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カノン(伊咲貴音音楽教室)  作者: FRIDAY
壱 その指先で手繰る音
2/57

片付けられない系女子

 具体的にいくつだと聞いたわけではないが、若い女性であることは確かな伊咲さんが、高校生男子をそう易々と自分の家に上げるものだろうかという危惧はあったのだが、これが拍子抜けするほどあっさりと、伊咲さんは俺を家に入れてくれた。戸惑いや警戒を見せるどころか、「ほんとですか! 是非お願いします!」と大喜びな勢いだったので俺の危惧はまるっきり杞憂だったと、いっそ自意識過剰だったと言わざるを得まい。


 そういうわけで入れてもらったわけなのだが、荷解き中とはいえその家の中は、なんと言うか、こう、

「凄いですね……」

「だ、だって荷解きの最中だったから! これから片付けるわけだから! か、片付けはちょっと得意じゃないんだけど……」

 ごにょごにょとなにか言った後半は聞き流すこととして、どうしたものか、と部屋の入り口から全体を一望する。


 借家で、一軒家とはいえ確かにさほど大きな家ではない。アパートよりは広いという程度のものだが……足の踏み場がない。本やら食器やら小物やらが乱雑に散らばっている。これは、手当たり次第に開けたな。しかも、その中に少なからず点在しているあるものを発見して、うお、と俺は一歩退いてしまった。

 どうしたものかと振り返って見ると、伊咲さんはなんだかしょげていた。わかりやすい人だ。


「……これ、レイアウトは考えてあります?」

「れいあうと?」

 初めて聞いた、という反応にちょっと背筋を冷やしながらも、家具の配置のことですよ、と言うと、ああ、という顔で頷いてくれたのでやや安堵した。

「それなら、まあ……あと、寝室はあるんですよね。ベッド、布団? とかクローゼットなんかは寝室に?」

 問うと、これにも伊咲さんは頷いた。俺も頷き返し、それじゃあ、と室内の数か所を指で示す。

「その……ええと、ああいうのを俺が触るのはさすがにいろいろと問題があると思うので、あれだけ先にまとめてもらってもいいですか」

 初めこそ、なんのことやら、ときょとんとした顔で聞いていた伊咲さんも、俺が遠慮がちに指さすものを目で追ってさすがに顔色を変えた。

「わ――わかったよ! うん! 急いで片付けるからちょっと待ってて! そ、その、み――見ないでね!」

「ええまあ」

 もう見てませんよ、と。


 凄い勢いで走り回って、伊咲さんは部屋中に散らばったそれを――服は勿論、主に下着を――雑にまとめて回収して、奥の部屋へ駆け込んでいった。その背をなんとなく目で追いながら、ふむ、あそこが寝室か。不用意に近づかないようにしておこう。

 伊咲さんが突っ込んで行った部屋からなにかが崩れるような鈍い音がしたけれどもその後も継続してじたばたという音が鳴っているのでとりあえず聞き流すとして、俺は部屋を一望する。


「……うーん」

 これは、凄いな。先程伊咲さんは小さな声で片付けは苦手みたいなことをつぶやいていたけれど、これはもう苦手とかそんなレベルの話じゃない。散乱しているものに取り留めがなさすぎる。手近にあった段ボールをいくつか覗いてみて、その中身もこれまた雑然と突っ込まれているのを見てこれはもう決定的だ。さすがに食器は新聞紙を巻くなどの処理はされているが、あとはもうなんかおもちゃ箱の体だ。


 レイアウトを聞いてからじゃないと下手なことはできないから、伊咲さんが戻って来るのを待つとして、どうしたものかな……俺はこういう、整理というか、掃除は好きな方だ。物事を整理するために、思考を整理する。順番を考える――本やら小物やらを出す前にしなければいけないのは、それらを置く場所を整えることだ。つまりは、棚。ますは棚を……棚はどこに?


「――いや、御免御免、お見苦しいところを」

 頭を掻きながら出てきた伊咲さんに、俺は問う。

「あの、伊咲さん、棚とかってないんですか?」

「たな?」

 あの、きょとんとしないで。

「本棚とか、そういうのです」

「ああ、あるよー」

 言って、伊咲さんは別のところにある段ボールを漁って、板状のものを何枚も取り出した。なにかと思ったが、よく見ると確かにそれは棚らしかった。組み立て式のようだ。よかった、と俺は胸を撫で下ろす。


「それじゃあ、それ、組立ててみましょうか」

「え、どうして?」

「本とか、出しても入れるところがなければ邪魔になるでしょう」

 それは掃除がどうとか以前の問題で、それがわからなければ部屋は荒れていくばかりだろう――ああ、わからなかったからこの惨状か。

 大丈夫なのか、この人。


 とにかく、組み立てて――組み立てた結果。

「ちっちゃ……」

 とても、部屋中に散乱したものを全て収容できるサイズではない。こじんまりとして可愛らしいが、今この現場で必要なのはキュートではない。ハードだ。


「…………」

「えーと、棚はこれしかない、かな……」

 言葉を失っている俺に、さすがになにか思うところもあったのか、おずおずと申し出てくれる伊咲さん。

 そうか、これしかないのか。

「……後でホームセンターにでも行って買ってきてください。なんなら一緒に行きます。これひとつじゃ全然足りないですよ」

 引っ越してくる以前は、一体どうしていたんだ……? 甚だ疑問だが、伊咲さんは素直に頷いてくれた。


 見たところ、洗濯機や冷蔵庫といった家電類は所定の位置についていると思われる。業者による搬入時点で決まっていたのだろう。特に洗濯機は場所を選ぶし。脚を畳める座卓が壁際に立てかけてあって、ノートパソコンも落ちてる(!)し、座布団もあるな。台所はここからも見えるが、あそこにまで惨事は広がっていない……いや、どうやら空になって畳まれたらしい段ボールがいくつかある。ふむ。


 俺はその段ボールを持ってきて、とりあえずふたつほど広げて組み立てた。その様子を、伊咲さんは不思議そうに覗き込む。

「なにしてるの?」

「段ボールを組んでるんです……それで、これに仕分けするんですよ。仕分け」

「仕分け?」

 そう、と俺は頷く。


「適当に物を取り出しても片付きませんから、整理します。それじゃあ……こっちに本、こっちに小物で。食器はひとつひとつ台所に運びましょう」

 成程ぉ、と伊咲さんは心底感心した様子で拍手までしてくれた。気恥ずかしい一方で、この人独り暮らしなんかして大丈夫なのか、と心配にもなる。


「とにかく、そういうわけで……まずはそこから始めましょう」

「うん! わかった!」

 元気に力強く頷く伊咲さん。その素直さは、間違いなく年上なのに可愛い人だと俺に思わせるに十分なものだった。


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