第40話 アデルの取引
嫌な予感はしていたのだ。錬金術の名前が出てきた時点で、これが錬金術師としての僕に対する依頼話であるということは。
彼らが僕が錬金術師であることを知っているのは、おそらく冒険者ギルドのギルベルトさん辺りが喋ったからなのだろうが──どうも冒険者というのは、相手が一般人であるという認識が抜け落ちていて宜しくない。
僕は確かに錬金術師だが、毎日冒険者たちの相手をして各地のダンジョンの逸話なんかもそれなりに耳にしてはいるが、一般人なのだ。
冒険者ではないのだから、ダンジョンを探索するなどということは到底できない。
そのことを、彼らはどういう風に考えているのだろう。
「……僕、一般人なんだけど」
「それは承知しています。でも、どうしても我々はあのダンジョンを攻略したいんです」
アデルさんは引かなかった。
「新しいダンジョンということは、未知の謎や宝なんかが手付かずの状態で眠っているはず。それを見て見ぬふりをするなんてことは、我々にはできません」
「魔物が出てきても錬金術では対処できないし、そもそも一般人が歩いていい場所じゃないと思うんだよ。未攻略のダンジョンなんて危険の塊じゃないか」
僕も引かなかった。
ここで引いたら、ダンジョン探索に連れて行かれる羽目になる。そんなのは御免だった。
僕は意地でもこの店から動かないぞ。
「此処はよろず屋であって、何でも屋じゃない。ダンジョン探索の協力は専門外なんだ。他を当たってくれないか」
「この街には貴方しか錬金術師がいないと聞きました。我々は、貴方に頼る以外に術がないんです。お願いします」
「お願いしますって言われても」
僕は腕を組んだ。
「僕は魔物に遭遇するのは嫌だ。危険だと分かってる場所に入りたくはないんだ」
「貴方のことは我々でガードします。無論依頼料もきちんとお支払いします。お願いします、シルカさん」
「だから嫌だってば」
「お願いします」
「嫌だ」
「どうか」
「。」
そのまま見つめ合うこと三分間。
根負けしたのか、先に動いたのはアデルさんだった。
「……分かりました。ではこうしましょう」
彼は腰の後ろに差していた短剣を鞘から抜くと、カウンターの上に置いた。
「これは、我々が以前ダンジョン探索をしていた際に手に入れた宝です。おそらく魔術的な力が秘められた業物であると予想しています」
それは、刃の部分が色付いた水晶でできた短剣だった。
刃の色は淡い緑。柄の部分は黄銅製で、細かな文字が刻印されている。
──これと似たものを、僕は見たことがある。
シル・ベスク岩礁域のダンジョンで手に入れた宝。刃の色こそ違うが、あれにそっくりなのだ。
「これを、貴方に差し上げます。出すべきところに出せば、それなりの金額にはなると思います」
「アデル、お前それは貴重な品だって大事にしてたじゃないか。それを──」
「いいんだ。今の我々にとっては、あのダンジョンを攻略することの方が大事なんだ」
サーファさんの言葉に笑って応えるアデルさん。
「宝のひとつくらい、惜しくはないさ。我々は冒険者なんだから、宝は各地のダンジョンを巡って新たに手に入れればいい。だろう?」
「…………」
僕は深く息を吐いた。
アデルさんは本気だ。これは、僕が何と言おうと引き下がるつもりはないのだろう。
ここまで食い下がる人を諦めさせる術を、僕は知らない。
……負けたよ。冒険者の根性には。
僕は頭をくしゃくしゃと掻いて、言った。
「……僕は戦えないから、ちゃんと守ってよ。本当はダンジョンなんかに行きたくはないんだ」
「!……それでは」
渋々、僕は頷いた。
「依頼、引き受けるよ。錬金術が関わる仕掛けを解くことに関しては、協力する」
「ありがとうございます!」
アデルさんは本当に嬉しそうに、満面の笑みを浮かべて僕の手を握った。
彼の手は、掌の皮が厚くて剣士らしい男のものだった。
彼が、各地のダンジョンを攻略してきたという彼の言葉通りに冒険者としてそれなりの腕前があるということが分かる。
守るって断言したんだから、ちゃんと守ってよ?
「明日の朝、改めてお迎えに上がります。それでは、宜しくお願いします」
アデルさんたちは僕に何度も礼を言って、店から去っていった。
僕はカウンターの上に置かれた短剣を見つめながら、溜め息をついた。
新しくできた未踏破のダンジョン……か。
あまり深くはないダンジョンであることを祈ろう。
せっかく片付けたローブをまた出すことになるのかと心の片隅で思いながら、僕は短剣を金庫の中に片付けた。




