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DAY 1 始まりの岩の上で

「どーすんだよ、これ」


小高い丘の上に立っている、大きな岩の天辺に座ってあたりを見るともなく見回しながら、胡座のうえにショルダーバッグを抱えてぼんやりしていた。


着ているものと言えば、大して質もよくなさそうな布の服。たぶんこの世界の標準的な服装なんだろう。


空はどこまでも青く、ちょうど春から夏に変わろうとしている季節なのか、過ごしやすい風がそよそよと吹いていた。


俺の目の前には、ショルダーバッグに入った、淡く輝く美しいライトブルーの石がある。大きさは直径が30cm、高さが45cmくらいの円筒に近い形で、不思議なことに重さはほとんど感じなかった。


試しにコンコンと叩いてみると、自分の頭をコンコンと叩かれたような感じが伝わってくる。


「なるほど、壊されれば俺も壊れるって事なのかな」


つまりは自分の分身のようなものなのだろう。コアが本体なのかも知れないが。


「しかし、これからどうするかなぁ……」


転送されたのは小さな丘の上に立っている岩の天辺だ。

さほど人里から離れているわけでもなさそうで、丘の下にある道らしき場所では、時折馬車などが行き交っていた。


「人は、いるんだよな」


問題はどうやってDPを稼ぐかということだ。


「DPの稼ぎかたとか聞いてないじゃん、そう言えば」


大抵のゲームでは、ダンジョンにやってきた侵入者を倒してそれを取得するシステムだったが、何しろ俺にはダンジョンがない。

ダンジョンを作るためにはDPがいる。

なんとも堂々巡りなお話だ。


鶏が先か卵が先か? とても哲学的な命題だな。


ぴるぴるぴるぴると鳴きながら、ヒバリのような鳥が空を横切っていく。


「さてと、困った」


とはいえ、ここでボーっとしていても得られるものはなにもない。時間と共にお腹が空くくらいだろう。……空くよね?


俺は、ダンジョンマスターの生理に不安を覚えつつ、何か無いものかと、ショルダーバッグの中を見るがコア以外何も入ってはいなかった。


「はぁ。転送先の資料くらい入れておいてくれなきゃ……」


そうため息をつきながら、膝の上から、コアの入ったショルダーバッグを下ろした。


その瞬間、それは、前触れもなく起こった。


魔法陣が展開されるわけでも、領域が輝くわけでもなく、傍目には何の変化もなかっただろうが、俺の目の前にはARさながらに各種情報がモニター然として広がっていた。


「なんだ、これ……」


呆然として呟いた俺の言葉に、どこからとも無く返事が返ってきた。


「マスターの記憶から構成したUI」

「へ?」


突然聞こえた若い女性の声に、思わずあたりをきょろきょろと見回してみたが誰もいない。

となると彼女は――


「いまのお前か?」


岩の上に置かれたショルダーバッグを見ながらそう言うと、コアはピコンとフキダシに入った!マークを自分の上に表示して「そう」と言った。


「私は、INF-WS26-Q4AC-0001。インフェルノ型1号コア」

「アイエヌエフダブリューエスニーロクキュー……あー、なんとか、ゼロゼロゼロイチ? いや、長くて覚えられんし。コアでいいか?」

「了解。以降私はコア。よろしく、マスター」

「あ、ああ。三上翔太だ、よろしくな。てか、コアってしゃべれるんだな」

「ダンジョン内なら可能」

「ダンジョン内?」

「そう、これは簡易ダンジョンモードという、ダンジョンコアの標準機能」

「簡易ダンジョンモード?」


コアの説明によると、ダンジョンではない場所でダンジョンコアを地面に置くと、コアを中心に半径5mの簡易ダンジョンが発生するらしかった。


本来この機能は、最初にコアの力を使ってダンジョンを作成するために存在している。


「ダンジョンなしでマスターが使える力は少ない」


まさか最初のダンジョンを、自力で掘るわけには行かないから、考えてみれば当然なのか。

しかし、地面に置いただけで発動するというのはちょっとな。


「設定でマスターに展開のオンオフを指定して貰うことも可能」


おお、流石だ。


「なら、今後は俺が指定する」

「わかった」


なお、この機能、所有者や権利者がいる場所はダンジョン化できないらしい。それに、一度使うとその場に固定されてしまい、コアをその範囲から持ち出すと消えてしまう上に、再利用には1時間のクールタイムが必要だった。


