第二章 アカデミーでレベルアップ出来ないわけがないっ
第二章 アカデミーでレベルアップ出来ないわけがないっ
リゼロイア地方第二の街、クアドル
まさか隣町に行くのにこんなにかかるとは思わなかった。さすがに復路は合同馬車かなにかにしようと切に思う。
「じゃあひとまずギルドね」
「もう夕方だ。ギルドもガラが悪くなってきてる頃だ。おすすめできない」
とアルデュークが言う。まったく聖騎士様は堅物だ。冒険者はチンピラじゃないっての。「そんなの大丈夫よ。ギルドで確かめたいことがあるの」
「君みたいな幼い子を連れてギルドなんて!」
「幼くないわよ!けっこう歳なんだから。」
「嘘をつかないの!多く見積もっても15歳くらいだよ君は!」
いちいちうるさいアルデューク。
「何を言うのよ。ポケットにモンスターを詰め込む種族は10歳から旅に出るって聞いたわよ!」
「君はその種族じゃないだろう!レベル3だし!」
「3ゆーな!!」
「さ!教会に行って、お祈りと食事をしよう!」
アルデュークの緑がかった暑苦しい目がきらきらとこっちを見る。なまじイケメンだしソレにトキメイた日もそう遠くないが今は鬱陶しい。自由にさせてくれないのはイヤなの。
「わかった。アルデューク。アンタとはここでお別れよ。ご苦労様」
「なっ!」
クロウズだけでは心許ないが、聖騎士の理念はわたしをイラつかせる。規約や経典理念など、その一部が社会を作っているとは言え、そんなのに縛られたくないから冒険者になって自由にしていたのに。
神に祈り、幸を請うなんて、与えられなければ生きていけないようではないか。与えてもらいたいと願うなんて、何も出来ない子供のようではないか。わたしは自分のことは自分で出来るし、好きなようにしてきた。清貧も品行方正もくそくらえだわ。
「いきましょ。クロ」
「ま、待つんだ!ミリィ!」
アルデュークはうつむきがちに言った。
「エミリーが・・・」
ああそうか、エミリーを探してるんだっけ。わたしだけど。
「エミリーが見つかったら、アンタに顔を見せるよう言っておくから」
ため息交じりに答えると、アルデュークは哀しげな声で呟きだした
「こないよ・・・。僕のところなんて。僕がフッたから・・・」
なんだって?
「だからエミリーは消えたんだ。僕が見つけなくちゃ。僕が・・・」
アルデュークはいい大人のくせに、肩をふるわせて鼻をすすった。
「僕が!みつけて、もう離したくないんだッ!!」
聖騎士の白いマントを翻し高らかに宣言した、整ったキメ顔。
・・・そうね。わたしは年上だったけど、アンタは背伸びをして格好つけていたっけ。レベル120のくせにわたしを護ろうとしてたわね。悪くは無かったけど・・・
でも、
でもね、アルデューク・・・。
わたしここにいるのに見つけれてねーじゃん。
ってか、こんなに暑苦しかったかしら。背も低くなった今の自分から見ると、イケメンも3割減ね。おっさんの戯言に聞こえてしまうわ。悪いけど。
「わたしの自由を制限するならひとりでエミリーを探しなさいな。」
「ミリィ!その高飛車で横柄な感じは!まさにエミリーそっくりだ!君しかエミリーの手がかりはないんだよ!!」
だから本人だっちゅーの!!誰が横柄よっ!
「クロ・・・どう思う?」
「うっとうしいおっさんだなって思う」
「よね。」
クロの淡々とした意見はわたしと同じだった。
「若い君たちにもわかるはずだ!僕のせつないこの気持ちがっ!」
「はいはい。わかったわかった。じゃあ好きにさせてよね。ギルドに行くわよー。ホテルも取ってよね。あ、魚が食べたい。」
「こうなれば仕方があるまい!エミリーと僕の幸せのために!先行投資だ!」
なにが幸せよ。魔の紋章みただけでビビったくせに。
ん?魔の紋章?この身体になって、あったっけ・・・??
★★
街に入ったとたんおっさんの告白を聞かされたけど、とりあえずミリィとギルドに行くことになった。
おっさんはギルド商店街には入ってきてはいない。ギルドと騎士は良い関係ではないらしい。
おっさんなんていなくとも、この子が何歳だろうが、レベル3だろうが、俺はこの子を護る。
かわいくて、やわらかくて、わがまま・・・。こんなに攻略の難しい女の子はいただろうか。柔らかい金色の髪がいつもさらさらしているし、紅玉の瞳はつり上がって凜々しい。なのに時にみせる潤んだ瞳や弱さ。
「はぁ・・・」
可愛すぎてため息が出た。
「クロ・・・アンタ・・・」
ミリィに毛虫を見るような目で見られた。初期設定の好感度は低いようだが大丈夫だ。彼女には冒険者の連れが必要のようだから、しばらくは一緒に居られるだろう。その間に好感度を上げればいいだけだ。
「やっぱり冒険者証がなければお金はおろせない、か」
ミリィはギルドの受付でなにやらやりとりをしていた。
「身内、たとえば親子でもダメなの?」
「そうですね。それにはあらかじめ冒険者登録に親族がいて、財産を共有するという署名があれば可能です。」
ギルドの受付のお姉さんは、うさ耳にビキニにマフラーという奇抜な格好をしていて、それはそれで萌えている。
「たとえば、冒険者証を紛失してしまって、なおかつ姿が変わってしまった本人が来たら、そちらはどういう対応をしてくれるわけ!?」
「ええと・・・。そのようなケースは・・・ええと。所長に聞いてみないことには」
「じゃあ出しなさいよ!その所長とやらを」
「ごめんね、お嬢ちゃん。今日はギルド会で所長はいないのよ。」
「隠してんじゃないでしょうねぇ」
なにやらあやしい話になってきた。ミリィが幾ら可愛い幼女だったとしても、剣幕と鋭さに受付嬢はたじたしだった。
「ミリィ。もしかしてお金がほしいの?」
「そりゃ、あった事にはこしたことないでしょ。」
そりゃそうだ。こんなときニートだった自分に少し後悔する。貯めておけば良かった。親から強奪したり。
「ま、アルデュークに頼るしかないわね。しばらくは」
少しむっとした。
「俺、少しならあるし、」
「ん?」
ミリィは俺の話を最後まで聞く前に、商店街の隅にいた誰かに話しかけられていた。
「めずらしい娘よ。わしには見えるぞ」
しわしわのばーさんが紫のフードの影からミリィを見ていた。手にはギラギラした大粒の宝石の指輪と長い爪。杖と水晶を持っている。これは明らかな、
「占い師がわたしに何の用よ」
「用があるのはソチではないのかの?見えるぞ、オマエの真の姿が、わしにはの」
「なんですって!!」
ミリィは喰い気味にばーさんを掴んだ。
「非魔科学的なものは好きじゃ無いけど、この際!ねえ!わたしどうやったら元に戻るの!?教えなさいよ!!」
「ふぉっふぉっふぉ・・・・それはの・・・」
もったい付けながらばーさんは意外にも、優雅な手つきで腕を前に出し、手のひらを上に向けた。そして、親指と人差し指で印のように丸を作った。
その、意味、と、は?
