一心不乱に
来る日も来る日も、俺は学校に、音楽室に通い、ピアノを鳴らし続けた。
少しずつ、少しずつだが、前に進んではいた。それは実感できていた。けれど、まだまだダメだ。ともすれば既に通過したはずの箇所でつまずく、忘れる、間違える。そこを補完している間にも、途中までだった先々がぼろぼろとできなくなっていく。
焦るな。そう自分に言い聞かせても、気はどんどん急いていく。
吹奏楽部が休みの日にも、俺は音楽室に行った。
猛吹雪でバスまでもが運休になった日も、俺はピアノを弾いた。
年末年始で学校が開いていない日には、ずっと膝の上に開いた楽譜を辿っていた。
さすがに俺の両親も心配になったようだけれど、構ってはいられない。
楽譜を指先で叩き過ぎて小さな穴がいくつも空いて、爪の先は欠け、割れて、ぼろぼろになってしまったけれど、今はどうでもいい。
学校で陸上部の練習に出ている月地と会うことはあったし、戸塚も音楽室で何度も顔を会わせたけれど、ふたりとも俺の様子になにも言わなかった。戸塚には直接に話したし、月地も黒槇さんからなにか聞いているのかもしれない。なにはともあれ、その方が俺にとってもありがたかった。
来る日も来る日も、俺は楽譜を追う。
何時間も何時間も、鍵盤を叩き続ける。
日の出る頃に学校に入り、日が暮れてからもまだピアノと向かい合っている。
ずっと、ずっと、休みなく、際限なく、ぐるぐると、ぐるぐると、ひとつの同じ疑問が頭の中を巡り続ける。
答えは出ず。
練習も終わらない。
そうでもしないと間に合わないし。
そうまでしても追いつけないかもしれない。
それだけは、避けなければならなかった。
一日を終える頃には肘や手首に鈍痛が残り、ときには指先から軽く出血していることもあった。血が出ていたときには慌てたが、幸いピアノにはついていなかったので、絆創膏を巻いて続けた。
吹奏楽部の顧問、音楽の担当教師に、どうしてそこまで急いでいるのかと訊かれた。少しは休んだ方がいいんじゃないかと。
そのとき俺がどう答えたのか、はっきりとは覚えていない――ただ、弾かなければいけないということを伝えた。俺の答えを聞いた音楽教師は、そうか、と頷いて、いくつかアドバイスをくれた。
来る日も来る日も、俺は鍵盤を叩く。
冬休みが終わるとさすがに授業がある。授業中に教科書の陰や膝の上で楽譜を開くのは、早々に注意されてできなくなった。指先の叩く音がうるさいと。
放課後になれば真っ先に音楽室へ向かった。吹奏楽部の誰よりも早いこともよくあった。
一心不乱に、楽譜をめくった。
こんなになにかに打ち込んだことは、今まで一度もなかっただろう。これからも、もしかしたらないのかもしれない。
そうして、必死の練習を続けた結果、一月を終える頃――伊咲さんの音楽教室が再開される直前になってようやく、引っ掛かりなどを多々残し、強引にではあるものの、『カノン』を一周弾けるようになった。そんなとき。
音楽室に、戸塚が訪ねてきた。




