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第75話 伝説の魔獣

 全力疾走した僕はアメミヤの森を抜けて、自分の店へと戻ってきた。

 後ろを振り返り、狼が付いて来ていないことを確認して、ほっと安堵の息を吐く。

 えらい目に遭った。いきなり咬み付かれなくて良かったよ本当に。

 入口の鍵を開けて、下げていた『閉店中』の札を『営業中』の面を表にして掛け直し、店の中に入る。

 抱えていた籠を作業台に置いて、横の椅子に腰を下ろし、脇に置いてあるフラスコと三脚を手繰り寄せた。

 さあ、気を取り直して薬作りをするか。

 籠から薬草を取り出して選別を始めると、外からギルベルトさんがやって来た。

「シルカ。いたか」

「こんにちは」

 ギルベルトさんはまっすぐ僕の元へ歩いてくると、手にしていた紙をこちらに差し出してきた。

「最新号の新聞だ。回ってきたんでな、届けに来た」

「ありがとうございます」

 新聞は、街が発行している情報誌のようなもので、十日に一度の頻度でこうして冒険者ギルドを介して配られてくる。

 書いてある内容は、街で行われるイベントのことであったり、街で起きた事件のことであったり、その時々によって様々だ。

 新聞を受け取った僕は、早速その内容に目を向けた。

 見出しには大きな文字でこうあった。

「『伝説の魔獣フェンリル、森での目撃証言相次ぐ』……」

「俺は単なる見間違いだろうと思うんだが、冒険者の間では結構話に上ってるんだ」

 ギルベルトさんは腕を組んで、神妙な顔をした。

 フェンリルとは狼の魔物の一種で、その能力は他の魔物を軽く凌駕する。高度な魔術を操り、千年とも言われる長い寿命を持ち、人の言葉を理解して話す高い知能を持っているらしい。

 人前にはまず姿を現すことがない、まさに伝説の名が示す通りの存在なのだ。

 そんなものが、アメミヤの森に潜んでいる……

 僕は、さっき森で出会った狼のことを思い出した。

 ……まさか、ね。

「被害者が出ているわけじゃないから街じゃそれほど大事にはなってないが、伝説の魔獣を一目見ようと森に行く冒険者が多くてな。多分その影響がこの店にも出てるんじゃないか?」

「さあ……僕の店では、商品の売り上げは普段とあまり変わりませんけど」

 店に来る冒険者が買っていくポーションの数が増えたということもないし、武器を新調しようとする人間が増えたわけでもない。この店は至って平常運転だ。

 こうして新聞を見るまではフェンリル騒ぎのことを知ることもなかったし、普段と何も変わらない……と、思う。

 そうか、とギルベルトさんは言った。

「まあ、これから先何も起こらないとも限らない。街ではこういうことになってる、ってことを頭の片隅にでも留めておいてくれ」

「分かりました。気を付けておきます」

 僕は作業台の脇に新聞を貼り付けた。

 ギルベルトさんは近々またポーションの買い付けに来ると言い残して、店を出ていった。

 伝説の魔獣か……僕もこれは勘違いか何かだろうとは思うが、一応気に留めておくことにしよう。

 さて、仕事仕事。薬作りをしなければ。

 僕は選別した薬草を刻んで、フラスコの中に入れた。

 フラスコを三脚にセットして、火を点けようとして──

 入口のところに影が佇んでいるのに気付いたので、顔を上げてそちらを見やった。

「いらっしゃい──」

 浮かべた笑顔が、一瞬で凍りつく。

 店に入ってきたのは、客ではなかった。

 森で撒いたはずの狼が、長い毛を風に揺らしながら、こちらをじっと見つめていた。

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