DAY 5 屋台オープン!
「ひま、だねぇ……」
翌朝、俺たちは勢いこんで夜明けと共に屋台の活動を開始した。
まわりの店もぼちぼち稼働を初めて、徐々に人通りと客が増え、日が昇りきる頃には、そこそこの人達があちこちで朝食代わりの屋台飯を購入していた。
が、我が屋台と来たら……
未だに、たった5人しか客が訪れていない。
「心配するな。早朝から買いに来る奴ら、それはイノベーターだ」
「いんべーだー?」
「それは侵略者だ」
シャロンが頭の上に、フキダシ付きの?マークを浮かべている。コアのヤツ、日に日に無駄な芸が細かくなっていくな。
「いいか、イノベーターは、市場全体の2.5%を占めると言われている。つまりそこで5個が売れれば、全部で200個売れる可能性があるのだ(違います)」
「我々はこれを、アーリーアダプターに接続しなければならん。そうして、全体で16%の利用者を得れば、皆が利用しているという印象をつけることができるのだ!」
「そうすれば、アーリーマジョリティを味方に付け、我々の野望は花開く!」
「カモさんがこわれた」
「察するに心配する必要がないって事でしょ。だってたったの5件だけどDPは凄いよ?」
そう。早朝から来た冒険者然とした5人は、そのレベルが凄かったのだ。
『ダリウスを撃退。8DPを取得した』
『マリエラを撃退。7DPを取得した』
『ローガスを撃退。9DPを取得した』
『ネメシスを撃退。8DPを取得した』
『バルブレアを撃退。7DPを取得した』
たった5人でトータル39DP。
流石に小銀貨1枚の屋台アイテムをゲットしに来るイノベーターは、全員かなりの高レベルだった。
そして高レベルプレイヤーはみんなの憧れ。彼らが美味いと言えば、クソでもミソでも美味いのだ(たぶん)
「よっしゃー、インフルエンサーゲットだぜ!」
「カモさん、カモさん、だいじょぶ?」
「ん? ああ、大丈夫だ。それより、朝早かったからお腹が減らないか?」
「んー。ちょっと減ったかな」
「何か食べたいものがあるか?」
「「カラアゲ!」」
即答かよ。しかし、これはイケるかもしれん。頭の上にはフキダシ付きで!という文字が……いやもういい。
俺は、大皿に鶏もどきカラアゲを40個クリエイトして、販売テーブルの手前にある一段低いテーブルの上に置いた。
「ほら、美味しそうに食べるんだぞ」
「そんなことしなくても、美味しいよ?」
シャロンは頭をコテンと倒してそう言った。
ま、いいから喰え。美味そうに食べてればなんだろうと思う客が――
「おい、何だか美味そうな匂いがしてるんだが、それは売ってるのか?」
――ほら、釣れた!
「これはニモカラ(鶏もどきカラアゲの略だ。今決めた)ですよ」
「じゅーしーで美味しいんだよ!」
よし、ナイスアシストだシャロン。
「ごくっ。い、いくらだ?」
「こっちのサンドイッチセットに付いてるんですが……」
「む、小銀貨1枚はきついぜ」
「そうですね。では、1個銅貨2枚でいかがです?」
「良し、それなら1個くれ」
「毎度~」
俺は耳揚げ用に用意した紙袋に、ニモカラを1個入れて渡し、銅貨2枚を受け取った。
男は早速ニモカラにかじりついて、「うんめえええ!」と仰天している。なにしろ味付けに胡椒が使われてる上に、最高に美味しく揚がったヤツのコピーだからな、ちょっとその辺にはない味のはずだ。
後、油を大量に使う料理はあまりないそうだ。植物油、めっちゃ高かったからな。
男の様子を見た通行人が、「そんなに美味いのか?」「ちょっと買ってみるか?」「確かに昨日配ってた飴とやらは滅茶苦茶美味かった」なんてこちらを見て話している。
くっくっく。キャズムを越えるのも時間の問題だな。
苦労した割に、サンドイッチはあまり売れないけれど、カネのことを考えなければ、飴や耳揚げを配るほうがよっぽどDPが溜まる気がするし。
しかし、ただで配り続けると色々問題があるそうだ。まわりの屋台との関係とかな。
「10個くれ!」
最初に食べた男が勢いこんでそう言った。
「あ、すみません。いろんな人に食べて貰いたいので、一度に買うのは2個までとさせていただいておりまして」
「なんだと? じゃ、2個で5回買うのはいいのか?」
コアどうなんだ?