「それじゃ、ダンジョンコアって、自分のダンジョンから持ち出せるわけ?」

「できる。ただし持ち出すとそのダンジョンは、非ダンジョン化して管理から外れるので、持ち出すマスターはほとんどいない」

「再ダンジョン化は?」

「ゼロからなら可能」


なるほど。それまでDPをかけて作ってきたダンジョンが一瞬にしてパーになるんだから、普通は持ち出さないか。


「しかし、すごいなこれ」


目の前に展開されたモニタ然としたものには、ダンジョン内のマップや、そこに存在するものがいろいろな輝点で示されていた。またARよろしく、意識を向ければ見たものに説明などがポップアップする。

ただしダンジョンの範囲にあるものに限るのだが。


なお、左上で真っ赤に輝く


DP:0 (debt:-10,000)


の文字には、ちょっとくじけそうになった。


「俺の記憶から構成したってことは、ダンジョンマスターによって、違うの?」

「ダンジョンを管理する具体的な方法はそれぞれ異なる。機能は大体似ているけれどタイプによっては制限も異なる。インフェルノ型は最上位。えっへん」


自慢しているところが、ちょっと可愛い。石だけど。


「最上位ってことは、何か特別な機能があるのか?」

「インフェルノ型のマスターには、空間魔法が使えるはず」

「は? 空間魔法?」


インフェルノモードは、そもそもがダンジョンを保持できないので、ダンジョンが作れるようになるまで、ダンジョン内のものを持ち歩くしかない、そのため、それらを収納するための空間魔法が利用可能になっているということだった。しかも定温の時間遅延付き。遅延比率は60:1だそうだ。


つまり1時間経過で1分しか経たない。

1日が24時間なら24分しか経過しない。

定温だから入れたときの温度のままだ。


「なにそれ、すごい。チート?」


と思ったら、本当に生活用品を持ち歩くためだけの機能で、どうやら大きさがショボイらしい。せいぜいが100kg。何でも収めておくなんてことはできないらしい。


「しかもコアは収納できない」

「ええ?」


コアの時間がマスターの時間と同期していないと不都合が生じるとかで、コアは時間遅延のある収納空間に収めることが出来ないそうだ。もし入るなら、コアを持ち歩く不安が激減するところなのだが、世の中そう甘くはなかった。


その代わり、ダンジョンの機能ではなく魔法なので、ダンジョン外でも使えるそうだ。

使い方はただ念じるだけのお手軽操作。


「ふーん。あ、あれ?」


試しに念じてみた俺は、収納内にすでに何かが入っていることに気がついた。

急いで収納空間を確認すると、なにかガサガサするものが……


「コンビニ袋?!」


コンビニ袋の中には、朝飯用に買った食材がそのまま入っていた。


--------

 食パン8切り

 マヨネーズ

 ツナ缶

 卵

 バター

 牛乳

 薄切りロースハム

 食卓塩

 詰め替え用の粒胡椒

 水(2L)

 缶ビール(500ml)