「コレじゃ」
「はぁ!?」
「これ以上知りたければ金を持ってくるのじゃ。」
「なんですって!!この強奪ばばあ!思わせぶるのは止めて欲しいわ!行きましょ!どうせインチキよ!!」
ミリィは怒って踵を返した。
「よいのか・・・?」
ばーさんはしわがれた声で言った。
「そのままではソチは真実を知らぬままぞ。わしには見えておるのに・・・」
「ぐ・・・・ぬぬううぅ・・・」
ミリィの顔が今にもこのばーさんを殺しそうなほど歪んでいる。それもかわいい、と思っている場合じゃない。ここは俺がだしてあげるべきだろう。
「ばーさん。いくら?俺が払う。」
俺はポケットから財布を出した。まあふっかけられようが、5万くらいだろうか。そのくらいなら、
「100万ギルじゃ。」
「はーーーー!!??」
なんだと!そんな価値ある物なのか!?このばーさんミリィの足元みているんじゃないだろうな。
「金がないのなら別の方法でもよいぞ~。在る物を此処に持ってきて欲しいのじゃ。さすればお前さんが知りたいことを教えてやろう」
「それはなんなのよ。」
「ふぉっふぉっふぉ・・・。此れと同じ大きさの・・・」
ミリィがばあさんに詰め寄って聞いている。しわしわの指にはめられた蒼い宝石を煌めかせた。金がなけらば、宝玉か。ミリィには悪いけど、これはあきらかに・・・
「つきあってらんないわね!いきましょクロ。ムキになったわたしがあほだったわ。」
やれやれと大人びた仕草をしながら、言葉の通りムキになるのを止め踵を返した。
ミリィはギルドがある大通りの雑多な商店街を早歩きで抜けていく。早歩きといえど歩幅が小さいのでまったく早くないところが可愛い。さらさらと流れるハニーゴールドの髪がなびく。とりあえずこの子がレベルを上げるためにどうしたらいいのだろう。ダンジョンに地道にいくしかないのだろうか。そうゆう自分も、そんなにレベルが高いとはいえない。
あのおっさんの高レベルはまだ捨てられない。だがミリィを見るいやらしい目がいらつく。ある程度が来れば離れたいのだが、
「どうだったギルドは。へんなおじさんに声かけられてないだろうか?」
商店街の出口でおっさんが声をかける。心配ならどこまでも付いてこれば良いのに、自分の信念を曲げられないなら暑苦しいことを言わなければ良い。自分が可愛いだけじゃ無いのか。
「へんなバーさんならいたけどぉ~。アルデュークよりマシだったわ。」
ただ、自分がおっさんにイラッとする以上に尖った言い方をするミリィが秀逸だ。
「とりあえずレベルをちゃんと計って、試しににダンジョンにいこうかしら。」
「よし!なら教団で準備を整えて、」
「教団は絶対にいや!!」
「教団ではレベル8以上しかダンジョンに入ってはいけないと、」
「わたしは教団員じゃないしルールを守る気はない!」
「ううう、ミリィ・・・」
このおっさんも懲りないな。レベル120あればレベル3の女の子を守れるんじゃないのか?いや、守るのは俺だけど。そういえば、自分はレベルいくらだったっけ・・・
「アカデミーの合宿免許いかがぁ~~♪」
町並みのどこからか案内が聞こえてくる
「アカデミ~最短でレベル10をお約束~五日間の合宿免許~♪詳しいステイタス測定尽きの合宿免許~♪今ならたったの15万ギル~。アカデミー入学試験もパスできま~す。アカデミーの合宿免許いかがぁ~♪」
「これは・・・?」
商店街の出口の音声機器から繰り返し、歌うような口調の案内が聞こえてくる。ある一定の時間で宣伝しているようだ。
「これね!!アカデミーも好きじゃ無いけど教団よりはマシだわ!」
ミリィが赤い瞳でおっさんを上目遣いでみながら決断した。
「アルデューク!30万出しなさい!」
「さ・・・さん・・・じゅ・・・それは、ちょ・・・」
さすがのおっさんでも高いのか、びっくりして言葉もない
「さっき言った事、復唱しましょうか?聖なる神の御心に仕える高尚な精神論を持つ聖騎士サマは、くだらない嘘なんてか弱い淑女につかないわよねぇ~」
「ぐ・・・それは・・・」
「ね?『先行投資』。アナタとエミリーのた・め・に☆」
なんて可愛い満面の笑みでアルデュークを見詰めるミリィ。
「ぐぐぐ・・・・わ・・わかった・・・。用意しよう!」
「そーゆとこ。大好きよ☆」
「・・・っ」
ほらな。エミリーを追いかけているくせに、ミリィにときめいている。大好きだと言われやがって。利用されてるだけのくせに。ああでもうらやましい・・・。
俺もねだられてみたい。
☆☆
というわけで、アカデミー合宿の会費をアルデュークに払わせて、5日間の合宿免許をすることになった。
アカデミーにガチ入学するなら10万と入試試験。5日間の合宿なら入試免除だけど15万。いい価格設定ね。戦略的マーケティング活動だわ。広報・営業活動員がずる賢いのでしょう。商店街の宣伝音楽効果も結果があるのでしょうね。あの耳に付きやすい間抜けな音程はきっと脳内再生数のカウントをあげたことでしょう。わたし達がまんまとアカデミーに来てしまうようにね。
能力値の高い子供たちを早くからアカデミー管轄で囲い込み、授業料を稼ごうって魂胆が丸見えでもあるけど。アカデミーは国家魔法科学研究や、国家魔法士。他にも警邏隊や軍部に人材を輩出している。魔法が使える子供達が減ってきているという時代が到来しつつある以上、人材は囲っておきたいのでしょう。
合宿内容の基本魔学や実技を復習うのも良いわね。もちろんクロがね。わたしはいまさらそんなこと教えられても、ねえ。
「クロ。アンタ、自分のレベル、知ってるの?」
「ギルドで冒険者登録の時にいわれた気するけど。忘れた。」
「普通、自分のステータス忘れる?」
「ゲームみたいにボタン一つで見れないじゃん」
「あたりまえでしょ!!定期的に測定しないと。その点、アカデミーは最先端の技術で、血液から細かいステイタスを計ってくれるわよ。体脂肪なんかも最近わかるらしいわ」
って、誰かが言ってた気がする。まあ、こんな骨の少年なら体脂肪なんか気にならないだろうけど。
「はーい!みなさん!オリエンテーションお疲れ様でした!今日は順番にレベルを計っておしまいです!番号順に呼びますので前に来てください~」
と、教師が鼻と目の間から捻出しているかのような癖のあるかわいい鼻声で言った。
結局初日は、アカデミーの歴史だとか、すばらしさとか、入学したら良いことずくめだとか。就職率100パーセントとか言ってるけどそもそも卒業率は何パーなのよ、といいたいくらいの数字マジックね。結局セールストークを聞かされたようで疲れたわ。でも、早熟な体質ならこの合宿でレベル15までいくケースもあるらしい。
「クロウズ君は、・・・はーいレベル、3ね!」
3・・・アンタも3かよ・・・。
「引きこもりだったから。モンスターなんて倒したことないし。」
「・・・・」
クロの言い訳のような自己解説を聞いてため息が出た。しばらくはアルデューク頼みになりそうね。これじゃあ草原歩くのも危ないわ。
まあでもほんとに、一昔前ならこのくらいの年齢なんてレベル20が当たり前だったけれど。魔法が使える子供が減っているのだから仕方がない。
ただ、レベルは武闘レベルと魔法レベルが合わさったものなので、魔法が使えなくてもレベルは上がるのだ。魔法の術は使えないとしても、身体にまとうとうエネルギーや察知能力など結局は魔法でもあるのだ。自分の力の発揮場所を、武闘にするのか、術にするのかを見極めつつ、エネルギーの使い方を魔法学として学んで習得していくのが此処アカデミーってわけ。
「ちょっとはわかった?クロ」
アカデミーの食堂で、世間知らずで引きこもりニートなクロに一通りの説明をする。
「うん。とりま。」
まったくこのワカモノは。
「好き嫌いせずに食べなさいよ。」
と、初日の夕飯はオムライスにスープにサラダだった。なかなか子供心を掴みにきてるわね。でも目の前のクロはサラダに手を付けてないしグリーンピースをよけている。
「ほんっと子供ね。」
「肉以外はおいしくない」
なんとまあわかりやすいけれど
「そうゆうミリィも・・・」
「・・・・ぅ」
なんか、オムライスのグリーンピースって、こんなに主張してた?それともこの食堂のグリーンピースがおいしくないだけなの?そもそもチキンライスにグリーンピースって入ってた?てかオムライス食べるのなんて何年ぶりよ。っていうか、グリーンピースってこんなに・・・皮が口に残るし、中の実もこんなに青臭かったっけ?こんなに口の中占領してた?チキンライスのケチャップなんでもっと誇張しないの?グリーンピースに負けてるじゃない!