『ダンジョンの位置は屋台ギリギリ。並び直せば再入と判断できる』
「結構です」
「しかし、それに何の違いがあるんだ? 面倒なだけだろ」
「いえいえ、大勢の方に楽しんでいただくための手段ですよ」
俺が指さすと、そこには数人の客が並んでいた。
「ち、仕方ねえ、2個くれ」
「毎度~」
マイユが、銅貨4枚を受け取ると、紙に唐揚げを2個入れて男に渡した。
よし、回り始めたぞ。ニモカラが普及したら、それにあう酒として、ビールを提供するのも面白いかもな。
途中、DPが高い人、特に女性には「こちらも美味しいですよ」と、耳揚げも勧めてみた。こっちは銅貨1枚だ。
「うそ、なに、このかかってる甘いの! 砂糖なの? こんなにかかってて銅貨1枚って、大丈夫なわけ?」
と逆に心配される有様だったが、こちらはおひとりさま4本までで販売を開始した。
白い砂糖も耳揚げの油をある程度吸ってしまえば、淡いピンクの砂糖と見分けは付かないのか、気にする人はいなかった。
女の人はそれをポリポリと幸せそうに囓りながら、もう一回並んでいる。食べ過ぎると太ることはしばらく内緒にしておこう。
『さすマス。ゲスい』
ランクが下がってるし! まあ、いざとなったら、看板に、「健康のために食べ過ぎに注意しましょう」とか書いときゃいいんだよ。
あまりの人気に、サンドイッチにも興味を持つ人が出てきて、いくつかは売れていった。
そのままずるずると売り続けたが、流石にふたりが疲れてきたようだったので、切りの良いところでリポップを中止して売り切れにさせて貰った。
並んでいた客は、不満の声を上げたが、いかんせん売り切れでは仕方がない。
最後まで並んでいたが買えなかった人には、無償でクリエイトしたミルカン飴を配って許して貰った。もちろんそれでもDPはゲットできるのだ。げはは。
明日もまた販売することを約束して、俺たちは屋台の戸を閉め、アネットの家に戻っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「屋台って、ものすごく忙しいんだねー」
とすりと腰を下ろしてシャロンが、遊び疲れたような様子で言った。
「おつかれさん」
俺は、残っていた耳揚げ5本、それにニモカラ17個を収納から出してテーブルの上に並べた。
いくつか残っていた食材で作ったありあわせに、試しに収納したら収納できた、野菜たっぷりの具だくさんスープを出して、3人で昼食にした。
「ほら、ニモカラばっか食べてないで、スープの野菜も食べろよ」
「はーい」
「ショータったら、なんだかすっかりお父さんっぽい」
「馬鹿なことを言うなよ、これは、あれだ」
「「ふくりこーせい」」
そう言って俺たちは笑い合った。こっちに来たときはどうしようかと思ったが、今は結構楽しんでいる、と思う。
楽しく食事をしていると、コアが状況を報告してきた。
「本日の売り上げは、サンド10、耳揚げ75、ニモカラ63。DPは収入が149、支出が11で、138の増加」
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DP:451 (debt:-10,000) RD:17,240
金貨 1, 銀貨 4, 小銀貨 16, 銅貨 164
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「これなら、あと4日で1,000DPのノルマは越えられそうじゃないか?」
俺が気楽な感じでそう言うと、マイユが真顔で突っ込んだ。
「ショータ、楽観しちゃだめでしょ。雨が降ったらどうするつもりなの?」
雨? 雨か……
確かに雨が降ると休む屋台は多いだろう。
「一応濡れないように屋根を付けることはできるけど」
「お客さんが居ないんじゃ意味無いでしょ」
この世界に傘はないそうだ。フード付きのマントが雨具の主流で、農作業のためのミノのようなものもあるらしい。
いずれにしても雨の日は外に出ないのが一般的な対処だそうだ。
「まあなぁ。雨の日サービスとか言って、雨の日に来てくれたお客様にはオマケをする、なんて方法もあるけど」
「面白いけど、誰も知らないサービスじゃね」
全くその通り。
店舗を借りてお店を経営するなら雨でも問題は無いけれど、それだとカネはともかくDPを稼ぐのが難しいのだ。
店の中がダンジョンなら、一度入った客が出るまでDPは追加されないわけで、居心地が良ければ良いほど回転が落ちる。
やはり稼げるときに稼ぐしかないか。
「明日は日が落ちるまでやってみる?」
「ふたりが大丈夫ならそれでもいいけど……」
労働は意外と疲れるからな。
「眷属はリフレッシュが可能」
リフレッシュ?
「なんだそれ?」
コアの説明によると、連続して攻められるとき、眷属やダンジョンモンスターをリフレッシュすることで、体力や気力をリセットできるそうだ。
なんだそれ。ヤバイ薬みたいに、後からドーンとくるんじゃないだろうな?
