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タウン七不思議

タウン七不思議。叩きマン

作者: はるのの

あなたの心を覗くように、それは突然やってくる

ここ[椿が原ニュータウン]は、高級住宅地ではない。都会からも遠い。庶民一戸建てが建ち並ぶ中型タウンだ。

しかし、車で走れば大きなショッピングモールも10分ほどだし、高速の入り口も近い。

幼稚園も小学校も中学校もタウン内にある。公園は小さいながら沢山点在しているし、歩道も美しく趣向が凝らされており散歩も楽しい。

バブル崩壊で、三分の二ほど開発された時点でタウンは完成したという運びになったみたいだが、私は良かったと思っている。少し洒落た道を外れるだけで、農村風景がすぐそこにあるからだ。

ハイキングや登山の人達は、その道からタウンの裏山を登りその奥のダムを目指す。子供は蛙を手に取り、畔の小川を裸足で走る。


「子供を育てるのにの最高だよ。安いし。」不動産屋のタウン情報を見ながら、隣に座る婚約者に囁く。

「そうだけど、駅前の家は流石に買えないから。駅から遠くなっちゃうよ。俺マンションでも良いよ」

「うーん。健ちゃん会社まで、遠いとやっぱり大変?」

「俺は男だし、元々田舎者だから大丈夫だけど、静香も子供出来るまでは働くんだろ?大丈夫?」

「私さ、健ちゃんの実家行った時思ったんだ。あー地面が近いっていいなぁって。でも、私は都会っ子だからあんまり不便なのは嫌だしね。ふふふ、ここ丁度いい」

「静香がそう言うなら、俺はいいけど。車は買わないとな」

「そうだね!小さいのね。」

2人で笑っていると、担当者が何枚かの物件を抱えてやってきた。そのうちの一つがこの家だったのだ。

利便さと不自由さとが自然とバランスを取っていて、私は気に入ってこのタウンに来たのに。


四年たってもまだ私は仕事を続けていた。土日の開放感は鳴りを潜め、平日の時間の慌ただしさだけが、疲弊した体に積もっていったころ。

私は言ったのだ。

「健ちゃん引っ越そうか?会社遠いしね。」

茶碗を洗いながら、目を伏せて明るく話す。まるで あら、卵が切れてるわって感じで。

テレビから流れるバラエティ番組の笑い声が、急に白々しく聞こえる空気がリビングを満たす。

「俺は静香と一緒に、ここで2人で暮らせて楽しいって思ってる。この家が嫌になったなら仕方ないけど。案外俺は気に入ってるんだ」そうして健ちゃんは、ぎゅーって私の肩を抱いてくれた。

「ここ、2人だけじゃ広過ぎるでしょ」私の小さな声は震えていた。

「静香」彼はクルリと私を回して顔を正面に向けると。

「バカヤロ」って笑ってキスをした。軽い軽いキスだったけど、長い長い優しいキスだった。


それ以来、この系の話はしていない。

職場が遠いことよりこの街が好きになっていたし、子供の事は、神様に任せちゃえって責任を押し付けて気持ちが軽くなった。

三年経った今でも、仕事は続けている。

だから、休みの日で晴天なんて日は大忙しとなる。

「健ちゃんベランダに布団干した?全部だよー全部」

「了解してるぅー」

ん?コレはトイレからの声だ。

「もぅ。そんなとこから返事しなくても。第一弾の洗濯物干してね。出しとくから。次、毛布洗うから!」

笑いながらトイレの前で言う。

「こんな所で用事いいつけるなよー」トイレの叫び声を無視して二階の寝室へ行くと、案の定枕が取り残されていた。

「やっぱりね」

パンパンと軽く叩いてベランダに干してある布団の上にチョンと乗せる。

ベランダには風が吹いていて、汗ばんだ体がすぅーと冷えていった。「ホー」と大きな深呼吸をしながら外を眺めると、どうやらご近所もこの晴天を狙って、あちこちで布団を干しているのがみえる。なんだか嬉しくなるのは何故なんだろ。


すると遠くから「パンパンパン」と布団を叩くような音がする。「パンパンパン」布団叩きすぎだよなーと笑って聴いていたら、その音はだんだん近づいてくる。

これは、ご近所さんが布団を叩いている音じゃない。なんだろ?「パンパンパン」必ず三回づつ打って音の距離感がかわる。

ハッと思いついた事に鳥肌がたった。

タウンの七不思議だ!

早く布団を入れないと!叩かれては良くない事が起きるという。そんな馬鹿な、なんて事を考える暇はなかった。慌てて布団を家のなかに放り込んだ。

音はすぐそばまで来ていたから。最後の布団を部屋に投げ込もうと握りしめていた私は、背後に気配を感じて思わず振り向いた。


それは、サクランボのように繋がった二つの黒っぽい玉だった。一つが直径1メートルもある大きさだった。

モヤモヤしているのに、何故だかつるりとした感じが有るのは何故だろう。

私の方にそれは振り返った。突然二つの玉の黒い表面に線が入り、顔と認識することができた。目と思しき所にある二つの線と口と思われる場所にある線は、ただの割れ目としか思えなかったけれど。

「パン」と音が鳴った時二つの顔がぶつかって、短い二つの線は黒い三日月の穴になり、長い線は三日月型の大きな皿になった。

また二つがぶつかり「パン」と2回目の音が鳴ると、其々の三日月が大きく穴をひろげた。黒い穴は黒より深い。

ただ、空に浮かんだまあるい顔はわらっているようにみえた。

3回目に「パン」とぶつかりあったとたん。二つのそれは、外側と内側をひっくり返すように、てぅるん!と裏返った。


私はただ棒立ちのまま、息を止めていた。

硬直した頭で、この音だったのかぁーと変に感心していると、それは次に移動していた。

ふと、息を吐き出して、室内に散乱した布団とガラスにうつった自分の姿を見る。

「えっ?」

もしかして布団は関係ないの?慌てた自分が可笑しくて苦笑いしていると、廊下から声がする

「えーもー入れちゃうの?」

「えっ見た。健ちゃんも見た?」

「何?」

「叩きマン見ちゃった!」

「えーうそー」ドタドタとベランダへ来て、身を乗り出して外を見る。

もう、音はしていなかった。

「えーマジー、俺も見たかった!」その悔しがりようが面白くてとうとう笑い転げてしまった。


後で隣の奥さんに話を聴くと、やっぱり布団は関係ないとのこと。

丸い黒い物体はそれぞれにおおむね笑顔で、何故現れるのかは不明。ただ、笑顔だったというのは生きている人の証言で、それ以外の顔を見た人は吸い込まれるているから、証言出来ないだけなんだそうだ。

叩きマンの顔は会ったひとの顔を真似るらしい。

隣の奥さんはこう言った。

「会ってしまったら、嘘でもいいから笑うのよ!」そう言うことは早く教えて欲しかった。


そして、叩きマンにはもう一つ伝説がある。

「会えば願い事が一つ叶う」



「千枝ちゃんはね、叩きマンが運んできてくれたんだよー」と娘に話をする。

「ほんと?ホント?叩きマンって可愛い?」

「うん!笑ってるの。ニコニコしてるのよ」

「千枝もニコニコするぅー」

「ママもー」


私は知っている、あの時線がくねって迷っていた事を。。

もしかしたら、危うかったのかもしれない。


「笑顔で」これは、健ちゃんの呪文だった。

俯いてる私に、毎日毎日笑いかけてくれた。

だから、私も笑顔でいられたんだよ。

ありがとう。パパ。



次かんがえてます。

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