第96話 幻獣に乗って
「それじゃあ、幻獣を呼び出しますぅ」
通りの中央に立ち、杖を持ってイオンはにこりと笑った。
世の中には幻獣を使役する魔術師がいるという話は聞いたことはあるが、実際にこの目で見るのは初めてだ。
幻獣とは、魔物の魂が魔力を依り代にして実体を得た存在で、術者の代わりに敵と戦ってくれたり手足となって働いてくれる下僕である。
使役する幻獣によっては下手な魔術よりも力を持った存在になることもあるらしい。
幻獣は魔物の魂を使役した魔術師ならば誰でも召喚することができる存在ではあるが、そもそも魔物の魂を使役する才能を持った魔術師が滅多にいないため、目にできる機会にはなかなか恵まれない。そういう意味では、僕はかなりラッキーなのかもしれない。
「大いなる翼よ、舞い降りたまえ。サモン・ドラゴン」
イオンの言葉に応えて、彼女の目の前の空間に青白い光が現れる。
それは大きく広がっていき、体長三メートルほどの竜の形となった。
これが……幻獣なのか。
僕は静かに幻獣に近付いて、触れてみた。
光の集合体に見える幻獣の体には、実体があった。温かなぬくもりがある、まるで本物の生き物を触っているかのような感触だった。
杖を腰に差し、イオンは幻獣の鼻に触れた。
すると、幻獣は身を伏せて僕たちが上に乗りやすい体勢を取った。
「準備はできましたぁ。この子の背中に乗って下さぁい」
「よし。シルカ、先に乗れ」
「……うん」
僕は幻獣の鱗を掴んで、背中に跨った。
馬に乗った時よりも安定性がある。下手に動き回らなければ落ちることはないだろう。
ブランがひらりと飛び乗るように僕の前に跨り、続けてイオンが少々もたつきながらも僕の後ろに乗った。
幻獣が伏せていた頭を持ち上げる。
「まずはセロナの街を目指しますぅ。ドラゴン、行って下さぁい」
ばさり、と幻獣の翼がはためく。
股間からぐっと持ち上げられる感覚。
僕たち三人を乗せた幻獣は、ゆっくりと宙に舞い上がった。
見慣れたアメミヤの街の風景が、どんどん下に遠ざかっていく。
自然に囲まれた街を見て、この街って世界から見たらこんなに小さかったんだな……と思った。
幻獣は、北を目指してまっすぐに飛んだ。
そのスピードはみるみる上がっていき、足下にあったアメミヤの街はすぐに視界の後方に流れて消えてしまった。
耳に纏わり付く風の音が凄い。体が後ろに引っ張られるような感覚を感じる。
……ちょっと速くないか、これ。
僕は鱗を掴んで懸命に体の位置を固定しながら、尋ねた。
「……こんなに速く飛ぶもんなのか? 幻獣って」
「一日でスエルニャ洞穴まで行こうと思ったら、これくらいの速度で飛んでもらわないと着かないんですよぉ」
イオンは幻獣の体を見回して、微笑んだ。
「私の魔力も無限ではありませんのでぇ、あまり遅いと移動の途中でこの子が消えてしまうかもしれませんしぃ」
「……へ?」
消える、の一言に、僕は思わず股の下を見た。
「……消える?」
「幻獣はぁ、呼び出している間はずっと魔力を消費し続けるんですぅ。魔力で実体を得ている存在なんだから当たり前ですよねぇ」
それって……もしも途中でイオンの魔力が尽きたら、僕たちは宙に投げ出されるってことなのか?
僕の体から血の気が引いていった。
「だ、大丈夫なんだろうなこれ!」
「現地からアメミヤに来た時は大丈夫だったから、大丈夫だろ。落ち着け、シルカ」
「あんたには訊いてない!」
のんびりと言うブランに言い返す僕。
イオンは相変わらずにこにこと微笑みを浮かべているばかりだ。
「大丈夫ですよぉ。この速度なら私の魔力が尽きる前には着きますからぁ」
「せめてもっと低い場所を飛んでくれ! 心臓に悪い!」
僕の願いは幻獣には聞き届けられず、幻獣は地上から遥かに高い位置を高速で飛んでいった。
どうやら、現地に着くまでは安全な旅路……というわけにはいかないようである。