「・・・おなかがいっぱいになったわ。悪いけど」
「ミリィだってほんとはムリして野菜食べてるんじゃないの。オムライス半分残ってるけど、明らかその半分の中にグリンピース押し込んだよね」
「そんなことするわけないでしょ!このわたしがっ!」
っ・・・と、否定したら、気持ち悪く、なってきた・・・・。
「あなた大丈夫?」
「この子貧血持ちなんです」
遠くで知らない教師っぽい声と、アルデュークの声らしきものが、した。
右耳でたまに、ゴゴっとおっさんの寝息がすると思ったら、またか。
「聖騎士アルデューク!」
「ほぇ、はい!!」
この寝ぼけ眼のうっすら髭の寝癖。おっさんかよ。
「ミリィ!よかった!体調はどうだい!」
「どうだいじゃないわよ。また人の隣で寝やがって」
と良いながら見渡すと保健室のようだ。なんでここに
「ミリィ!ちゃんとご飯食べなきゃ行けないぞ!血糖値とヘム鉄値低いし、そりゃすぐふらふらするよ。」
「勝手に調べないでよ!!」
「いいじゃないか。せっかくアカデミーには最先端のものがたくさんあるんだし。清貧を歌う教団とは大違いだ。」
ちょっとうらやましそうにアルデュークが言ったところ、というかなんで
「アンタが此処にいるのよ!」
「短期間の教員のアルバイト!これでミリィの世話ができるってね!」
「アルデューク先生~講義の時間ですよ~。生徒にひいきはやめてくださいね~」
と、保健室に入ってきた細身の男性に呼び出された。
「ミリィさんは?体調悪いなら講義休む?」
「受けるわよ。」
お金がもったいないし、はやく元に戻りたいからね!
悠長に倒れていたからもう正午前だったらしく、講義の途中で参加したわたしは、子供達の前で自己紹介をさせられた。
「えみ・・・。あ。・・・ミリィです。よろしく」
なにこれめちゃくちゃはずかしいじゃないの。いやだわ。
他の子供達がどんな自己紹介したのか先に聴きたかったわ。とりあえずまだ名前もわからない十数人の女子のグループに混じって、誰でも知ってるような魔法の基礎講義を受けた。
そしてすぐ昼食になり、食堂へ行こうとしたとき、
「ねえ、あのさ・・・」
「ん?」
10歳くらいの女の子が声をかけてきた。
「ん?なに見てるの?何か用かしら?お嬢ちゃん?」
「え・・・?」
「ん?」
あ。なんか間違ったかな。あ、そうだ、わたし自身が子供だったわ。
「あ、ごめ・・・」
いない。
これは、なんとも、難しい。誰とも話せないまま(別に必要ないけど)食堂で食事を取ることにした。
「はぁ・・・。なんかセンチメンタル・・・。」
なんとも言えないため息をついた頃、食堂にクロウズの姿があった。
「あ、クロ」
私が気付くのと同時に気付いて駆け寄ってきたけれど、なんか後ろに冴えないめがねの少年が居る。めがねが無いと絶対特徴の無いモブ顔の少年だ。
「ミリィ!きいて!俺さ、友達できちゃったー!」
「あ~そう。モブっぽいけどよかったわね」
わたしの皮肉は効かずにモブくんはもじもじしているが、クロは少し高揚した感じでまくし立てた
「俺がやってるゲームで意気投合したんだ。」
「こ、こんにちは」
「どうも。」
なんかイラっとした
「ミリィもがんばってなー」
「チ」
舌打ちの癖は全然直りそうにないわね。
「ふたりずつペアになって、打ち合いしてくださいね!」
女性の先生が基礎剣技の基礎中の基礎の型をしたあと生徒に言った。
桧の棒ですが。まあこれを振り回すのか。わたしはこう見えて槍か杖使いだったのに。
「ほら、ミリィさんも、ペアになるように!」
せかされて周りをみわたすと、なんだかすでにペアは決まっていて、どの子があぶれているのか見渡す。
「あ、ねえ、あなたあいてる?」
と声をかけると、おどおどな女子と、いぶかしげな女子が二人顔を見合わせ、私たち二人がなんとなく今ペアになりましたという態度だった。
しかたがない、と周りを見渡すと、他の女の子もスッとわたしを避けた。
ん?これは・・・。ぽつねん?ぼっち?。
はー。めんどくさ。剣技ごときで
「さ、あなた、あの子とくんで」
結局先生の指示で、いっそうおとなしそうな子とペアを組まされた。
「よろしく。」
「よ、よろしくおねがいします」
「どっちからいく?」
「え、と、」
「じゃあいくわよ、構えて!」
「え、あ・・・・・」
「受けるのよ!」
カンっと乾いた音で桧の棒が鳴る。
「ひゃあッ」
ひゃあって・・・・
「しっかり剣をもつの。けがするわ!二発目いくわよっ」
と振りかぶると、
「あ、あれ!?」
すぽーん
「ぎゃー!」
手から抜けた桧の棒は打ち合いしているほかのペアの子の側に落ちた
「あ、ごめん。ほんとに。」
「ミリィさん!あぶない!でしょう!しっかり剣をもちなさい!」
「あ、ごめ・・・」
そんな、手から抜けるなんて、あ。えっと。けがなくてよかった、けど、あ、これは違うの!ずっと魔法の杖ばっかだったから。でも得意なのよ!昔は剣装備の時もあったんだから!
