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DAY 6 正しい上司の使い方

俺たちが作った屋台料理は、ミルダスの街に、一大センセーションを巻き起こしていた。


もちろんヒットする自信はあった。

何しろ初めてアネットの台所を見たときは呆然としたのだ。


そこには水道もコンロもナッシング。お湯を沸かすだけでも水場から水を汲んできて、竈に火を入れて薪をくべなければならない有様だ。

料理が苦手とかいう以前に、料理の準備をするところで挫折する。


そもそも、そんな竈じゃ、細かい火加減なんて難しいことはとてもできそうになかった。

できそうなことと言えば、何でもかんでも素材を切って煮るか焼くか、ただそれだけだ。そういう料理しか普及してない可能性がひじょーに高い。


コンロについてアネット聞いたところ、「一応そういった魔道具はあるぞ。高価だから、高級な食堂や貴族の館くらいでしか使われないが」だそうだ。


それにオリーブオイルっぽい植物性の油は非常に高価だった。どうやら香油に使われるのが本来の用途らしく、料理に使われることはあまりないらしい。


当然のごとくフライパンもない。料理は鍋。あーんど網。

水にぶち込んで塩。または網の上で焼いて塩。それが基本らしかった。


そうしてみると、微睡みのノール亭の料理は大したものだといえる。

スープ+パン+煮物・焼き物、の基本構成でちゃんとバリエーションもあって美味かったし。


「はい! ニモカラふたつ。銅貨4枚です!」


目の前でマイユがシャロンから受け取ったニモカラを、客の男に渡している。

シャロンは次から次へと、ニモカラと耳揚げを袋に詰めていた。


もし俺が何もせずにいれば、客観的見て、いたいけな少女達をこき使う悪徳商人に見えただろう。

しかし俺は俺で、大変な目に遭っていたのだ。


「おい、お前が店主か? 俺の家で雇ってやろう。すぐに荷物を纏めて準備するがいい」

「あ、結構です」

「うむ。結構なことだろう? 早く準備しろ」

「いえ、お断りします」

「……断ると聞こえたが」

「はあ、そう言いました」

「なんという不敬! 貴様、一体何様だ?!」


アンタが何様だよ。

頭がおかしいヤツだと思うだろ? とんでもない、同じ様なことを言うヤツが、何人もやってくるんだぜ? この世界、どうなってんだ。勘弁してくれ。


マイユも最初はしどろもどろで対応していたが、すでに慣れたもので、似たようなやつが現れる度に、「あちらの店主とお話し下さい」と、俺に丸投げするようになった。

うむ、正しい上司の使い方だな。


「後がつかえておりますので、しつこく絡んでは困りますな。それに断られたのですから、さっさと引っ込んで頂きたい」

「なんだと?! 貴様、一体どこの手のものだ!!」

「それよりこのパンです。一体なんですかこれは? どのような粉を用いればこのように白いものが?」

「無視をするとは何事か! 名乗れもしない貧相な家なのだろう!」


いやもうほんと。朝からいろんな人が押しかけてくるんだよ。


うちの料理人にしてやると、雇いにくる人。

どうやって作るのか、教えてくれと押しかける人。

料理をおろしてくれないかと頼みに来る人。


雇用も、素材の仕入れも、現物の売買も、全部に断りを入れているのだが、断られたことが理解できない腰の強いものばかりが居残って、終いには勝手に争いを始める始末だ。

今もふたりの男が言いあっている。これ以上騒ぎになると、近くの屋台やうちの屋台の客にも迷惑になるし、どうしたものかなぁ……


「なんだか騒ぎになっていると聞いてきてみれば、お前、ショータじゃないか。騒ぎを起こすなって言っただろう?」


声がした方を見ると、呆れたような顔をしてそこに立っていたのは、街にはいるときに世話になったベイリーだった。


「あ、ベイリーさん。お久しぶりです。って、別に悪いことは……」


「おい、お前、誰の許可を得て割り込んでるんだ!」


押しの強い、”雇ってやる男”が、ベイリーに向かって噛みついた。


「ああん? アンタは?」

「ソルズベリー男爵家のものだ! お前こそ何者だ?」

「ミルダスの衛兵だよ」

「はっ! 衛兵ごときが、ソルズベリー男爵家にたてつくとは!」


ベイリーは呆れたように首を振った。


「いいか? これは治安維持のための取り調べだ。その場合、相手が貴族様だろうが王族だろうが特別扱いしなくていいって言うのがうちの領主様のお考えでね」

「なんだと?」


まぢかよ。ここの領主の地位ってなんだっけ? 流石に自分より上の階級相手じゃ分が悪いんじゃ。

