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夏休みの予定は
「――ねえ、ねえってば、菅生」
「ん、あ、なに?」
随分前から話しかけられていたみたいだったんだけれど、ぼんやりしていたせいでさっぱり気がつかなかった。慌てて振り返ると、業を煮やしたように眉根を寄せている女子が、ひとり。
「ああ、戸塚……御免、なに?」
「なにじゃないでしょ。さっきからずっと話しかけてるのに、ずっと上の空でさ……まあ、いいけど」
ふん、と鼻を鳴らして、戸塚・沙奈は腕を組んだ。
「ほら、来週から夏休みでしょ? 菅生、別に部活も入ってないじゃん。夏休み暇なのかなーって」
「え? ああ、まあ……」
確かに俺は、部活には入っていない――そう返答すると、戸塚はぱっと表情を明るくした。
「そ、それじゃあさ――」
「あ、いや、でも御免。予定は、ある」
言うと、うぇ、と戸塚は顔を曇らせた。ころころと表情の変わる奴だ。
えー、と不満げに鼻を鳴らす。
「それって、前に言ってたピアノ教室? 本当に通ってたんだ」
「ん、まあね」
そう――引っ越しを手伝ったときに誘われて、俺は誘われたままにその週末、伊咲さんの音楽教室に参加した。