「えっと、あの、あたしの、ばん・・・ですよね」
「あ、そうね!さあ、どうぞ。」
ガンッ
っく・・・けっこうこの子、力、つよいわ。
「だ、大丈夫、ですか?」
「大丈夫よ!さあどんどんどうぞ!」
「えい!やー!」
「・・・っ・・・。ん・・!!」
桧の棒を、落とさないように、しなくっちゃ。
「はーい!みなさんおつかれさま!今の型を忘れないようにね!」
ふう、やっと、終わった・・・。
「あっ」
カクンと、足が動かなくなった。
つ、つかれた・・・腕が痛い。たかがひのきの、棒、なのに・・・。
「あの、ミリィちゃんありがとう・・・」
「え?ああ。あなたも最後のほうちゃんとできてたじゃない。もう少し度胸があればいいかもね!」
ふんわりウェーブのかわいらしい女の子がおずおずとうなずいた。
「あ・・・」
ふらり。とまた視界がまわった。う、うそ・・・でしょ・・・
「ミリィちゃん!!」
「はぁ・・・はぁ・・・」
白黒の視界になっていた世界が色づいて、やっと呼吸が落ち着いた。
ふらふらしながらなんとか意識を保って、もう1時間ほど医務室で横になっていた。
「きみ、冒険者むいてないんじゃないかな。」
白衣を着た男性保険医が、ベッドに座っているわたしに話しかけた。
「そんな、こと・・・ないわよ・・・。」
声に力が入らない。カラカラの喉を察してか飲み物を渡してくれた。やっと保険医の姿を見上げられるようになった。アッシュグリーンのテンパがかった髪と、分厚い黒縁めがね。わたしより若いわね。
「腕もほそっこいし、脚も、」
「・・・っ」
急にふくらはぎに触られ、くすぐったかった。まだ慣れない。他人からの接触は。バリアがないから。
「何はずかしがってんの。足くじいてるでしょ。出しなさい。」
子供を諭すような口調でセンセイは足首に塗り薬を塗ってくれた。大人の両手にすっぽり収まるほど小さいわたしの足。ずいぶん小さいなぁ、と思う。
「あ、すうっとする。」
怪我して薬を塗るだなんて行為も、何年ぶりだろう。高密度バリアに、絶対加護領域で怪我をするなんてことがなかった。
「助かったわ。世話をかけたわね」
「君は言動が大人びているというか。どこかの身分の高い人みたいに偉そうだな。」
センセイは苦笑した。
「でも、感謝の言葉は『ありがとう』にしなさい。素直にかわいいよ」
にっこりと笑った。なにこのセンセイ。イケメンじゃない?このわたしに偉そうに指図するなんてたいしたものだわ。レベルが高かったら付き合ってくれてもいいわよと言ってしまいそうだわ。ん?まてよ。今幼女の姿だから普通に子供に話しているだけなのか。
「・・・ッチ」
「こら!舌打ちしないの!」
まったく。自分の主観と客観がぜんぜん違うのも生活にしくいわね。はやく戻りたい。レベル888に。
「ねえ。いきなりレベルがなくなることなんてあるのかしら・・・」
「レベルがなくなる??呪術などで一時的に減ることもあるとは聞いたことあるけれど、」
とても一般的な答えだわ。レベルが高くても不死ではない。病気や怪我で戦えなくなるときは来るしいつかは弱っていく。だが到達したレベルはそのままだ。冒険者でいるかぎりは自分のレベルを誇る。冒険者の証の尺度が【レベル】なのだ。引退した後の日常生活ではレベルという表記など必要ないためレベルの尺度は使わなくなる。
「呪術・・・」
老いでも病気でもないなら、わたしはやはり何かの術にかかってしまったのだ。
早くあのダンジョンに言って確かめなければ!でもあのダンジョンの目標レベルは100~120レベル。あの未踏の深部の部屋なんて120以上だろう。
「レベル888にならないかしら・・・。」
「あはは!夢だねぇ~!888は不可能じゃないかなぁ。そもそも、人が到達できる最高レベルはきまっているからね。」
センセイは空想でも語るように嗤った。
もし、わたし、この姿で、こののままだったら、
「・・・センセイ頼みがあるわ。レベル計測器で、わたしがどこまで成長するかみてほしいの。」
「残念ながらアカデミーでは、到達予想レベルを調べるのは御法度なんだ。希望がなくなったりやる気がなくなるだろう?しかもそんな高度な計測器なんてないよ」
「アカデミーは魔法技術の最先端を担っているわ。医療系魔術の開発分野には必ず高度計測器があるはずよね」
「・・・よくご存じ、だねぇ。君は・・・」
何か言おうとした口が閉じた。まずかったかしら。いや、こんなこと大人なら誰でも知ってること、よね?
「お願い!!」
わたしは身を乗り出した。アカデミーにいるうちに対策を練らないと、アルデュークしか使えるものがないのは正直キツい!
「どうしても自分の到達可能予測レベルが知りたいの!とても大切なことなの!!」
「・・・わかった。明日医務室に来て。準備しておくから。」
ちょっとあきれながら根負けした様子で承諾してくれた。
「ただし!誰にも内緒だよ!」
「ありがとう!助かるわ!」
よかった。測定することで少しでも元の体への光明がみえるかもしれない。
「・・・・そんな顔してたら、もっとかわいいのに、君」
「う・・・うるさいわね!ほっといてちょうだい!」
にっこり笑ったイケメン保険医に照れてしまった。
「あ、クロ」
すっかり夕食の時間で食道に座っているとモブくんを連れたクロが近づいてきた。
「ミリィ、体調大丈夫?抗議どうだった?」
「うん。まあまあね」
適当に相づちした。わたしが今日も倒れかけたことはどうやら知らないらしい。初日に決められた班が違うため別の順番で授業を受けているクロと、なおかつ男女別に寝泊まりする棟が違うのでクロとは今日始めて会った。
「ききき、きょ、今日も!かっ、かわいい!・・・ですね!ミリィさん!」
「どうも」
うるせーなこのモブ・・・。今日は大好きな白身魚の塩焼きなんだからゆっくり食べさせてほしいわ。ご飯をちゃんと食べればふらふらが治るかもしれないし。
「ミリィのほうは授業どう?」
「ん~」
「ミリィさんミリィさん!合宿終わったら何処に行くの?」
クロが話しかけたのでなんと感想を答えようかとしていたら、モブくんが高めのテンションで矢継ぎ早にまくしたててきた。
「誰とパーティーくむの?ねえ終わったらどこかいかない?ほらイズトラの草原くらいならレベル10でもいけるよね。どんなモンスターが好き?素材集めるとしたら何がいい?一緒に行こうよ!」
「あ・・・そうね。うん・・・」
「やったー!!じゃあ、素材なんだかど、虫系と鉱物系と動物系どれがいいかな?やっぱ動物?服の飾りになるもんね?それを言うなら鉱物か。たまに宝石のかけらが見つかるし、それと」
なんだか音が遠い。うるさいし理解できないような、ぼーっとするような気がして、身体がだるい。こいつの独りよがりなしゃべり方が許せないのかしら。
「ちょっと疲れたわ。クロ。またね」
わたしは席を立って与えられた自室に戻った。
☆★★
「はぁ・・・ミリィちゃん・・・かわいい」
「おい!モブ太!」
俺はモブ太の襟をひっぱった。
「なんだよクロ。ってか僕の名前は正確に発音してくれよ」
「なんでミリィを誘ったりするんだよ。お前のタイプは【澪】だろ!」
【澪】とは、家庭用魔遊具のゲームソフト【美少女カノジョ~墜ちた天使~】と言うセンシティブでエモーショナルな男性向けゲームの攻略キャラのひとり。パーソナルカラーは白と青。大人しいけど凜としたストレートロングヘアのお嬢様キャラだ。
「クロこそ。『俺のカノジョは【茜】だ』っていってたじゃないか。茜は正ヒロインすぎるって。ひねりがないよ!まあイベントは一番多いけど。」
「っていいながらなんでミリィにいくんだよ!澪とタイプちげえだろ。」
「ミリィちゃんってさ・・・。澪のカラバリにも見えるくないか?いや、わかってるよ。澪とは違う。むしろ昴の勝ち気なところと響のような気怠さ。そして萌のようなロリっぽさと・・・雪のような病弱さもある。そして時たま見せる遙のような姉属性と、紫のようなツンデレさ・・・。」
「俺は茜しか攻略してないから知らねえ。」
「そう、たしかに、正ヒロイン茜っぽさもあることは認めよう!だがしかし!かわいくてしかたないんだ!!僕は!ミリィちゃんと会ったあの日から!!」
昨日会ったばっかだろ。イライラする。あんなに汗をかき目を泳がせながらミリィにやっとのことで話しかけてたくせに。こんな饒舌にミリィを評価するのが許せない。
「立体女性に興味なんかねーだろ。俺はずっと正ヒロインのような女の子を探してたんだ!!」
「いや、ちがう。これは新たなり恋!そう、立体をもったかわいいの権化!ミリィちゃんを意識ぜずにどう生きていけるというのだ!」
「ミリィは俺のだ!!お前なんかと草原に行くわけないだろ!」
「でもさっきうなずいたよね?案外クロと一緒にいたくないのかもよ」
た、しかにそうだ。彼女は別に、俺じゃなきゃいけないなんて、ことは・・・いや。これからさらに親密度を上げるんだ!俺じゃなきゃいけないほどに!
