#10:殊更に(決勝その1)
―ついにっ! このケチュラマチュラ・ハヌバヌーイ・シラマンチャスも決勝の刻を迎えました!! 数ある死闘をくぐり抜け、この華々しい舞台へ駆け上がったのはっ!! 極東からの使者っ!! 雄々しきオオハシの仮面に素顔を隠した謎のマスクマンっ!! ガンフぅぅぅぅぅぅっ、トゥぅぅぅぅぅぅぅカぁぁぁぁぁぁぁぁぁンンっ!!
そしてその最強の挑戦者を迎え撃つは! 圧倒的な蹴り技で相手をひれ伏させる、ドチュルマの英雄、オスカー=ナウルJrだぁぁぁぁぁっ、……その褐色の引き締まった体躯はこれ全て躍動する筋肉っ!! 変幻自在の膝が相手をゼロ距離からも遠距離からも襲うっ!! 無敗の女帝、いま降! 臨! だぁぁぁぁっ!!…………
「お願いしまはぁぁぁぁぁぁぁすっ!!」
腰はあくまで低く(物理的に)、小細工無しで正面からぶつかる(物理的に)。割とサマになってきたと自分では思うその立会いからのぶちかましに、相手はグベフというような声を上げつつ、たたらを踏む。その上体が泳いでいる内に僕は再び蹲踞の姿勢に戻り、再度、相手に頭から向かっていく。顎を引いて、思い切り。
「お金返してくださはぁぁぁぁぁいっ!!」
どんな相手でも、こうやって誠心誠意ぶつかっていけば、必ず応えてくれるとオオハシさんは言っていたけど、やっぱり履き違えているよね。これただの暴力に任せた脅迫だよね。
オオハシさんが行けと言うので、久しぶりに大学に行ったら、僕からお金をたかっていたクラスメイトに、キャンパス内の鬱蒼とした雑木林にまた呼び出された。なのでこれ幸いとばかりに奪われたお金を返しにもらいに来たわけで。「実戦を兼ねたカネ回収」とはこのことだったのか。
「……」
三たび腰を割って手をついた僕の姿を見て、硬直した顔のクラスメイトの男子は、わかった、わかったからというような手振りをすると、尻ポケットの財布を震える手で取り出し、そこから紙幣を全部抜き出して僕の方に放って寄越してきた。そしてよたよたとした足取りでその場を去っていく。悪いことしたかな……と、地面に散らばった数枚のお札(2万6千円也)を見やりながら思うが、
「なかなかの当たりじゃねえか。初っ端、対戦相手の戦意を削ぐには充分だ。離れたらそのぶちかましが来る、みたいな危機感・恐怖心を煽るだけでも相当な効果があるからよお」
朽ち果てたベンチに腰掛けてその様子を見ていたオオハシさんは、そう評して満足げな顔だ。
「さて。カネも返して貰えたところで、リングコスチュームを作らないとだな。ありものでもいいっちゃあいいんだが、やっぱり勝負服はオーダーメイドじゃねえとなあ。今日はちょっくら足を伸ばすぜ。渋谷までロングジョッグだ!」
ベンチからポンと立ち上がると、オオハシさんは傍らに立てかけられていた古びた自転車に跨る。いま渋谷っておっしゃいました? ここは吉祥寺ですよ?
「……体力があれば何でも出来る。ま、せいぜい15kmくらいよ。ゆっくり行ってやるから付いてきな」
じゅじゅじゅ15kmぉぉぉっ!? そんなの初めてー。




