§016 そして王都へ
せっかく屋台でやっていけるめどを立てたばっかだというのに、10日間も馬車に揺られる道のりなんて、いったい何処でDPを稼げば良いんだよ?!
「だいじょーぶだよ、カモさん。わたしも何度も、もうだめだーと思ったことあるけど、いつもなんとかなってたよ」
神様は見てるから、とシャロンがポンポンして慰めてくれた。
えーっと、それが人間を保護する神様なんだとしたら、見られてたらだめだと思います。俺、一応人類の敵? みたいな気がするし。
ていうか、それをなんとかしてたのは、マイユだろう。凄いやつだ。
とにかくダンジョンを展開しないとDPが得られない。
俺は馬車の床にダンジョンを展開した。うまくいったら、この馬車にダンジョンライナーと名前を付けよう。
「コア、馬車の床に展開して移動したら――」
どうなる? と尋ねようとした瞬間、ダンジョンが破棄されてコアが沈黙した。
ですよねー。
どうやら、ダンジョンは、地面に固定されていない場所で起動すると、自分の直下の地面に対して作成されるようで、移動中の馬車の中では、すぐに範囲から出てしまうようだった。
だめだこりゃ。
とにかく走っている最中は何もできない。
泊まる宿ごとに、銅貨トラップを仕掛けるしかないか。いままでの経験上、銅貨トラップは1日50DPくらいを稼ぐことができる。
各宿周辺で屋台を出すことは商業権の問題で不可能だろうから、飴玉配りくらいならあるいは……
◇◇◇◇◇◇◇◇
道中、宿に泊まれる場合は、銅貨トラップを仕掛けてみたが、しょせんは焼け石に水。ないよりましと言った程度に過ぎなかった。
宿の前で、食品を販売するわけにもいかず、悶々として過ごしていた。
そして、あれから10日。
「終わった……」
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DP:0 (debt:-10,000) RD:70,090
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余剰DPは有無を言わさず返済に使われるから、あらかじめ1000DP以外はラディールに変換しておいた。
さすがにこのくらいでは相場は変動せず、1DP/100RDのままだった。
というわけで、道中トラップで稼いだお金は、銅貨351枚。10日なので、1日35枚だ。しょぼい……
持ち金を全部DPに変換したところで、700DPにしかならない。
明日の朝までに300DP……屋台さえやれれば何とかなる数字だが、それもままならない今、俺たちの命運は尽きたも同然だ。
「マイユ、シャロン……眷属にしてごめんよ」
俺は泣きそうな気分で、馬車の窓から、大分日も傾いてきた空を見上げた。
TM0~9? まあ、すまんかった。
「おい、ショータ。いつまで馬車に……って、何を黄昏てるんだ?」
突然馬車のドアから、アネットが顔を出すと、不思議なものを見たような顔をしてそう言った。
マイユとシャロンはとっくに馬車から降りているようだ。
「あ、あれ?」
我に返ると、すでに馬車は止まっていて、目的地についているようだった。
「おいおい、ボケるには早いんじゃないのか?」
笑いながらそう言って肩を叩いてきたアネットに続いて馬車を下りると、そこはなかなかいい宿の前だった。
「ベルファスト公爵家じゃないんだ」
「馬鹿言え、仕事が終わってから10日近く経ってるんだぞ。あんな所にいたら肩がこるだろ」
いや、公爵家をあんなところ扱いはまずいんじゃないの……
「ともかく、宿だ。話があるんだ」
「あ、いや……」
そうは言っても俺たちの命は明日までなのだ。
「どした?」
「いや、実は……」
俺は、明日までに支払わなければならないDPの話を、金に置き換えて説明した。
「カネ?」
「はあ」
「お前、どんだけ借金があるんだよ。あれで足りなかったのか?」
「あれ……って?」
「今回、公爵家に売りつけたグラニュー糖の代金が商業ギルドのギルド共通口座に振り込んであっただろ?」
な、なんだって? じゃあ、もしかして……
「さ、3万ラディールある!?」
おもむろにアネットの胸ぐらをつかみ、勢い込んでそういう俺に、彼女は、面食らいながらも返事をくれた。
「お、おう……まあ、そんくらいは」
「ちょっと、商業ギルドへ行ってくる!」
そう言って、韃靼人の矢のように駆け出す俺の背中に、彼女が何か言っていたが、俺の耳には届かなかった。
「お、おい! 場所、場所は知ってるのか?!」
すぐに見えなくなった俺にあきれながら、アネットが、マイユに言った。
「あいつ、逆方向へ走って行ったが、大丈夫なのか?」
「ショータのやることはいつも分からないから、平気じゃない?」
「そういうものか……変な奴だな。じゃ、二人ともお昼はまだだろ? ショータほどじゃないが、この宿の飯もまあまあだ。食って待ってようぜ」
「ごはん? カモさん待たなくていいの?」
「カモさん?」
「あ、シャロンはショータのことをそう呼ぶんだ」
「へー。どこをどうやったらそういう愛称になるんだ?」
アネットは首をかしげながら、二人の手を引いて、宿の1階にある食堂へと入って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
駆け出してから、商業ギルドの場所が分からないことに気が付いた俺は、その辺の人に場所を訊いた。
どうやら反対方向に駆け出していたようだ。
馬車で送ってもらった宿の前を、アネットたちに見つからないようにこっそり、びくびくしながら通り過ぎると、その少し先にある大きな広場に面した商業ギルドの立派な建物の入り口を潜った。
「現在の残高は25万ラディールです」
にじゅうごまん?!
