DAY 1 南門の攻防
「ひー、ひー、ひー」
いや、まいった。
一念発起してから歩くこと、大体5時間(たぶん。お日様の角度的に)。俺の体力はほとんど底をついていた。ダンジョンの支配者がこんなにひ弱で良いのだろうか。
街の場所はこの明晰な頭脳で推論した。あてずっぽうとも言うが。
丘の下の馬車の通行には偏りがあった。だから、早い時間に多くの馬車が向かっていったのとは、逆の方向へと歩いたのだ。
早い時間に、ある程度ばらけながら、多くの馬車が似たような時間に通過すると言うことは、それらが朝出発した場所が近くにあると言うことだ。
遅い時間なら、馬車と同じ方向に向かっただろう。
とにかく俺は、死にそうになりながらも、とうとう最寄りだと思われる街の門までやってきていた。
長かった。辛かった。やっと人のいるところに――
「身分を証明するものは?」
使い込まれた革の鎧をきっちりと身につけた中年の男が、目の前に立って無情にもそう聞いてきた。
「は?」
「だから身分の証明書だよ。住民証とか、ギルドカードとか、そういうやつだ」
あまりに間抜けそうな返事をした俺に少しイラッとしたのか、彼は眉根をきつく寄せた。
「あ、いや、俺、田舎から出てきてこの街にたどり着いたばっかりで……そういうものが必要なんですか?」
それを聞いた門番は、うさんくさそうに俺を見た。
なにせ、持っているのはコアの入ったショルダーバッグひとつだけ。服装も街中の一般人という感じで、とても長距離を旅するような恰好ではない。
「田舎……ね」
門番の男はさりげなく詰め所の同僚に目配せした。
「身分証がない場合は、入街税が必要だ。銀貨1枚だ」
は? 税? って、コンビニ袋のなかに財布なんかなかったけど。仮にあっても、諭吉さんじゃダメだよね?
銀貨? なにそれ? 美味しい?
「どうした?」
「あ、いや、銀貨1枚ってどのくらいの価値なのかな、と……」
「おいおい、大陸共通貨も知らないのか? 田舎と言っても程があるだろう。銀貨1枚は、1,000ラディールだ」
「1,000ラディール?」
「お前、まさか、ラディールも?」
詳しく知らないとごまかすと、あきれ顔の門番だったが、基本的に面倒見がいい人らしく、丁度誰も並んでいなかったこともあって詳しく教えてくれた。
それによると、この国の貨幣価値は
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10,000,000 ラディール / 星金貨
*1,000,000 ラディール / 白金貨
**,*10,000 ラディール / 金貨
**,**1,000 ラディール / 銀貨
**,***,100 ラディール / 小銀貨
**,***,*10 ラディール / 銅貨
**,***,**1 ラディール / 賤貨
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ということだ。
一緒に聞いたパンなどの物価から想像するに、1ラディールは10円くらいの価値だろう。
つまり銀貨1枚は、1諭吉くらいの価値だって事だ。もうすぐ変更される予定があるらしいが。
「そういうわけで、1,000ラディールだ」
わざわざ説明して貰って申し訳ないが、無い袖は振れない。
「あ、いや、ちょっと持ち合わせが……」
「はぁ? お前遠くから旅してきたんだろ? その割に軽装だし汚れてもいないんだから、ちゃんと宿に泊まってきたんじゃないのか?」
むう。これは困った。
「あ、その、つまり。あ、そうそう。実は盗まれた?」
「なんだと? どこで? 盗賊が出たのか?!」
あ、門番って盗賊の討伐とかも仕事なのか。これはまずい。
「――わけではなくて……そ、そうだ! 落としたのか、財布をなくしてしまって!」
「はぁ?」
ううう。うさんくさ度が加速度的に上がっている気がするが、ここで街に入れないというのは非常に困る。
「あー、銀貨以外で支払うとか、可能ですか?」
「……物納も可能だ」
門番はため息をつきながら、そう言った。
基本的に街に入る際の身分証明は、税金の取り立てに関係している。
身分証を持っていると言うことは、どこかで住民としての税を納めていると言うことなのだそうだ。