「クロ・・・親密度イベントは、自ら起こすんだよ」
「なん、だって?」
「伝説のキス」
「キス!?」
「茜一筋で引きこもりのクロは、リアルでキスなんかしたことないだろ?僕はね。わずか4歳の時にこども園でそのとき一番かわいかったちゅーりっぷ組の女の子とキスをしたよ」
な・・・。なんだと・・・。
「そう女の子はキスをするとしばらく言うことを聞くものさ。」
な・・・。なんでも・・・・
「この合宿最後の日に裏庭でキスをした男女は、その先まで必ずイケる!とアカデミーの先輩が言ってたよ!」
そ・・・の、先・・まで
「君にその勇気があるのかい?」
勇気だと?
「茜しか堕とせない君が」
「一途で何が悪い!」
「12人のキャラすべてを攻略した僕より、優れているとでも??」
「だが俺は茜と12回以上ヤって(攻略)いる!」
「そこまで言うならヤってみろ!!伝説の【裏庭のキス】イベントを!フラグを立てを!イベント回収してみせろよ!」
「やってやろうじゃないか。そんなの余裕だ!ヤってミリィの親密度を今期マックスまであげてやるよ!!」
☆☆☆
「ふう。座って講義受けるだけなのに、気怠いわね。」
自分でも少し不安に思っているこのだるさ。これはレベル3だからなのか、幼女にまで年齢が下がったからなのか、それとも何か別の・・・わからない。
「ミリィ!」
講義室の前でアルデュークが声をかけた
「ああ。アル・・・」
すこしクセのある金の髪に人なつっこい犬のような茶色の目。少し前まで、ヒールを履いたわたしを見上げていたのに。いまじゃこんなに見下げられている。
「まだ体調悪いのか?」
しゃがんで顔を覗いてくる。
「大丈夫よ。心配しないで」
「そうか。しんどかったら直ぐ言うんだぞ。」
ぽんっと頭をなでられた。
言質を取っているのと、エミリーの手がかりがあるとは言え、よくもまあ世話を焼いてくれること。
「はぁ・・・」
ほっとしたようなため息がでてしまった。ちがうからね。あんなやつでもいなきゃ困るのよ!今の唯一の知人なんだし。
「アルデューク講師!早く講義室へ」
「はいー!」
アルデュークは講義か。わたしは今からまた実技だわ。今日こそ無駄にしないようにないと・・・ん?視線?
講堂に出るところで昨日の女の子と目が合った。ぱっと気まずそうに目を逸らされる。・・・はぁ。なんなのよ。
「では、講義の通りに、炎の魔法を練習してね。」
子供たちが、はーい!とばらばらに返事をする。
「ミリィさんは復習するから先生の横にきて」
え?なんでだろう。せっかくの短期集中の合宿なのに、休み休みしか出ていないからだろうな。桧の棒も手から抜けちゃうし。
「ではいまから炎の魔法のサークルとスペルをおしえるわね。」
教壇からは数人の女の子の動向がよく見える
「あ、そこ、あぶないわよ。炎の魔法を扱うときはもう少し間隔を開けた方がいいわ。」
「は?」
ん?わたしなにか変なこと言ったかしら?
「・・・なによえらそうに・・・」
小声で聞こえた声・・・。え?何今の。
「あ、はい。ミリィちゃんの言うとおり、そうね、ちょっときをつけましょうね。」
先生が私の隣で言った。
「ミリィちゃんあの、そういうことは先生が注意するから、ね。あなたはおとなしく授業をうけてればいいとおもうわ。」
ん?大人しく・・・口出しするなってことか。
「悪かったわね。口を挟んで。」
そりゃ、先生の立場もなくなるわよね。深く考えてなかったわ。と思っていると、一人のショートカットの女の子がわたしの前に来た。
「ちょっとあんんたなんなのよ。先生を困らせたりして」
「わるかったわ。昔知り合いが火の事故にあってね・・・」
火は危ないのよ。水や風よりも一段と、ね。
「わるかったわじゃないわ!みんなのこと睨んでまわってるくせに。」
ん?・・・・・・・・にらんでなんかないけど?
・・・・ああ、でもなんだろ、大人目線なのかしら、全体の動向を把握してだれがどこにあるか知らないと。今は魔法もないし、気になるのよ。
・・・そうか。睨んでいる・・・ように見えるのね。そうゆうことか。
「それは誤解よ、睨んでなんか、」
「何にもできないくせに!」「えらそうに!」「できないからじゃないの?」
・・・・・・・・
できない・・・。
出来てない・・・・。
そうか、わたし、そうよね。
だって、今までは、一人で何でも出来ていた。
で、きない、なにも。
お金も、レベルも、装備もなく、こんな動かない小さなカラダ・・・。
「さあ、みんな、位置について。授業を進めるからね。ね、ミリィちゃんも、ほら悪気がなかったみたいだし。でも、先生の横で座っていてね。ではみんなは構えて~」
めんどくさ。どうしてわたし。ここに居るのかしら。
こんな姿にならなければ、今頃・・・。
・・・イマゴロ?・・・ワタシ・・ハ・・
「では手にエールをためて、スペルを唱えてください。アカデミー式炎魔法の術「炎よ、我が手の内に宿れ ファイアリィ!」
『炎よ、我が手の内に宿れ ファイアリィ!』
女の子達の手のひらに、大小様々な炎がともる。わたしも無言でやってみた。ださいアカデミー式の呪文なんて言ってられない。この手にも大っきい・・・くない。ロウソクの先の先のちんまい火が一瞬だけしかともらない。
どうして、わたしは・・・。こんなこともできないの?
からだが、また、重く・・・
なのに、ふっとまわりをまた見回してしまった。これが人を睨んでるっていわれる元凶なのも知ったのに・・・。ん?
「あ、」
口からつい言葉が出た。身体はもう走り出している。
「危ないっ!!」
真ん中にいた女の子2人が近すぎた。潜在能力もあるのだろう。しかも魔力は集まるほどに増幅するのだ。だから言ったのに!こうなるのも見通せなかったのか!
「きゃぁあ!!火が、大きくなって!!」
女の子が叫び怖がって手をぶんぶん振ってしまった。でも手から放射する炎は途切れていない!もう一方の女の子の炎に吸い寄せられるようにうねる炎を、間に割り込み溢れる炎をだす彼女の右手を掴んだ
「ッ・・!!」
「きゃああ!!せんせい!!」
「まあ!!なんてこと!!」
「ミリィさん!!」
うるさい!叫ぶ前に言っとかなきゃいけないことがあるでしょう!
「貴方たち2人は仲がよいのはいいけれど、似てるほど魔力は引き合うの!魔法を使うときは気をつけなさいっ!特に炎は他の性質より・・・も・・」
あ、だめ、なんか、視界が・・・ぐにゃ、、る。やけどは、していないのだけ、ど・・・
「ミリィさんっ!!誰かっ医務室へ!!」
甲高い声が遠のく意識に縁に聞こえた・・・。
ふわふわする。
この感覚・・・な、に?
ずっとたゆたってた、海の中のよう。わたしの輪郭が溶けていくよう・・・。
違う!違うわ!わたしは自由を愛する冒険者!どんな敵にも屈せず、史上最強なのよ!豪華絢爛な魔法具と杖で、神や悪魔さえも凌駕するナイスバディなわたし!
デモ・・・ズット・・・ホントハネ・・・
ぴちょん
額に冷たいものを感じた。そして頬に暖かい温度。
「んっ・・・」
自分の吐息が聞こえる。
「・・・ぁ・・・」
唇になにかふれて、舌先を暖かいものが触った
「や・・・」
くすぐったくて身をよじる。
まだ視界は暗い。カラダが重くてうごかない。
布の上を滑る音が聞こえた。
胸がむずむずする。なにか、されて??
や・・・
いや・・・
あの感覚は、いやなの!!
世界が逆さになり混ざる、あの感覚が!!
