」
あー、ベイリーのやつ、それでわざわざ俺の様子を見に来てくれたのか。
面倒見が良いのはなんとなく察していたけれど、基本「いいひと。」なんだな、こいつ。ユージ君と呼んじゃうぞ。
とにかく明日の借金より今日の糧。幸いラディール/DPは等価交換だ。
俺は20DPを小銀貨10枚と銀貨1枚に換金して、収納に突っ込むと、コアを肩に掛けてベイリーの後を追いかけた。
DP:9 (debt:-10,000) RD:2,000
金貨 0, 銀貨 1, 小銀貨 10, 銅貨 0