#03:饒舌に(二回戦)
―ああーっと、今度はコーナーポストに登り始めたぞ!? 一体何をするつもりだガンフ! ポストの! 上から! リング中央付近で何事かと棒立ちの相手に向かって、手足を広げて飛び降りたー!! 空中体当たりとでも申しましょうか! これは強烈ーっ!! テヘペロイ選手、動けないぃぃぃ!! ガンフ選手、そのままフォール! 1、2、3カウント!決まりました! またしてもガンフ・トゥーカンの圧勝です!!………………
「おお、空いてた空いてた。やっぱり差し向かいよりも隣に座った方が話しやすいよな」
オオハシが顎をしゃくる。「ボイヤス」吉祥寺南店。水曜の夜とはいえ、「最安、ボイヤス」を掲げるその大衆居酒屋はほぼ満席で、人の話し声やらアルコールのにおいやら煙やらでむわんむわんしていた。僕らはカウンター席のいちばん端っこに着くと、注文後即運ばれてきた生で乾杯する。何に乾杯かはわからないけど。
「その、まずは詳細を。一切合切の詳細をお願いします」
ジョッキにひとくち口をつけてから、僕はかねてからの懸案事項より切り出した。まだまったく何が何やら分かっていない。話はそこからだと思う。
「アフリカ南東部、人口100万に満たない小国家、ドチュルマ共和国」
オオハシはぐいとジョッキを傾けると、唐突にそう言った。
「はあ」
「その首都、ハダモナッコォモで毎年行われる格闘技大会、それこそが、ケチュラマ……」
「あの! 名称は分かりました、覚えるくらいに! 聞きたいのは、僕に才能があるみたいなこと言われましたよね? 僕、人を叩いたこともないんですよ。その逆はたくさんありますけれど……」
オオハシはお通しの大根の煮付けのようなものを口に運びながら、横目で僕の全身をしげしげと見てくる。
「体格だ。ケチュラマチュラは体重無差別。よってガタイの大きさはイコール強さへ繋がる」
いまいちまだ全容は見えないけど、気になることはある。
「しかし! 無差別ってことはそんなデカい人たちがわんさか出場するってわけですよね……僕なんかただ太っているってだけで、筋肉なんてほぼほぼ付いてないですよ、ほら」
擦り切れかけたチェックのシャツの袖をまくって、僕はぷよぷよの腕を見せる。それをちらと一瞥すると、オオハシはまたジョッキに口を付けた。
「現地はまだまだ発展途上。そんな余分な肉を身につけている余裕のある奴ぁ、一部の富裕層にしかいねえ。わかるか? 体重イコール強さだ」
「で、でも、その体重差を何とかする技だってあるわけで……相撲とか柔道なんかもそうですよね? センスゼロで太刀打ちできるとは……」
僕はそう言い募るが、
「30年前。ドチュルマにコーヒー豆の買い付けのため、ひとりの男が単身、訪れた。狭く肥沃とはいえない国土、その日食うものもままならない貧困。だが、その国の人たちは笑顔でたくましく生きていたんだな。その男はそれに魅せられた。そして真夏の祭りの喧騒の中で、それに出会うんだ。ケチュラマチュラという、格闘技というのもおこがましいような、子供の喧嘩のような、そんな拙いものに」
まったく無視してオオハシは語りに入った。これ、自身の体験談だろうか。とするとこのオオハシという人は……
「男はケチュラにも魅せられた。両腕ぐるぐる回しで相手に向かっていったり、取っ組み合って相手の耳だのほっぺだのを掴みあったり。大の男たちがそんなことをやるんだ。俺は最初見たとき思わず鼻で笑っちまったが、狭いお手製のリングの上で戦う二人も、周りをぎゅう詰めで声援を送る観客たちも皆、真剣だった。俺も二、三試合観た頃には、もう引き込まれていたよ。そして自分もやってみたいと思った」
オオハシはそう続けるが、「俺」って言ったよね。それを指摘すると、
「そうだ。30年前、ケチュラのリングに突如現れた、極東の怪鳥、謎のマスクマン『ガンフ・トゥーカン』とは俺のことよ」
そうは言うけど、話はまだよく見えてこないな。僕との関連性って、一体何?






