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第63話 ひとひらの勇気を

「くっ!」

 石像を蹴り飛ばしてアラグが僕の元に退いてくる。

「シルカ、何とかなりそうか!?」

「駄目だ……どうしようもない」

 僕はかぶりを振った。

「この水晶を砕くには多分魔術が必要だ。でもこの場には魔術師がいない。魔術を使える人間がいないんだ……!」

「…………」

 アラグの片眉が跳ねた。

 水晶の中の三人を見て、顔を伏せてしばし考え込んだ後、彼は開口した。

「……いや。魔術を使える奴ならいる」

 蹴られて床に倒れていた石像が起き上がる。

 それを剣を構えて見据えながら、彼は言った。

「シルカ。お前がやるんだ」

「!」

 え──

 僕は身を強張らせた。

 僕が……魔術を、使う?

 アラグの言葉は続いた。

「お前は昔、灰燼の魔術師と呼ばれてたほどの腕を持った魔術師だった。今でもお前の中にある魔術の力は生きてるはずだ。お前が、魔術を使って三人を助けるんだ!」

「…………」

 僕は、奈落の底に突き落とされたような感覚を感じていた。

 僕が、魔術を使う──

 それを考えると、手足が、体が、震えた。

「……嫌だ」

「嫌がってる場合じゃない! 俺は魔術を使えない、この場にはお前しかできる奴がいないんだ!」

「嫌だ!」

 僕は頭を振りながら、両手でそれを抱え込んだ。

「僕は、魔術を二度と使わないって決めたんだ! 僕が魔術を使ったせいで、そのせいで、ミワは──」

 ぐっと歯を食いしばる。

 きつく閉じた瞼の間から、涙が一粒、零れて落ちた。

「僕の魔術は人を殺す! 僕が魔術を使ったら、この三人は死ぬかもしれない! それだけじゃない、アラグだって殺すかもしれないんだ! そんなのは嫌だ! 僕はもう、誰も殺したくないんだ!」


 そう。僕は、魔術で妹を殺してしまった。

 自分の腕に絶対の自信を持っていたその驕りが、破滅を招いてしまったのだ。

 もう二度と、誰も殺さない。妹を殺した罪を背負い、断罪するために、僕はその日以来魔術を使うことをやめた。

 冒険者を引退し、自分が生まれ育ったアメミヤの街で、商売をしてひっそりと暮らすことを選んだのだ。

 そうして、五年間──今までを、生きてきた。

 人を助けるための仕事に身を費やすことが、罪滅ぼしになると思ったから──


「シルカ!」

 アラグが怒鳴った。

 彼は僕の肩を乱暴に掴むと、揺すった。

「今此処でお前が魔術を使わなかったら三人は確実に死ぬんだぞ! ただの憶測に怯えてできることをやらないのは大馬鹿野郎だ!」

 ばしっ、と右の頬に痛みが生じる。

 僕は叩かれた頬に手を当てて、涙の溜まった目で目の前のアラグを見た。

 アラグは、真剣な顔をしていた。

「お前の魔術が俺の方に飛んできても、それくらい避けてやる! だからやれ! 三人を助けられるのはお前だけなんだから!」

「…………」

 アラグはそれだけ言うと、石像の方に向かっていった。

 残された僕は、叩かれた頬を撫でて、水晶に目を向けた。

 あの日以来封じ続けてきた力を、使う。

 怖くないわけがない。またあの悲劇を繰り返してしまうのではないかと思うと、心臓が締め付けられるような感覚を覚える。

 ……だけど。

 此処で三人を死なせてしまうのは嫌だ。

 僕は息を深く吸って、全身に魔力を巡らせた。

 指の先まで、髪の一本一本にまで力が行き渡るように、精神を集中させる。

 腹の底から、湧き上がってくる力を感じる。

 支配しろ。自分の中に息づくこの力を。制御して、自分の思い描く通りの形に、作り上げるのだ。

 僕は掌を翳した。仲間が封じられている水晶に向かって。

「ウォーターレイ!」

 力の限り、叫ぶ。

 僕の掌の先に生まれた水の力が、弾丸となって水晶を貫く。

 水晶は粉々に砕け、煌めく石の欠片となって散っていった。

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