「パパ!!いやっ!!!」
「大丈夫!??」
「ぁ・・はあ・・・はぁ・・・」
視界が明るくなった。目の前にはあの黒ぶちめがねの・・・
「センセイ・・・」
保険医がわたしを心配そうに見ていた。
「うなされてたよ。今日保健室に来てとはいったけど、また倒れるなんて・・・」
「あ・・・。そうね。」
「炎の魔力うねりを察知したんだって?たいした洞察力だね」
「軌道が見えてしまったのよ。止めに入ったらまた倒れてしまったけど・・・」
「あれ?今日はなんだか大人しいね?」
「・・・・・」
さすがに、気疲れしてくる。自分のテリトリーじゃない場所。今までと違う生活・・・
そうよね。気を張ってきたけれど、この身体になってもう一週間。
「魔力うねりを感知するなんて、レベル3じゃできないはずだけど」
額に魔力感知器をあてて計測されると、
「うん。簡易検知機では【3】とでるね」
「はぁ・・・」
もう3は聞きたくない。
「はい。これでもっと正確に計れるからね。」
少し注射器のようなトリガーがついた機械を見せてくれた。
「これが?到達レベルも計れるものなの?」
わたしもあんまり魔法科学の機械をよく知っている訳じゃない。魔道具のほうがもともと好きだし、武器の知識は得意な方だけど。
「さすがに最新型は持ち出せなかったけど、これでも十分到達予測レベルは計れるよ」
「センセイ・・・ありがとう」
「センセイじゃない。」
近づき、目線を合わせて彼は言った。
「君が言ったアカデミーのもう一つの姿、医療チームのルバークだ。」
「保険医じゃ、ないの」
「保険医も、してる」
「そう。ルバーク。じゃあ、よろしく頼むわ」
「その前に、君に連絡を取りたいからこれを持っていて。」
「指輪?」
細い銀の指輪をわたしの指にはめていく。
「これが計測器を使う交換条件。」
「わかった、わ」
薬指には緩く、中指には少しキツいその指輪を、やっとぴったりの指、左手の人差し指にはめた。
「外 さ な い で ね。」
「・・・ッ!!」
ゾクっとした。な、に?
「・・・ぁ」
指と指の間に触れたルバークの手がくすぐったい。
「・・な・・・」
わたしの手を触ったまま、もう一方の手で首筋をなでられた。
「脈が速い。落ち着かないと、計れないよ」
「だ・・って」
くすぐったくて、やっぱり感覚に慣れない。肌を直接触られたら、鳥肌がたってしまう。
それに、なんか、ヘン・・・
「ん!」
そのまま押されてしまって、ベッドに寝転ばせられた。
「まって、こんなっ」
心臓がさっきから緊張してる。
「大丈夫」
抗議しようとすると、手のひらで目を覆い隠された。
「こわく、ないからね」
ドクンっ!!
心臓が跳ね上がった!これは・・・魔法!!
従わ、せる、力を・・・含んで・・・
「ぁあっ」
なにを、されるの?わ、わからない、こん、な
「声、だしてもいいよ。この部屋は鍵をかけてあるから。内緒、だからね」
「い・・・いやっ!!!」
「かわいい声・・・もっと、高ぶっていいんだよ」
身体が、熱くて・・・ううん。寒くて、震えて
「っ・・・や・・・」
こわいっ!!!
誰か!!誰か・・・昔、昔も・・・男の人、広い体が私を・・・
★★★
アルデュークのおっさんが、壊れるんじゃないかというほど勢いよくドアを開いた。
「ミリィ!!」
おっさんの後ろをついて行くと、保健室のベッドにきちんと横たわってるミリィがいた。
「ああ。よかった来てくれて。この子今日も倒れちゃったんだ。えっと、臨時のアルデューク講師が、身元引受人でしたよね」
アッシュグリーンの髪の保険医が、厚いレンズのめがねを光らせて話しかけた。
「ええ。今回はなんで・・・」
「炎を起こす練習で、急に動いたようで、また倒れてしまいました」
「はぁ。困ったなぁ」
これだけ頻度が高いのも考え物だが、そんなところもかわいい。
ハニーゴールドの髪をを散らしてすやすや眠るミリィは何度見ても悪くない。でもいつもより頬が高揚していて扇情的にみえた。
「ミ、リィ・・・?」
少し様子が?
「こーら少年。寝ている女の子をじろじろ見るもんじゃないぞ?」
いや今さらおっさんに言われても説得力ないけど、と抗議しようとしたら保険医が神妙な顔で言った。
「この子は冒険者の適正がないかもしれません。レベルもまだひとつもあがってないようですし。」
「・・・・」
本人は強い意志を持ってレベルを早急に上げたがっているのに、確かにこのままでは何か先天的な理由があるのかと疑ってしまうほど体調がよくない。
「まあでもあきらめずにもう少し様子を見ながら何とかしますよ。」
おっさんは苦笑いをしながら保険医に言う。
「そうですね。まだ授業も残ってますしね。ただ、体は丈夫な方ではないようなので、」
保険医は立ち上がった。大柄のアルデュークに劣らない長身だ。
「なので、ちゃんと、大切に、守ってあげてくださいね。アルデューク講師」
すれ違い、保健室を出て行った男の、最後の声の響きがなぜか、棘のように頭に刺さった。
「きもち、わりぃ」
なんでか、そう思った。
「ん!?君も!?君もかいクロウズ!!どこだ!痛いとこはどこなんだー!ここか?それとも此処なのか!?」
「ちょ!うるせぇー!!さわるな!!」
すぐに触れてくるおっさんうぜえ!!なんでいちいち触るんだ!その調子でミリィも触るからまったく油断ならない!
「あと2日。ミリィのレベルは上がるだろうか・・・。」
おっさんのぼやき通り、上がるのか上がらないのかは知らんけど、
「あがらなくても、俺はミリィを守る」
「いいねクロ少年。僕もだよ」
にっこりと笑うおっさんに、ミリィに特別な感情があるのが見え隠れする。モブ太もうぜえし、おっさんもやっぱり信用できない。俺がこの子の望みを叶えてあげるんだ。俺だけを見て、俺だけを頼ってほしい。だからあと2日間で自分のレベルを最大限上げなければ。ヒロインを守れる主人公のように。
俺だけを頼って、俺だけが守れる、聖なる天使のように。
★☆☆
すーす言う音と、むにゃむにゃという口の音で目が覚める
「!!」
目を開けるとクロの寝顔!!そして、逆側にはアルデューク!!まったくこの二人はまた!!
「ふたりとも!!!」
「んぁが!?」
アルデュークが飛び起きた。クロはかろうじて音は判別したが、意識ははっきりさせずにぼーっとしている。
「寝てるところ人がいるの嫌いなの!二度とわたしと一緒に寝ないで!!」
「そんなこといったって、それだけよく倒れてたら目が離せないよ」
「・・・っ」
確かにごもっともだ。この身体になってから世話してもらわなければならない状態が続いている。
「それに僕の手をつかんでたし」
「!?」
アルデュークの手を掴んでた!うそでしょ!?
「夜中は俺の腕をつかんでた。俺の腕を掴んでる時間の方がおっさんより長かった。」
は!?クロの腕も!?
「うそ・・・うそばっかり!」
「クロの言うことは嘘だよ。僕の手を掴んでる方が長かった。かわいかったなぁ~。あ、大丈夫!今日は寝言でパパっていってなかったから」
「うるさいうるさーーー!!い!!!あっちにいけーー!!」
どっちが長いとかどっちでもいいわ!!屈辱だわ!!ほんっっとに!!
「あれ?」
元気になってる。怠さが消えてるわ!!
やった!やっぱ気怠いのはこの姿だからじゃなく、一時的なものなんだわ!昨日保険医・・・じゃない、ルバークが何かしてくれたのかしら?
