#13:急転に(決勝その4)
―ああーっとお、ガンフ選手、対戦相手をコーナーまで追いつめたぁー!! オスカー選手、先ほどボディに食らった一撃がかなり効いているのか!? この無敗の女帝にとって、おそらく初の打撃でのクリーンヒット、プライドを打ち砕かれたか!? 苦痛なのか!? 今まで見せたこともない険しい顔でガンフを見据えているぅーっ!! と、何だ!? ガンフ腰を深く落として両拳を静かにリングに下ろしたぞぉーっ!? 何だぁ? こんな構えは、見たことがないぃー!! オスカーの顔にも怪訝そうな表情がわずかに浮かぶがっ、この態勢は、オスカーの必殺右ローに自ら顔を差し出しているような、そんな無謀な行動にもっ思えますっ!! オスカーの目つきが変わった!! 左にやや重心を取っている! ガンフの仕掛けに対し、自分の最も得意とする武器で迎撃しようというのか! どうするガンフぅぅーいや! 躊躇せず突っ込んでいったぁー!! すかさずオスカーの右ローだが!! ガンフこれをその逞しい左腕で何とか受け止めてぇぇぇぇそのままっ!! そのまま頭から突っ込んでいくぅぅぅっ!! これは予測できなかったっ!! オスカーの両腕でのブロックも物ともせず! ガンフのその怪鳥のマスクに覆われた巨大な頭が! 凄まじい重量と速度をもって、オスカーの身体ごと宙に跳ね飛ばしたぁぁぁーっとお!! オスカー選手! ロープに飛ばされたものの、しっかりと背中で捉えて反動をつけた!! 戻ってくるそして! 体を素早く小さく回転させると!! これは出たぞぉっ!! 踏み込んだ左足でリングを蹴り!! 超高度の後ろ回し蹴りっ!! 体を起こしたガンフの顔面にまともに入ったぁぁぁぁぁ!! これは強烈っ!! 今度はガンフが吹っ飛ぶ番だ!! しかしガンフ!! 眼差しはいまだ闘志に溢れている!! その視線はオスカーの姿を捉えたまま!! ロープに向かって自らの意思で飛ばされているかのようだぁー来るか? 反撃? ガンフの体が! いまロープを捉えっ!! とら……えっ!? 何だどうした!? ガンフの姿が消えた!? どういう……何と!! トップロープがちぎれているっ!! ガンフ!? ガンフ、リング外に転落したのかっ!? 何ということだーっ!! 老朽化していたロープが断裂っ!! ガンフ大丈夫なのかっ?………
2か月弱に渡るオオハシさんによる特訓が終わった。
「……ま、後は明日、羽田から発つだけよ。最長9日間の長旅だからよぉ、忘れ物ないようになあ」
すっかり居心地の良くなったまま住み着いているオオハシさん宅にて。出発前夜、居間で最終ミーティングということに相成ったわけで。
「なな何だか緊張して眠れそうにないんですけど……」
東急ハンズで買った登山用のリュックサックの中身をもう一度引っ張り出して確認してしまう僕。着替え、洗面道具、そしてリングコスチューム一式。携帯もパソコンも使えないそうで、そうなると何を持っていけばいいか分からない。
「案ずるな、少年。お前さんは強くなった。勝てる。華麗に技を繰り出して、観客を魅了してやれ、ってな具合よぉ」
風呂上りに一杯あおったオオハシさんはリラックスしてそして上機嫌だ。確かに最後の2週間は、プロレス系の技を十種類以上教えてもらった。それがものになっているかは別として、試合で相手に掛けて、それがもしきれいに決まったら、と考えただけで僕は興奮してしまう。いやいや余計寝れないって。
「……」
でも、それ以前に、僕はオオハシさんに確認しておかなきゃいけないことがある。実はそっちの方が気になる問題であって……どう切り出すべきか、僕は迷う。
「何か言いたいことがありそうだな? 言ってみな」
そんな僕の顔を見て、オオハシさんは何かを察したような、そんな微妙な表情を浮かべた。その顔を見て、僕は、僕がこれから言おうとしていることが、おそらく本当のことなんだろうな、と思えてきた。でも言うんだ、マルオ。ここを曖昧にしたまま、ドチュルマには行けない。
「その……あの、『宿題』を……全部やり遂げたんです……あのガンフの記事を全部何とか読めるように翻訳しました」
僕がおずおずと言うが、オオハシさんは視線を逸らしたまま、何も言ってはくれなかった。だったらもう僕から言うしかない。
「あなたは……ガンフでは無かったんですね」
思い切ってそう言ってみたものの、やっぱりオオハシさんの表情は変わらない。でもその変わらなさこそが、それが真実だと告げてくるかのように僕には感じられたわけで。