日本円で250万円だ。砂糖ごときがどんだけ高価なの。って、おそらく問題解決の報奨金が含まれてるんだろうな。
アネットが半々で振り込んだとしても、500万円。公爵家としては屁でもないのかもしれないが、なかなかの大金だ。
とりあえず、15万ラディールを金貨で下ろして、20万ラディールをDP化した。
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DP:2000 (debt:-10,000) RD:20,090 貯:100,000
銀貨 16, 小銀貨 13, 銅貨 279
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はぁ……これで一安心。
おれは安堵の息をひとつ吐くと、商業ギルドの入り口を出た。
もうすぐ日が暮れるというのに、ギルド前の広場はさすが王都といった賑わいだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
なんとかギリギリで、明日の利息をキープした俺は、ほっとしすぎたせいか腑抜けたような足取りで宿に戻ってきた。
宿ではアネットが、やる気にみなぎった様子で俺を待っていた。
シャロンとマイユは、疲れたのか先にご飯を食べて、部屋で休んでいるようだった。
「それで、アネットさん、なんですわざわざ王都まで呼び出したりして」
宿に併設された酒場の隅の席で、アネットと向かい合って座ると、俺はその日の定食っぽいものを注文した。
アネットはもったいぶるように、酒を一口飲むと言った。
「お前、こないだ俺に向かって言ってたろ? 『何を売っているんだ』って」
ああ、そう言えば。いきなり従業員にされた時に聞いた覚えが。
「俺はさ、これまで特に何を売っているというつもりもなかったんだ」
うん、何かそんな感じだった。
マイヤー商会の倉庫の中を片付けたりしてみても、そこにある商品にはどうにも一貫性がなかった。
一番無難な言い方をすれば雑貨屋だろうが、『保存の小箱』が無造作においてある雑貨屋というのも、なんだかなぁと思うわけで。
「今回ショータの砂糖を公爵家に持って行ったとき、とても喜んで貰えたんだ。それはもう皆が満面の笑みだった」
「じゃ、砂糖を売ることにしたんですか?」
売るのはいいが、俺が居なくなったら仕入れが出来なくなるんじゃないのか?
この先借DPを返し終わったら、俺はどこかでダンジョンを作らなければならないわけで……まさかダンジョンまで仕入れにこいとは言えないよな。
「違う。あ、いや、必要ならそれも売るんだが……」
「じゃあ、何を?」
アネットは、ジョッキ並みの大きさの器の酒をぐいっとあおると、ドカっと音を立ててそれをテーブルの上にたたきつけ、力一杯胸を張って、これがドヤ顔だといわんばかりの顔つきできっぱりと言った。
「幸せだ!」
「はぁ?!」
アンタ、いつから宗教団体に鞍替えしたんだよ! と、突っ込みたい気分で、俺は思わず声を漏らした。
「ショーバイっつーのはさ、要は客が欲しがるものを売ればいいんだろ?」
「まあ、それはその通りですね」
「客は千差万別だ。だから欲しいものも様々だ。それが何を売っていいかわからなかった原因だったんだよ」
「なるほど」
というか、昔の百貨店じゃあるまいし、店が客の欲しいものをすべて取りそろえる必要なんかあるわけ? 客が欲しいものを求めて店を選ぶものだと思うけどなぁ。
「だけど、幸せなら、大抵の人間が求めているはずだろ? つまり商品としては完璧じゃないか!」
「そりゃそうですけど、具体的に何を売るんです?」
「だから、幸せだよ!」
ええ? 幸せって具体的なアイテムなの?! 異世界の常識は未だにわかんないなぁ……
「幸せ――それは素敵なアイテム。いつもあなたの側に、幸せ」
アネットはうっとりした目で宙を眺めながら、どこかの怪しげなCMめいた言葉を呟いた。
ああ、こいつは商売人なんかじゃない。爺ちゃんは優秀な商人だったのだろうが、こいつはただの思い込み系脳筋残念美人冒険者だ。こいつに任せておいたら、いつかひどい目にあいそうだ。なんとか手綱を握らな――
「でな! もう注文を受けて来たんだ!」
「はぁ?! あ、いや……それってどんな?」
手綱を握る前に暴走しとるやんけ!
「それが、どこから手につけたらいいのかさっぱりでな」
「……」
それくらいめどを立ててから引き受けるもんじゃないですかね……不安だ。
「というわけでな。俺じゃどうにもなりそうにないから、ショータを呼んだんだ!」
「おいこら、待て」
俺は思わず、敬語も忘れて突っ込んだ。
アネットは全然気にした様子もなく、マイペースで、俺の両肩をつかむと、顔を覗き込んで力強く言った。
「なんとかしてくれ!」
ごはー!
 




