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カノン(伊咲貴音音楽教室)  作者: FRIDAY
弐 貴女へ贈る音楽
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一心不乱に

 来る日も来る日も、俺は学校に、音楽室に通い、ピアノを鳴らし続けた。

 少しずつ、少しずつだが、前に進んではいた。それは実感できていた。けれど、まだまだダメだ。ともすれば既に通過したはずの箇所でつまずく、忘れる、間違える。そこを補完している間にも、途中までだった先々がぼろぼろとできなくなっていく。

 焦るな。そう自分に言い聞かせても、気はどんどん急いていく。


 吹奏楽部が休みの日にも、俺は音楽室に行った。

 猛吹雪でバスまでもが運休になった日も、俺はピアノを弾いた。

 年末年始で学校が開いていない日には、ずっと膝の上に開いた楽譜を辿っていた。


 さすがに俺の両親も心配になったようだけれど、構ってはいられない。

 楽譜を指先で叩き過ぎて小さな穴がいくつも空いて、爪の先は欠け、割れて、ぼろぼろになってしまったけれど、今はどうでもいい。

 学校で陸上部の練習に出ている月地と会うことはあったし、戸塚も音楽室で何度も顔を会わせたけれど、ふたりとも俺の様子になにも言わなかった。戸塚には直接に話したし、月地も黒槇さんからなにか聞いているのかもしれない。なにはともあれ、その方が俺にとってもありがたかった。


 来る日も来る日も、俺は楽譜を追う。

 何時間も何時間も、鍵盤を叩き続ける。


 日の出る頃に学校に入り、日が暮れてからもまだピアノと向かい合っている。

 ずっと、ずっと、休みなく、際限なく、ぐるぐると、ぐるぐると、ひとつの同じ疑問が頭の中を巡り続ける。


 答えは出ず。

 練習も終わらない。

 そうでもしないと間に合わないし。

 そうまでしても追いつけないかもしれない。

 それだけは、避けなければならなかった。


 一日を終える頃には肘や手首に鈍痛が残り、ときには指先から軽く出血していることもあった。血が出ていたときには慌てたが、幸いピアノにはついていなかったので、絆創膏を巻いて続けた。

 吹奏楽部の顧問、音楽の担当教師に、どうしてそこまで急いでいるのかと訊かれた。少しは休んだ方がいいんじゃないかと。

 そのとき俺がどう答えたのか、はっきりとは覚えていない――ただ、弾かなければいけないということを伝えた。俺の答えを聞いた音楽教師は、そうか、と頷いて、いくつかアドバイスをくれた。


 来る日も来る日も、俺は鍵盤を叩く。

 冬休みが終わるとさすがに授業がある。授業中に教科書の陰や膝の上で楽譜を開くのは、早々に注意されてできなくなった。指先の叩く音がうるさいと。

 放課後になれば真っ先に音楽室へ向かった。吹奏楽部の誰よりも早いこともよくあった。

 一心不乱に、楽譜をめくった。


 こんなになにかに打ち込んだことは、今まで一度もなかっただろう。これからも、もしかしたらないのかもしれない。

 そうして、必死の練習を続けた結果、一月を終える頃――伊咲さんの音楽教室が再開される直前になってようやく、引っ掛かりなどを多々残し、強引にではあるものの、『カノン』を一周弾けるようになった。そんなとき。

 音楽室に、戸塚が訪ねてきた。


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