第98話 スエルニャ洞穴
スエルニャ洞穴。それは海に面した崖の中腹に口を開けた洞窟だった。
洞窟の周囲には足を引っ掛けられそうな場所はなく、下に広がる海は渦を巻いており流れが速い。
おそらくブランたちは幻獣に乗って洞窟まで行ったのだろうが、これは普通の人間があそこまで行くのはまず不可能そうな環境だった。
それじゃあ探索する冒険者はいないだろうし、足を踏み入れる人間がいないのだから入口にあったという罠も生きてるはずだよ。
僕たちは幻獣に乗って洞窟の入口に移動した。
入口は壁を抉ったような痕跡が派手に残っており、壁から抉れたものと思わしき岩がごろごろと転がっていた。
これが、罠を潰した跡か。
随分とまあ派手に壊したもんだ。
「イオン、明かりを頼む」
「はぁい」
イオンは杖を取り出して、その先端に大きめの魔光を点した。
ブランを先頭に、僕たちは洞窟の中に足を踏み入れた。
内部は岩肌が滑らかで、足を引っ掛けるようなでこぼこもなく歩きやすかった。
濃い潮の匂いが洞窟の奥から漂ってくるのは、洞窟の奥が海と繋がっているからだろう。ひょっとしたら此処以外にも、洞窟の入口が存在しているのかもしれない。
道は平坦な一本道で、迷うことも今のところはなかった。
「何もないな」
「……そりゃ入ったばかりなんだから、何もなくても不思議なことじゃないだろ」
「入口に罠があるくらいだから、てっきり中も罠だらけだと思ってたんだけどな」
平穏で悪いことはないんだから別にいいじゃないか。
全く、どうして事件を求めたがるんだ、冒険者というのは。
突き当たりを右に曲がる。すると、岩しかなかった景色に変化が起きた。
等間隔で設置された火の点った燭台。綺麗に均された床。何かの汚れが付着して派手に汚れた壁が、僕たちを出迎えた。
如何にも……何かありそうな場所だ。
まず、綺麗に均された床。これがまずありえない。
そして、派手に汚れた壁。ただの岩肌の床が均された床に変わった辺りの位置の壁だけが、そのような状態になっているのが不自然だ。
僕たちは床の様子が変わる手前のところまで歩を進め、立ち止まった。
均された床は、約十メートルほど続いている。そこから先は、また元の岩肌の床に戻っている。
「何かあるな」
床を見てブランが腕を組んだ。
彼も、この環境の不自然さは分かるようだ。
イオンが僕たちの方を見て尋ねる。
「試しに魔術を撃ってみますかぁ?」
「そうだな」
「うん」
僕たちの返答に彼女は頷いて、掌を床に向けて翳した。
「ファイアボール」
彼女の掌から生まれた炎は、勢い良く床にぶつかり、派手に火の粉を散らす。
だが、それだけだ。何も起こらない。
「何も起きませんねぇ」
「気のせいか?」
ブランは無造作に右足を出して、床をこんこんと叩いた。
その音を聞いた時──僕の脳裏に、閃いたものがあった。
慌てて僕はブランの両肩に飛びつき、彼を引っ張った。
「馬鹿、前に出るな!」
ブランがよろけて尻餅をつく。
それと同時に。
ざすっ!
汚れが付着していた壁が変形して数多の槍となり、ブランの目の前を貫いた。
槍は何もない空間を貫いた後、引っ込んで元の壁の形に戻った。
ゆっくりと立ち上がったブランが、顎を撫でる。
「成程な。こうなるわけか」
「きっと、重さに反応する罠なんだ。だから魔術じゃ作動しなかったんだよ」
僕はその場にしゃがんで、床を見た。
多分、床が変わっている場所全部にこの罠が仕掛けられているはずだ。罠を無力化しないと、通れそうにない。
僕は罠を作動させないように、床にそっと手を触れた。
ぱしっ!
魔力を流して、床に仕掛けられている罠を構成している魔力を破壊する。
そうしてから、再度床を押し込んでみる。
罠は──作動しなかった。
どうやら、無事に罠の解除に成功したようだ。
「……これで大丈夫だ。通れるようになったよ」
「おう。ありがとなシルカ」
立ち上がる僕の肩を、ばんと強く叩くブラン。
「それじゃあ、進むぞ」
再び、僕たちは奥を目指して歩き始めた。




