そのために
一度降り始めてしまえば、降り積もるのはあっという間だ。
北国ゆえに最高気温も零度を下回り、降った雪は残り、それが連日ともなればくるぶしを越え、膝を越え、スコップでは除雪が間に合わなくなる。
これが山上ともなればなおのことで、スキー場の整備が整うのも早く、月地から誘いの連絡が来たのは冬休みに入ってすぐのことだった。
『――おう、菅生。元気かー』
「この間まで学校で会ってただろ」
俺の答えに、それもそうか、と通話口の向こうの月地は笑う。
『で、だ。ほら、学校で言ってたスキー。行くだろ』
「それは……いつなんだ」
『ん、明日』
「明日?」
カレンダーを見る。まあ、見たところでもともと予定なんてなかったんだけどさ。
「それはまた、急だな」
『まあな。でも思い立ったらすぐに行かないと。スキー場の開園初日は混むから、その二、三日あとを狙ってな。車はうちの親が出してくれるから――』
途中から、月地の声が意識から離れていった。
考える。
『カノン』を弾けるようにならなくては。その思いは変わっていない。けれど、黒槇さんの言うように、俺にはピアノがない。それについての方策は、勿論考えているけれど、そのためのワタリをつけるには――
『――で、俺とお前と、あと晴夏と戸塚も来るんだけどな』
聞き流していた月地の声に、不意に引き戻された。
ちょっと待って。
「戸塚も来るのか?」
『おう、来るぞ。ちょっと渋ってたけど、ゴリ押しした。……ここしばらくお前ら、なんかすれ違ってた感じだったし、俺もなんとかしなきゃっていうか』
そもそも責任の一端が俺にあるから、とかなんとか小さな声でなにか言っている。は? と問い返すと、とにかくさ、と声を大きくして、
『来るだろ? スキー。戸塚のことは置いておいても、マジで高校生活最後かもしれないしさ……というか来てくれ。女子ふたりに対して男が俺ひとりとか無理。心がもたない』
なにを言っているんだか、片方は将来に関わる相手だろ、とはまさか言えないが、まあ気持ちはわからないでもない。
とにかく、そうだな。
「わかった。行くよ。明日だな」
俺が応じると、そうか、と月地は喜色めいた声を上げた。この感じだと、俺と戸塚がどうとかよりも、自分の孤立感の方が心配だったのかもしれない。
『明日だ。ウェアとか一式はスキー場で借りるから、多少の金と、懐炉くらいかな。用意するなら』
わかった、と頷いて、俺は通話を終えた。両親には帰って来てから言うとして、別に考えることがある。
俺と、伊咲さんと――戸塚のことを。