そうそう確か、計測器を使ってくれるってなって、えっと・・・。
ん?その後どうなったかしら?結果は聞いてないような。
結果・・・がわかれば連絡するから、この指輪を外すなって言う話だったわね。最新の計測器でも時間がかかるだなんて。まあ待つしかないか・・・。
「ミリィ?大丈夫?」
「ええ。今日体調いいみたい。講義を受けるわ!」
そういって二人と別れて4日目の講義を受けた。
★★★
ミリィも元気でよかった。体調の乱高下はあるけれど今日一日の顔色は良さそうだった。
白い肌にピンク色の頬。紅の瞳が宝石のように輝く。
ほんとうに【茜】に似ている。
何度も何度も迎えた茜エンディング。『大好きだよ。』と言う茜は、朝日が差し混む白いカーテンを背に輝く笑顔を見せていた。白い素肌に流れる金の髪。あかね色の瞳はキラキラ輝いていた。ミリィのまだあまり見ない笑顔は彼女とは違うけれど、あんな朝を迎えてみたい。
そのためには、裏庭キスイベントを攻略しなければ!食堂でミリィに明日裏庭に来るように言ったし、なんとしてもイベント回収してみせる!
「ん?」
男子寮の端、別館に続く廊下で奥の部屋に入る保険医を見かけた。確か名前はルバークとかいったか。昨日の針が刺さるような声色がやけに思いだす。
そ・・っと気配を殺して部屋に近づく。誰かと話しているようだ。
「まさか、あんなに上質な器をみつけてしまうとは」
「・・・?」
器??古美術商でもやってるのか?アカデミーの保険医にそんな趣味があるとは。副業禁止じゃないのは寛大な仕事場だな。普通ゲームならここで重大な伏線へと繋がるヒントなどの話を聞いたり、こうやって耳を傾けている俺が危険な目に遭ったりするのだろうが、器の話には何の意味もないだろうし、気配を消すのはそれなりに得意なのでばれないうちに去ろう。
はやく自室に戻って明日のキスのシミュレーションをしなければ。夜は短い!!
★☆☆
やっと何事もない退屈な一般知識の講義をうけて、5日目はなんのことはない、またアカデミーの説明だった。
簡易なお別れ会と、午後からは本格的にアカデミーと契約したい人だけ契約だが誓約書をどんどん進めていくようだ。
お試し授業は中の3日間だけで最初と最後はアカデミー勧誘の内容で実のない話ばかり。
今日が最後の教室から出ようとすると、炎を暴走させたペアの女の子二人が声をかけてきた。
「ねえあなた。」
眉毛を寄せた怒った顔。そんな視線も内容がわかれば気にならない。
わたしのことが嫌いなのでしょう。
レベル888の美魔女のわたしはたびたび凄すぎる所為で疎まれていたからだ。それがわかってしまえば何のことはない。ほら、何かを言いかけて口を開いたわ。あなた嫌い、でしょ?
「ありがとう・・・。」
「ふぁ!?」
・・・・・・・・・え?
「ありがとう!火から守ってくれて。」
「あ・・・。ええ。かわいらしいお嬢さん二人に、怪我がなくてよかった・・・わ」
なにやら頭がまわらなくて、社交辞令が勝手に口から出た。
「・・・・。火って・・・こわいね・・・。あなたの言うように気をつける。これ」
「ん?」
小さな塗り薬の小瓶をくれた。
「あたしの家、薬屋なの。先生からミリィさんは怪我してないし大丈夫って聞いたけど、もしやけどがあるなら使って。切り傷にもいいから。」
「あ、ありがと・・・・。」
頭の整理の付かないうちに、女の子二人は去って行った。
そ、そうか。そうよね。10歳ぐらいの女の子が火を制御できなくなったら怖かったでしょうね。うん。
手の平にある薬の小瓶を見る。な、なんだか・・・。変な気持ち・・・。
とりあえず大事なものポケットにしまった。
「あ、あの・・・ミリィちゃ、ん。」
「はえ?」
こ、今度は何とエンカウントしたの!?後ろから違う女の子が話しかけてきた。
「え、あ、どうしたの?」
えっと、確かこの子は剣の基礎を一緒にした引っ込み思案そうな女の子だ。
「あの、ミリィちゃんはアカデミー入らないから午後は帰るだけ、だよね。
「え、ええ。」
「帰る前に、少しだけ、裏庭に来てくれませんか?あの、ゆっくり話したくて」
すごくか弱そうに、だかしっかりとよくわからないお願いをしてきた。
「え?ここじゃ」
だめなの?
「裏庭じゃなきゃ!」
今話せることではないのか?と訪ねようとすると、この子にしては大きな声で遮られた。
「ダメなの!裏庭じゃなきゃ・・・」
「そ、そう、なのね」
「お願いね!!絶対だよ!」
釘を刺して走り去って行ったけど、何の呼び出しかしら。最近の子はよくわからないわ・・・。
「裏庭?」
そういえば『裏庭に来て』と、クロも言っていた。もう一人もなんか言ってたような気がする。裏庭に何があるのかしら?
まあ、じゃあ・・・行きますけど・・・??
★★★
「なんでお前がいるんだよ!モブ!」
「クロウズ。僕の名前の発音は正確に!そして短縮しないでくれないかな」
なんかこいつ初日は弱々しかったのにその後から馴れ馴れしいし上から目線だな。
「そりゃミリィちゃんを呼び出したんだから僕も裏庭にいるよ」
「なんですって!」
ん?なんか女の子の声がした。
「まさか、あなたたちもミリィちゃんをよびだしたの?」
栗色の髪を左右で堅く結んだ女の子が話しに割り込んできた。
「えっ・・・え、え、えっと、・・・君はレミ、ちゃん」
モブがおどおどしながら名前を言い当てた。
「よく覚えてるね。初日に自己紹介しただけなのに。えっと、たしかモブくんと、」
「ぼ、僕の名前はモブじゃなくっ」
「あ、俺はクロウズ」
いちいち話が長いモブは遮る。
「確かそうだったね。あたしはレミ。ってゆうか、あなたたちもミリィちゃんを呼び出したの?」
「そうだけど。君も?」
「ええ。」
「え?君・・・おんなのこ」
「なにがいけないの!?」
大人しそうにみえたけど、きつく睨んだ凄みがすさまじかった。なるほど。それも、ありだな。だが!
「ミリィは譲らない」
「いや、ぼ、僕もだし!」
俺に被さっていきんなよ。この子と話すのも目が泳いるくせに。
「あなたたちは辞退して」
「それはできない。」
「そ、それはできない!」
いやだから、俺の後に偉そうにすんのやめろよ。偉ぶれてねぇぞ。
「そもそも俺が一番最初に裏庭に来てって言ったからな。俺の約束が最初のはずだ。」
モブは俺の後に被さって言っただけだった。
「いいえ。あたしはつい5分前に約束したのよ。新しい方が先よ!」
「ちょ、ちょっとまって。そんな。えっと、この3人の中で最初に声をかけられたのが当たり前だけど先なんじゃないかな!?」
そりゃそうだ、最初に誰に向かって話しかけるかではある。
「そうだけど、あたしは、」
「ねえクロ。」
!?
側まで来ていたミリィが俺に声をかけた。
「ん?ミリィ。おつかれ。」
(くぅぅぅ!!そりゃそうだよなぁぁぁ!知人だもんなぁぁああ!!)
というモブとレミの心の声が伝わるほどの苦い表情を横目で見ながら、すんごく有利だったゲームに最上級にんまりした。
「あなたたち、仲よしなのね。先にクロと二人で話してもいいかしら?」
「うん。あそこの壁際で話そう」
あれ?ミリィがこんなこと言うのめずらしい。しかも少し、落ち込んでいる?