だから入街税なしで街に入れる。
もちろん重大な犯罪人などのチェックも行われるが、小悪党程度ではどのみちチェックに引っかかったりはしない。
犯罪歴を確認するような魔道具でもあるのかと思ったが、「仮にあったとしてもそんな高価なものが、王都でもない街の門に配備されるわけ無いだろ」と一蹴された。
とにかく、それがないと税を払っている証明が出来ないため、街に入るのに税金として銀貨1枚が徴収されているそうだ。
「物納って、どんなものでもいいんですか?」
「売却できるようなものならな。頻繁にはないが、同じような事情の場合、その辺で魔物を狩って素材を物納するやつが多いな」
魔物を狩る……うん、無理。ひ弱で武器もないダンマスにはハードルが高すぎるというものだ。
魔物を作って物納なら可能性があるかもしれないが、そもそもDPないしな。
「ちょ、ちょっと考えさせて下さい」
「……構わんが、邪魔になるようなことはするなよ」
「はい」
そう返事をすると俺は、門番の位置から5m程離れた道の端にショルダーバッグを下ろした。
さて、なんとかDPを稼ぐべく、努力してみるかな。
そこで簡易ダンジョンを展開する。
街の中はともかく、外に関しては誰もが利用できるだけあって、特にダンジョン展開を妨げる所有者はいないようだった。
すぐに目の前に展開されたARな画面が、無事ダンジョンが展開されたことを告げていた。
俺は、ショルダーバッグを持ち上げると、道から少し入ったダンジョンの端にそれを置き直した。
『街に入る人に喧嘩を売るのは奨められない』
早速コアが突っ込みを入れてきた。
いや、そんなことしないから。絶対ボコボコにされるし。それより試してみたい方法があるんだよ。うまくいくかはわかんないけど。
『怪しい』
俺は誰も並んでいないことを確認すると、さっきの門番の手前まで言って、声を掛けた。
「あ、ちょっとすみません」
門番が数歩こちらに近寄ったところで、ピコンという音(こちらはコアの言葉と違って俺にしか聞こえないらしい)とともに、門番の情報がポップアップした。
彼がダンジョン内に入ったと言うことだ。
○-- ベイリー lv.24
門番
ふーん。ベイリーって言うのか。lv.24って高いのか低いのか全然わからんが、俺の24倍で、兎の12倍だ。
闘ったりしたら、一瞬でボコボコにされることだけは間違いなさそうだな。
「どうした?」
「あ、手軽に狩れる魔物の居場所を教えて貰おうかと思いまして」
すると、東に広がる森を指さして、「あの森の浅い場所なら何処でも大丈夫だ」と教えてくれた。
ついでに「俺は角兎が好きだな」と付け加えていた。美味しいらしいしね。
俺は、彼の腕をぽんと叩いて、「ありがとうございました」と頭を下げると、背を向けて彼から離れた。
そして数秒後――
『ベイリーを撃退。DP4を取得した』
くっ、くっくっくっく。キターーーーーーーー!
なー、体を叩いたら攻撃だよなー!
『さすマス。せこい』
なんだよー、賢いといえよ。
『狡賢い』
安定のコアさんでした。
そうして俺は、ちょっとだけ調子に乗った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「あ、すみません」
目の前を歩いていた厳つい冒険者風の男の方をポンと叩いて呼び止める。
男は、何事かとこちらを振り返るが、俺はすばやく「あ、人違いでした、ごめんなさい」と頭を下げる。
男は人違いかよと言った苦笑を浮かべてそのまま歩いていった。
『ダインを撃退。DP5を取得した』
そう。あれから2時間。俺は街に入ろうと近づいてくる人達に対して、ひたすら肩をたたき続ける攻撃を行っていた。
なるべくレベルの高そうな冒険者風の男を選んでいたが、それほど人通りが多いわけではないので、手当たり次第と言ってもいいだろう。
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DP:47 (debt:-10,000)
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くっくっく、チョロい、チョロいぜ。
もう、毎日ここで肩たたきをしてるだけで、借DP返せちゃうんじゃないの?
