告げる想いに響く音
気が付けば、演奏は終わっていた。
けれどふたりとも、なにも言わない。鍵盤に手を置いたまま、わずかに残る余韻を聴いている。
しかしそれも、やがて――伊咲さんの左手が、そっと俺の右手に重なった。
「……約束、忘れてたらどうしようって、実はちょっと不安だったの」
ぽつり、と伊咲さんは言った。まさか。
「忘れませんよ」
「うん。信じてた。けど……全部私の妄想だったらどうしようとかも、思ってた」
それは、俺にも覚えがある。全部現実じゃなかったんじゃないかって、恐怖したことがあった。
でも、そんなことはないのだ。
全てが、現実で。
「俺はここにいますよ」
「うん――私も、ここにいる」
俺の手に重ねられた伊咲さんの手を、俺はそっと握る。
その手は細くて、温かい。
「実はね。私も――あの頃から、菅生くんが好きだったんだよ」
不意の告白に、俺は今度は本気で驚いた。
「え、そうだったんですか」
俺の驚きに、伊咲さんは穏やかに頷く。
「でも、いろいろと考え過ぎちゃって、言えないで……だから、菅生くんが告白してくれたとき、凄く嬉しかったんだよ」
きゅ、と絡ませた手指を握る。遠慮がちで、控えめに。
「もう、不安に思わなくてもいいんだよね」
「はい」
俺はちゃんと頷いた。伊咲さんに、そして自分自身に。
もうなにも、怖くない。
今までは、それぞれに努力してきた。伊咲さんは自分の夢を叶えるため。俺は伊咲さんの背を追って。
今はまだ、また遠く離れてしまうけれども。
「ずっと一緒――です」
「うん」
握る手に、握り返してくれる力がある。
それがこんなにも温かく、愛おしい。
だから。
これからは、一緒に頑張っていこう。
それぞれの道であっても、横に並んで歩いていこう。
一緒に音を響かせよう。
繋いだ手は、温かいのだから。
ポーン、と鍵盤を鳴らした。ふふ、と笑って、伊咲さんも一音を鳴らす。
奏でる心に、ピアノはちゃんと応えてくれる。
俺は伊咲さんと、響かせ続けていく。
いつまでも、ずっと。
音楽を。
ここまでお読みくださり、有り難うございました。
またどこかで機会の御座いましたら、よろしくお願いします。




