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第1話 悪天候には注意

 ひとつだけ、言っておきたいことがある。

 よろず屋とは、色々な商品を扱い、それを売買する店のことを言う。

 そりゃ中にはちょっと変わった商品があったり、危険な商品があったりするが、基本的にはそういう品を扱い、店に来る客に売ることを仕事としている店なのだ。

 魔物がうようよと徘徊する森の奥地で、魔物と命の遣り取りをするようなことは仕事としていない。決して。


「おい! こっち来てる! 来てるってば!」


 僕は体勢を低くして、頭上をひゅんひゅんと飛び回る淡い紫色の光の球を必死になって避けていた。

 ライトニング・スプライト。

 天候が雷雨になると発生する魔物で、人の体から発せられている微弱な魔力を感知し群がってくるという習性を持った存在である。

 学者たちの間ではこれは精霊や妖精の一種であるという学説が上がっているが、生憎僕はそういう話に興味はない。これが精霊なのか妖精なのか魔物なのかという論争は、その話に興味がある人たちの間で勝手にやってほしい。

 今の僕に必要なのは、さっきから僕にまとわりつこうとしてくるこのライトニング・スプライトの群れを追い払う手段なのだ。

 何故、こうも僕ばかりを狙ってまとわりついてくるのか。その理由は分かっている。

 僕はよろず屋の店主ではあるが、錬金術を嗜む錬金術師でもある。

 錬金術を扱うには、魔術師が魔術を扱うのと同じように魔力が必要だ。僕は、こと錬金術の腕前に措いてはその辺の人よりも優れているという自負がある。

 つまり。このライトニング・スプライトたちは、僕に人よりもちょっと優れている魔力があるから、群がってくるのだ。

 しかし、いくら魔力に秀でているといっても、それを有効に使いこなせる腕前があって初めて役に立つ才能だというもの。

 錬金術は、魔物を撃退するための学問ではない。この場では、何の役にも立たない力なのだ。

「フラウ! 何処行ったんだよ! 早くこれを何とかしてくれってば!」

 ライトニング・スプライトが、僕の頭の先を掠めていった。

 皮膚にびりっとした痺れのような感覚が走る。

 ライトニング・スプライトは直に触れると体が麻痺し、動けなくなる。要は雷に撃たれたようなものだと思ってくれていい。

 動けなくなったところに群がられ、一気にショックを与えられたら、最悪心臓が麻痺して止まってしまうことも十分にありうる。

 見た目は単に戯れているように見えるかもしれないが、僕にとっては絶体絶命の状況なのだ。

 ……やっぱり来るんじゃなかった、こんな場所!

「あーもぉぉぉ!」

 僕は叫んで、ライトニング・スプライトがいない場所に向かって駆け出した。

 ……駆け出した、つもりだった。

「わっ!?」

 出っ張っていた木の根に爪先を引っ掛けて、僕は盛大に転んだ。

 顔から地面に突っ込んで、頬を思い切り枝やら何やらが落ちている土の地面に擦り付ける。雨が降っていたこともあってぬかるんでおり、泥が顔にべしゃりとくっついた。

 早く、立ち上がらなきゃ。今動きを止めたらまずい。

 そう自分に言い聞かせて、痛みを我慢して上体を起こす。

 それと同時に、びりっとした感覚が足首に生じた。

「う……っ!」

 振り向くと、ライトニング・スプライトが僕の足首に触れているのが見えた。

 足が……麻痺した。動かせない。

 僕が動けなくなったことを好機と見たのか、頭上を飛び回っていたライトニング・スプライトが旋回をやめてじりじりとこちらに迫ってきた。

 この数……十、いや、十五はいる。

 こんな大量のライトニング・スプライトにたかられたら──

「や、やめろ、来るなっ」

 僕は地面を這いずって、逃げようと試みた。

 だが、無駄な抵抗らしい。次々と、ライトニング・スプライトが僕の体に触れようと近付いてくる。

 淡紫の光が、視界一杯に広がった。

「──!」

 僕はぎゅっと両の瞼を閉ざした。


 シルカ・アベルフォーン。二十五歳。アメミヤの森で死んでいるところを通りすがりの冒険者が発見。

 何日か後の新聞には、そんな記事が小さく載ることだろう。

 死体を調べれば、ある程度の死因が分かる御時勢だ。僕の死因が心臓麻痺だと分かれば、ライトニング・スプライトに襲われたということはすぐに判明するはず。

 その記事を見た冒険者は、皆口を揃えて言うだろう。雷雨の時に何の武装も持たない人間が出歩くものじゃない、と。

 どうぞ笑ってくれ。此処に馬鹿な人間がいると。

 そして、願わくば。これから世に出ようとしている若き冒険者たちが、悪天候の時には外の危険が増すということをこのことから学んでくれますように。

 そうしてもらえれば、僕の魂も少しは浮かばれるだろうから。

 さあ、死ぬ覚悟はできた。後は天からお迎えが来るのを待つだけだ。

 僕は歯を食いしばって、体に訪れるであろう衝撃に備えた。

 そして。


 ばんっ、という音がして、僕の上に大量の小石がばらばらと降ってきた。

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