『最低1日100DP。全然足りない。それに、いずれ不審者で捕まるのがオチ』
デスヨネー。
今ですら、向こうでベイリーが疑わしげな視線を投げかけてきている。まあ、見ようによっちゃ、カネがない男がスリを働こうとしているようにしか見えないからな。
とにかくこれ以上目立つのは良くない。あと1時間もすれば空もオレンジに染まるだろう。
当面の解析とクリエイトのメドが立った俺は、道の脇に引っ込むと、道から見えない位置で、コンビニ袋を取り出した。
収納のおかげで焦ることはないにしても、今後何があるか分からないからな。
いずれ、コンビニ資源は全て解析で保持するとしても、解析の保持数は全部で20カ所だ。しかもクリエイトされたものは解析できない。
「コア。解析で保持している場所は、中身を破棄して再利用できるのか?」
『できる』
なら気楽に解析するか。しかし缶ビールはキンキンに冷えた状態で解析したいぜ……
「コア。解析で保持したアイテムをクリエイトするとき、状態は設定できるか? 温度とか」
『できる。DP1』
おお。意外と使えるな。
コアから、ふふんと誇らしげな雰囲気が伝わってくる。こいつ意外と……
『ちょろくない』
さいですか。
俺は、バラにする必要がない、水(2L)と缶ビール(500ml)を取り出すと解析した。それぞれのアイテムが光になって消えていく。
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DP:47->45 (debt:-10,000)
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パンと卵と薄切りロースハムと詰め替え用胡椒は、包装から取り出した後、一番良さそうなのを選んで解析した。
マヨネーズとか、一旦解析してしまえば、それを使って作ったサンドイッチは解析不可ってことだからな。
かといって、タマゴサンドやツナサンドをここで作れるかというと難しい。
「なにかカットできるものがあればな」
まわりを見回しながらそう呟くと、コアが案内してくれた。
『鉄のナイフと木の板なら、それぞれDP5とDP1』
ん? ああ、そうか。ダンジョンの宝箱用アイテムがクリエイトできるのか。
「んじゃ、それ、ひとつずつ」
そう言うと、目の前にまな板っぽい板と、刃渡り20cmくらいのナイフが実体化した。
「おー。なんかすごいな」
バターを1cmくらいカットして、それを解析。
食卓塩も少量板の上に取り出して、それを解析。
マヨネーズも少し絞り出して解析したら、きれいにマヨネーズだけが解析された。
ついでに、何か食べるものをと考えて、パン1枚を斜めにカットして、マヨネーズを塗ってロースハムを1枚はさみ、シンプルなサンドイッチをひとつ作って解析した。
残りの具材を全て収納に放り込んで、DPを確認すると、解析したクリエイトリストを開いてみた。
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DP:31 (debt:-10,000)
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ミルカン飴 80個/DP
水(2L) 6本/DP
缶ビール(500ml) 3本/DP
パン(8切) 24枚/DP
卵 24個/DP
薄切りロースハム 24枚/DP
黒胡椒粒 50g/DP
マヨネーズ 1kg/DP
バター 500g/DP
塩 5kg/DP
マヨハムサンド 12個/DP
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最初の1回は、解析したアイテム本体をDP1で取り出すが、その後は上記のDPを消費してクリエイトするようだ。
しかし、意外と安いな。現代価格で1000円/DPくらいの価値か?
『解析されたアイテムの価値は、元の価値に準じる』
なるほどな。
どうやら、解析で登録されるアイテムのDPは、そのものの実際の価値に準じるらしい。この場合は、俺の世界のものだから、俺の世界の価値観が反映されていると言うことか。
この世界にあるものを解析した場合は、この世界の標準的な価値に準じる物となるんだろう。たぶん。
「ふーん。ま、試しに取り出してみるか」
そういって、俺はDPを1使い、解析したマヨハムサンドをまな板の上に取り出してみた。
斜め半分にカットされたサンドイッチが1個。
比較のためにもう1DP使ったら、一気に12個のマヨハムサンドがクリエイトされた。うげっ、多い。
そのとき――
「なにやってんだ?」
道側の草の上から男の声が降ってきた。