というか、南大通りの建築を認めたのと同一人物とは思えない発言だな。


そんな騒ぎを尻目に、もう一人の男がこれをチャンスとばかりに詰めよってきた。


「あちらはあちらにお委せして、重要なのは粉なのです! このパンを作った粉はやはり貴麦なのでしょうか?」


このオッサンも大概だな。

勝手に喋ってる内容を聞くと、麦一筋300年、バーク商会のものだということだ。ウォーレン=バークと名乗っていたから経営関係者なんだろう。


どうやら、取引先から、あのパンを焼いた粉が欲しいと突き上げを喰らったらしい。

確認してみると、あり得ないほど白く柔らかなパンで、一体どのような粉を用いて作ったのか見当もつかなかったため、仕方なくここへやってきたというわけだ。


「ミルダスで麦粉を買うなら、ほぼ確実に当商会を通過しているはずですが、普通の方法でこのパンを焼けるような粉はございません。なにか特殊な処理を行っているのでしたら、その可否だけでも教えていただければ」


特殊な処理を行っているなら、そこに秘密があるわけで、当店のこの粉とおなじものでございますとしつこい輩を追い返せるわけだ。

たぶん、カナダ産か北海道産のパンに向いた小麦粉ですよと言ってもダメだろうなぁ……


そもそも俺は、貴麦が本当に小麦かどうかも知らないのだ。

紙が魔物の分泌物から作られる世界なんだ、まるっきり違う形態の植物でもおかしくはない。


「あー、貴麦というのは、固いからに覆われた麦で、それを割ると中に白い胚乳がある麦ですか?」

「そうですが……」


ウォーレンは何を今更と言った感じの顔でそう答えた。


「ではその粉を使って作られています。実は粉のひき方に秘密があります」

「なんと?! ひき方?」


まあこれくらいはいいか。俺だって中の胚乳部分だけを粉にすると言うことは知ってても、どうやって外側の固い部分を取り除くのかは、何度も引くってことくらいしか知らないし。

ヒントだけあれば、賢い人が形にするだろう。


それを聞いたウォーレンは、ぶつぶつ呟きながら、すっかり自分の世界に引きこもっていた。経営者かと思ったら、研究職な人だったのか。

ふと見ると、向こうではベイリーが、ソルズベリー男爵家の誰だかを追い返していた。


「ベイリーさん。ありがたいんですけど、あの人、さっき、『俺の家で雇ってやろう』とか言ってましたよ。男爵本人や子女だったりしたらまずいんじゃ……」


それを聞いたベイリーは、笑いながら「気にするな」と言った。


なんでも、最近ちょっと羽振りが良くて勘違いしちゃった系の家なんだそうだ。酷い言われようだな。

文句を言われても、領主は取り合わないだろうとのこと。


「それよりお前ら、何かマイヤーと関係があるのか?」


ベイリーは後ろの建物を見ながらそう言った。


隣の屋台の男も言っていたが、どうやらマイヤーがこの場所を誰にも貸していなかったのは有名な話らしい。

アネットの為人(ひととなり)を考えると、単に面倒だっただけなんじゃないかと思うんだけど。


「いや、実は――」


俺は先日アネットに雇われた話をかいつまんで伝えた。


「雇われただ? アネットにか?」

「ベイリーさん、アネットさんを知ってるんですか?」

「知ってるもなにも、あいつは、エクスターミネーターだの、ワイプアウト・アネットだの言われてた、恐っろしい女なんだぜ? この街の冒険者に知らないヤツなんざいねーよ」

「は?」


なんでも冒険者時代は、何でもかんでも突っ込んでいっては、そこにいるモンスターを皆殺しにすることで有名だったらしい。

付いたふたつ名が、殲滅者(エクスターミネーター)。その様子を見た者達は、戦慄を込めてワイプアウト・アネットと呼んでいたらしい。


「微睡みのノール亭のレナさんは、元冒険者って感じでしたけど……」

「まあ、アネットは昔から、黙って立ってりゃどこの貴族のお嬢様かって感じだったからな」


喋ると台無しなんだが、とベイリーが苦笑いした。


「まあ美人ですから。しかし、ただ者ではないと思っていましたが、そんな有名な冒険者だったとは。まだお若いのに、なんで商会なんかやってんですかね?」

「あいつは爺ちゃんっ子だったからなぁ……」


祖父の跡を継いで、みたいな感じだったらしいが、ただそれだけで跡を継いだものが、たった1日で公爵家に渡りを付けられるものだろうか。

まだまだ何かありそうな気がするが、It's not my business だ。突っ込んでもヤバそうなものしか出てきそうにないしな。


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