表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カノン(伊咲貴音音楽教室)  作者: FRIDAY
壱 その指先で手繰る音
16/57

お目覚め

 黒槇さんの追及をなんとかかわして、申し訳程度に『カノン』の手ほどきを受け、後はふたりで好き勝手に弾き散らしているうちに、時間はあっという間に過ぎてしまった。

 気が付けば窓の外は真っ暗。俺はともかく、黒槇さんはひとりでは夜道は危険……と。


「――ん……んう、んあ?」

 ここまでずっと深く眠っていた伊咲さんが、ここにきてようやく目覚めたようだ。半覚醒の朧げな目をこすりながら身を起こし、ぼんやりとピアノの前にいる俺と黒槇さんを見る。

「ん、あれー、菅生くんに、晴夏ちゃん……」


 状況を把握が追い付かないようで、周囲をきょろきょろと見回す。けれど、覚醒していくにつれてだんだんと掴んでいったらしく、がばっと勢いよく時計を確認するや否や、

「ぎゃあぁぁぁぁ!」

 と叫んだ。

 うおぅ。

 初めて聞いた。人のこんな悲鳴。


「寝過ごした! 寝過ごしたんだよねえ!? それもふたり分も‼ うわあ……というか、来てたんなら起こしてほしいよ!!」

 うおぉと伊咲さんは頭を抱えてのたうち回る。余程ショックだったようだ。その様子を、俺と黒槇さんは笑いながら見守る。


「……御免ね、ふたりとも。ちょっとだけ休むつもりだったのに……」

 ひとしきり騒いで落ち着いたらしい伊咲さんは、しゅんと肩を落としつつ俺たちに頭を下げる。俺は慌てて手を振りながら、

「いやいや、疲れてたんですよ伊咲さん。仕方ないですって。それに、起こさなかった俺も黒槇さんも悪いわけですし」

「でも……レッスンが。お金もらってるのに」

「大丈夫ですよ。ちゃんとふたりで練習してましたし」


 ね? と黒槇さんを見ると、黒槇さんも頷いてくれた。俺はさりげなく楽譜を鞄へしまいながら伊咲さんに笑いかける。

 『カノン』のことは、まだ秘密だからねえ。

 そう? と一応それ以上落ち込むことはなさそうな伊咲さんだったけれど、やはり失態は失態として反省せずにはいられないようで、俺や黒槇さんが帰る段になっても肩を落としたままだった。


「そんなに気に病むことないですよ伊咲さん。疲れてたのなら仕方ないですし……もしもまた同じことがあったら、今度はちゃんと起こしますから」

「……そう? 同じことはしないつもりだけれど、もしもあったら、お願いするね。……ありがと」

 別れ際に、やっと伊咲さんは弱々しくではありながら笑顔を見せてくれた。はにかむような笑み。


「……菅生くんは、優しいね」

「え、い、いや、そんなこと、ないです」


 一瞬、一瞬だけどきっとして、俺はそんな自分を誤魔化すように言い繕い、そそくさと帰宅した。

 俺が伊咲さんに抱いているのは、憧れだ。

 だから、決してこれは、恋心ではないはずなんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