「特に影響はない。DPが消費されるだけ」
「消費って、どのくらい?」
「レベルの1/5。最小は1」
高レベルのモンスターが沢山いたら、バカにならない数値だけど、うちの眷属は――
○-- マイユ lv.3
ショータの眷属。
○-- シャロン lv.1
ショータの眷属。
――だもんな。DPはふたりでも2か。
「よし、試しに使ってみるか」
「了解」
コアがそう言ったとたん、ふたりの体の輪郭が青く発光した。
「ふぁ!?」
「うひゃー、なにこれ、くすぐったいっ!!」
青い輪郭がフルフルと震える度に、ふたりはくすぐったそうに身をよじる。
数秒で、その光は消えていった。
「どんな感じだ?」
「んー、体中を鳥の羽でなでられたみたい……すごくくすぐったかった」
「だけど、なんだかぐっすり寝た後みたいで、スッキリしてるよ?」
まあ、疲れがとれたんなら良いか。試しに明日はフルタイムで出店してみるか。
「「はーい」」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「よし、そろそろ休憩にするか」
Bランクパーティ暁の門は、ミルダスの冒険者の中でもトップグループに属するパーティのひとつだ。
あまり護衛をせず、東の森の奧の討伐や採取を主な仕事にしていた。
今日も稀少なサリリネラ草の採取を行うために、森のかなり奧まで進んでいた。
「はー、今日はちょっと楽しみなんだよ」
パーティリーダーのダリウスが、そう言いながら少し開けた場所の岩の上に腰掛けた。
「昨日の飴には、ホントに吃驚したからね。これもかなり美味しいんじゃないかな」
紅一点の魔法使いマリエラが、いそいそとその紙の袋を取り出した。
そのとなりに腰掛ける寡黙な大男のローガスは、盾と槍を側に置いて、黙って同じ包みを取り出した。
「さて、どれから食べるかな」
そう言ってダリウスが取り出したのは、いろんな野菜が挟んであるハムサンドだ。
「しかし、これがパンなのか? 真っ白だし、摘んだだけでへこむくらい柔らかいぞ?」
「どんな味かしらね。これなんか黄色いけど、なんなのかしら?」
マリエラが手に取ったのはタマゴサンドだ。ゆで卵を潰して、塩、胡椒、マヨネーズで和えた定番商品だ。
ぱくりとそれを口にする。
「ふぁ?!」
そのあまりの優しい味わいに、マリエラは思わず声を上げた。
しかし、その声はダリウスには届かなかった。彼は、サクリと噛みきった野菜の歯ごたえの後に来る、自分の口の中に広がるトマト擬きの酸味とマヨネーズとハムのハーモニーに声も立てずに酔いしれていたのだ。
ローガスが口にしたものに到っては、それが何で作られているのかすら分からない。
まさか海の魚のオイル漬けだなどとは、内陸のミルダスで活動する彼らには想像も出来なかった。
「「「うまっ?!」」」
3人は同時にそう言って、顔を見あわせた。
「って、なんだこれ? 何をどうやったらこんな味がだせるんだ?」
「これも美味い」
滅多に喋らないローガスが、思わず口に出したのは、つけ合わせのニモカラだ。
「おお、本当だ。それに、なにか、こう、エールが欲しくなる味だな?」
「仕事中はダメよ」
「いや、持ってきてねぇし!」
3人はそれぞれ、夢中になってサンドイッチをむさぼっていたが、最後にマリエラが手にした、ジャムサンドを口にしたとき、彼女は心の底から驚いた。
そこに挟まれていたのは、とても上品に甘い果物を煮たものだったからだ。
確かにパンのスライスに添えるための、果物を煮て作るペーストはある。
が、これほど甘いものとなると、非常に高価だ。このジャムサンド1つで小銀貨1枚以上してもおかしくない。
「これ、元が取れてるのかしら?」
そう思った瞬間、ダリウスが奇妙な声を上げた。
「ぬおっ」
「どうしたの?」
「こ、これ、喰ってみろ」
そういって見せられたのは、でざーと?とか言う、最後に食べて下さいねと言われていた茶色い棒のようなものだった。見た目はあんまりよろしくない。
言われるままにそれを口にすると、コリッっという軽い音と共に、「甘い……」と恋する乙女のような声が漏れた。
彼らの常識だと、その4本の棒だけで銀貨が必要になるかも知れないレベルだ。
あまりの内容に、全てを食べ終わった後も、3人はその余韻に浸り続けていた。
DP:449 (debt:-10,000) RD:17,240
金貨 1, 銀貨 4, 小銀貨 16, 銅貨 164
 




