夢に繋がる一歩
こうもいろんな人に応援されてしまっては、俺もしっかりしなければならないだろう。今から手紙、というわけにはさすがに時間がかかり過ぎるから、とりあえずメールを送ってみた。
こんにちは、ご無沙汰しています。お久し振りです。
音楽教室を開くことになりました。これから頑張っていこうと思います。
まだまだこれから、ですからね。
散々に悩んだ挙句、そんな感じの文面になってしまったが、これ以上迷うとメールを送ることすら躊躇しかねないと思い、意を決して、というより半ばヤケになって送信した。
伊咲さんは、俺が大学を卒業するより一年早くスイスの音楽院を卒業している。後で調べてみても、伊咲さんの留学した音楽院はヨーロッパ屈指の名門であり卒業が最難関ということが、その道を志したことでより一層身に染みてわかり震えたものだが、そこをちゃんと卒業してみせたというのだから本当に凄い。
そして卒業してしばらく後、数か月前にとうとうピアニストとしてプロデビューを果たした。
とうとう、夢を叶えたのだ。
初舞台はスイスだったので俺にはとても観に行くことはできなかったけれど、その話を聞いてお祝いのメールを送ったときには大いに喜んでくれた。伊咲さんはそのままヨーロッパで活動しているけれど、きっといつか日本でもコンサートを開けるようになる、と息巻いていた。俺もただ待っているというのもなんだから、なんとか目処をつけてこっそり潜入し、驚かせてみせようかとも画策している。まあ目処をつけようにも、まずは自分の足場を固めなくては始まらない。
ピアノは数日中に届くことになっている。そのままではさすがに始められないから、生徒募集の宣伝と並行して調律師を呼んでおく。ピアノを迎えるためにもさっさと部屋を開けなければいけないし、と思いながら新居に着いたところでスマートフォンが振動した。
見てみれば、メールの返信だった。当然のこと、伊咲さんだ。早いな。
おめでとう! とうとうほんとにそこまで頑張ったんだね!
でも本当に、まだまだそこからだよ。先輩としてご忠告(笑)。いろいろ大変なんだから。
本当におめでとう!
伊咲さんらしい、というか。伊咲さんが旅立った高二の冬から五年間、一度も会うことのなかったわけだけれど、それでも記憶の中の伊咲さんを容易に思い出させられる文面だった。微笑ましく、そして懐かしく思いながらメールを閉じようとして、しかし文面にはまだ続きがあることに気が付いた。数行開けて、一文がある。
それで、どこで開くの? 住所とかまで詳しく!
ん? と思う。それを聞いてどうするのだろう……なにか祝いの品でも送ってくれるのだろうか。そういうつもりで連絡したわけではないのだけれど、と思いながらも答えてこまることでもないのでそのまま答え、送信する。すると、今度は思いのほか早く『了解!』という返信が届いた。……よくわからないけれど、伊咲さんも元気そうでなによりだ。
それから数日は、予定通りに諸事に忙殺された。引っ越しの荷解きは、そもそも物があまりないので苦労はしなかったが、生徒募集の宣伝や、教科書などを見繕うために書店を探し、歩き回るなどした。その間にも土地勘養成のために自宅の周囲を散策したりもする――近所に小学校があった。もうすぐ新学期だ。入学式もあるのだろう、その式典のための準備などに忙しそうだった。
小学校周辺に街路樹として植えられた桜を見上げて、吐息する。
ああ、と。
俺はここで、音楽教室を開く。俺が夢として、目標として、抱き続けたものを、現実とする。
俺はピアノを弾く。