 インスタントのカップコーヒー2P

 飴一袋

--------


うん。冷蔵庫の胡瓜を使って、サンドイッチの予定だったんだ。


飴はスイートなソイソース味でトラディショナルなブランドのミルク風味だ。ミルカン飴と呼ぼう。俺好きなんだよ、これ。


どうやら、コンビニで買い物していたものが、そのままくっついてきたらしい。定温機能が働いているらしく、ビールも牛乳も水も冷たかった。


偶然なのか意図されているのかは分からないが、朝飯用の食材とおやつは素直にありがたかった。

飴を数個取り出すと、残りは収納の中へと突っ込んだ。


「ところで、コアの声って他の人にも聞こえるのか?」

「聞こえる」


そういうと、目の前のAR空間に、”文字として表示した場合は、マスターが許可したもの以外は見えない”と書かれた。念話とかはないのか。


『無条件で通じるのはダンジョン内のみ』


あ、あるのね。

ただ、ダンジョンマスターは、ダンジョンを出ることも出来るから、その場合は何か条件が必要ってことか。


「正解」

「で、その条件って?」

「DPが必要」

「なるほど」


分かり易い。つまり今は無理ってことだね。


「じゃあ、聞こえる可能性のある範囲に知性のある何かがいる場合、ダンジョン内なら文字か念話にしてくれ」

『了解』

「ん? 近くになにかいるのか?」

『マスターにも多分知性がある』


いや、多分って……


「……俺以外の言葉を理解できる知性がある何かがいる場合は文字か念話にしてくれ」

「了解」


「しかし、しゃべり方が固いな。そういうのって個性なのか?」

「これは、マスターのためのデフォルト。おそらくマスターの好み。変更が必要?」


すると目の前のメインモニタ部分に、しゃべり方設定の画面が現れた。

プリセットリストは――


まじょこ?

萌え萌えきゅーん?

ツンデレ女騎士?

語尾付きネコ娘?

……


「……誰の趣味なんだ、これ?」

「マスターの記憶から構成した」


あ、俺の趣味でしたか……って、文字にすると凄く恥ずかしいんですが。


「心配ない。どんな趣味でもマスターを見捨てることは許されていない。残念」

「残念なのかよ! そして人の思考に反応するなよ!」

「了解」


……本当に、反応しなくなったのかな? おーい、聞こえるか?


「…………」


コアさーん。おーい。おーい。


「…………」


ふむ、流石に考えていることを読まれることはなさそうだ。さっきのは偶然かもな。

まあ、でも流石にデフォルト設定だけあって、確かに俺の好みかもしれん。クーデレ系。


「…………」


いつデレるかなー、楽しみだなー。


「…………」


……すみません。ちょっとくらいなら反応しても良いです。


「了解」

「やっぱり、だだ漏れなのかよ!」

「心配ない。ダンジョンの中だけ」

「あ、そうなの?」

「今のところ。あとデレない」


今のところなのかよ! しかも、素直クールなのかよ!

しかし、おかしい。俺の好みから構成されたというなら、絶対デレが付くはずだ。

とりあえずそれを目指そう。


「マスターが目指すのは借DPの返済。最低でも10日後までに1,000DPを用意しないと、その次の日は来ない」

「あ、それなぁ……。10日ってことは、最低でも1日100DP?」


多いんだか少ないんだかよくわからないが、一体どうやって稼げばいいんだろう。


「ダンジョンへの侵入者を倒すと、対象に応じたDPが得られる」


ああ、やっぱりそうなのか。

なら、簡易ダンジョンを作って、誰かに喧嘩をふっかけるか?

しかし武器もなけりゃ、力もないときたもんだ。


「武器はダンジョンの機能でクリエイトできる」

「お、マジで?」


すると目の前に武器のクリエイトリストが一覧で表示された。

凄い数があるから、いろいろな条件で絞り込んで……


「って、DPがいるじゃん!」

「当たり前」


なんだよー、それじゃだめなんだよー。

結局ステゴロなのかよ……


しかし、実際、ダンジョンマスターは全然強くなかった。


いやもしかしたら俺が弱いだけなのかも知れないが。ステータス的には、年齢相応の鍛えていない一般人と同等のようだった。


「せめて逸般人と同等なら……強い方で」


冒険者なんかに喧嘩を売った日には、倒してDPどころか、負けたあげくに身ぐるみ剥がれて、俺の人生は終了、ってことになりそうだ……


そう考えたとたん、ピコンという音が聞こえた。


「ん?」

「侵入者」

「侵入者? なんだそれ?」

「ダンジョン内に、僕や眷属以外が入ってきた」


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