「ねえ、アンタは簡易通知表の結果、よかった?レベルいくつになったの?」
ああ、午前の最後にもらった上がったレベルも記載していた紙では
「レベル13だったよ。」
人並みより早い成長が見られます。他の数値の上がり方をみれば到達予想レベルも高い可能性あるので、是非アカデミーで向上していきましょう!と、セールスも兼ねた評価がしてあった。
「わたし・・・あがってなくて・・・。3だったの・・・どうして・・・。倒れたりしたから、かしら。ちょっと自分が怖い・・・」
強気なミリィが落ち込んでいる。どう声をかけたらいいかわからない
「とりあえず、一緒にいてくれてるアンタには、報告しておこうと思って・・・。旅も、迷惑かけるかもしれないわ」
冒険者の適正がないかもと、保険医も言ってたな。
「守るよ。」
そう口から声が出た。
「前も、言ったけど・・・」
なんだろう。頭がふわふわする。かっこつけたい。今、ここで。
「ミリィは俺が守る。ずっとレベル3でも、いいよ」
「・・・・・・」
ミリィの紅玉の瞳が少し揺れて、目を逸らした。
「ばか。さすがにレベル3じゃ・・・なんもできないし。ダンジョンにもいけない」
「いこう。ミリィが行きたいところに。」
頭はクラクラするのに、ココロが頭を介さずに口を動かしているようだ。だからなのか俺の心臓は強くドクドク鳴っている。ミリィの目線の高さは俺の胸元で、服の上から鼓動の動きがみえるんじゃないかということだけは頭が働く。
「行くったって・・・。もっとレベルがいるのよ!お金だって必要になってくるし」
「わかってる。俺、もっとレベルあげる。魔物倒す。」
おっさんなんかより。おっさんに頼らなくてもいいほどに!自分だけの力でこのかわいい生き物を守れるように!
ミリィはまた俺の顔をまじまじと見た。今は目を逸らしたくなかった。ずっと見ていたかったけど、またうつむいてしまった。
「・・・・ふふ」
ミリィは肩を揺らして少し笑った。そして顔をもう一度上げて高飛車な王妃のような笑みで
「じゃあ、そうしてもらおうかしら」
余裕たっぷりで言ったあと、そのあと年相応の少女のようにくしゃっと笑った。
体が震えた。血液が体の芯を上昇して下降したような激しい震え。どうしたらいいかわからない。
「じゃ、いきましょ」
ま、まって。いやだ!これを永遠に感じていたい。なにか、閉じ込めたいような、攻撃的なような、不思議な感覚。急に頭が冷えてミリィが動き出そうとした先の視界が目に入る。モブとレミ!そうだ、俺にはまだミッションがある!
「待って!」
「なに?クロ。どうしたの?」
キスなんて。茜と何千回したと思ってんだ!できないわけない。
「もう。どうしたのよ。」
どこかにいってしまう!そ、そうか、
ドン!
とはいわなかった。石壁に手を突いただけでは。なぜマンガは『ドン』と書かれているのだろうか。どんな素材の壁でも。おかしい
この小さな身体は、腕をすり抜けてしまう。もっと近付いて、身体で挟んで、
「ち、ちかい・・・や」
ああ、顔を逸らしてしまう、なんでうまくいかないんだ、ゲームでは目をつぶってこっちに唇を突き出してくれるのに!
紅の深い紅玉が、爛々とこちらをみてる。心拍数があがる。焦る!顔を見れない!でもしたい!俺は!
「ちゅ」
確かに!柔らかい触感が唇に当たった!
「こ、これが、俺の、気持ちだから!!」
だ、だめだ、こ、お、落ち着きたい!
「は、はぁ・・・??」
★★
「は、はぁ・・・??」
いったい何かと思えば、この少年は鼻先にキスをしてきた。まったくガキんちょが色ついちゃって。キスするときは相手の顔くらい確認しなさいよ。乙女か。
「なにしてんのよ・・・」
この子、ほんとにわたしのこと好きなのかしら。まあ【この今の姿が】だろうけど。
「おーい!午後の説明会に行く子は残ってないか?ん?なにやってんだ!」
なにやら顎が外れるくらいあんぐりとした子供達の後ろから、アルデュークがやってきた。
「げ!講師だっ」
「あ、説明会に行かなくちゃ!」
クロの後ろにいた子供たちは大人が来たためか散り去って行った。そういえばあの女の子に呼び出されていたような。まあいいか。
「ミリィとクロもこんな壁際でなにを・・・ってもしかしてこの校舎裏のジンクスか。」
「な、なんでもねーよおっさん!」
顔を赤らめて戸惑ってるクロは、いつもの気怠そうなクロにしては珍しい。
「ジンクス?ジンクスって何よ。」
「この裏庭でキスをすると恋が実るって生徒たちに言われててね。これをしたいために合宿来る子もいるくらいなんだってさ」
「へ~。鼻ちゅーだったらどうなるのかしら?」
「!?!?はな!?!?」
クロがこっちを向いて驚いた!まさかさっきの感覚が唇と思ってたのではないでしょうね!
「はっはっは!そりゃ無効だろう!まだまだだねクロ君」
「うぜーおっさん」
ってもしジンクスが叶ってもこんな子供相手にするわけにはいかないけど!挟み込まれてドキっとしただけで、この子に気があるわけじゃないからね。
「・・・・・」
クロは肩を落としてそっぽを向いた。
「はあ。僕なんて相手が行方不明なのに」
ここにいるけどね。って、別にもう恋の相手だとか思ってないけどね。
「クロ少年。次は失敗しないようレクチャーしてあげよう。キスするときはだな、相手のを持って」
っていいながら、わたしの耳後ろから首のあたり掴んで素早く指に髪を絡ませ軽く引っ張り、顎をあげさせた。
「ちょっ!」
「頬に手を添えて、唇が少し空いたところに」
「やーーー!!実演するな!!」
ぞわぞわする!キスだけは手慣れやがって此のクソ聖騎士が!聖騎士のくせに!
「あ、ミリィすまない。つい」
「ついじゃない!いやらしい!気持ち悪い!!」
「キ・・・きもち・・・ワルイ・・・ヒドイ」
「ぶは!おっさん凹んでる!ざまぁ。」
「クロ君も、鼻チューのくせに」
「なっ!!」
まったく年も離れてるのに騒がしいこと。色気づいたクロもクロだけど
「アルデュークも自重しなさいよ。堕ちた聖騎士なんだから。」
「堕ちた聖騎士??」
クロが怪訝な顔をする。
「・・な、・・・なぜそれを・・・ミリィが・・・」
アルデュークは顔を青く染めてわなわなと震えている。
「あ!!」
やば!この話タブーだった
「あ、いや、え~と。内容は、知らなくて。なんか聞いたことあるな~って」
「内容って?」
クロが空気を読まず聞いてくる。ここでは無関心でいてほしい。
「あ、アル?大丈夫?わたしは知らないから、ね。エミリーが言ってたなぁ~って」
「・・・そ・・・そうだよな。ははは。いや、どうせ僕なんてははは」
やばい!口をついてしまった!ど、どうフォローしたらいいのかしら、
「え、えと、」
「アルデューク講師!!まだ仕事中ですよ!」
「あ、はいっ!!」
他の先生が呼びに来てアルデュークはふらふらと仕事に戻っていった。
「あ・・・・」
申し訳ないことをしたわ。これだけは触れられたくなかったみたいね。でもま、わたし今子供の姿だし、もう少しフォローすれば機嫌直してくれるかしら。
「ねえミリィ。堕ちた聖騎士って、なに?」
「もー。クロは。どうせアルデュークの弱みでも握ろうとか考えてるんじゃないでしょうね。」
「あ~。まあ否定はできないかな」
「ちょっと本人がまだ傷ついているからだめよ。」
「・・・・」
クロも本気でからかおうとは思っていないみたいで、少しアルデュークの蒼白ぶりに心配しているよう。ま、そのうちわかるでしょう。
堕ちた聖騎士の噂を、ね