進路はどうしますか
長いようで短いような夏休みは、伊咲さんのところへ通って、音楽を学んで、ときどき月地や戸塚と遊んで、気付けば終わっていた。その間にどれだけ俺の演奏スキルが向上したかというと、楽譜をあまり詰まらずに読めるようになり、簡単な曲なら両手で弾けるようになった。
「菅生くん、上達早いよ。もともとリズム感あるなーって思ってたんだけど、物覚えも早いし、この調子なら年内には『カノン』の練習を始めるくらいには行けるんじゃないかな」
伊咲さんににこやかな表情でそう言われると、俺も悪い気はしない。というかむず痒い。楽譜を読むことや指遣いに関しては決して俺に秘めたる才能があったなどということはなく、暇を見つけては独習していたからなわけなのだが、その辺りのことは伊咲さんには軽くしか話していない。
さて、夏休み明け。
登校し、滞りなく始業式を済ませ、教室で席に着いた俺の目の前にあるのは一枚のプリントだ。
俺が通っているのは進学校ではあるが、さすがに登校初日から授業があったりはしない。しかしやはり進学校であるから、それ相応の内容のプリントだ。
進路希望調査書。
なんであれ書き込んで、提出した者から帰っていいという指示で、思っていた以上に多くのクラスメートが次々と提出していく中で、俺の手元にあるそれは今をもってしても白紙だった。
「……んー」
ちらっと周囲を見ると、もはやプリントに向かっているのは俺だけで、つまり俺意外は全員が、大なり小なりなにかしらの進路希望を抱いているということだ。
「……むう」
「なんだ、菅生はまだ書き終わってないのか」
そう言いながら、俺の前の席に座ったのは月地だ。
「皆凄いな。もう進路が決まってるのか」
「まさか。早く帰りたいから適当に書いてるだけだよ。俺だってそうさ。――そんなに真面目に考えることないって。さっさと書いて遊びに行こうぜ。なあ、戸塚もどうだ」
ちょうどプリントを教卓の箱に提出しているところの戸塚は、こちらへ振り返って頷いた。
「そうだね。行く行く。私も今日は部活休みだから――あれ、菅生まだ書き終わってないんだ」
戸塚は俺の白紙を覗き込んで言った。
「テキトーに書いちゃえばいいじゃん。まだ私ら高二だよ? 大学なんて考えるのはまだ早いって」
「……そんなもんかね」
戸塚に月地と同じようなことを言われ、俺は渋面になった。
それでいいものなのか……そうかといって、適当に書くようなものもぱっと思いつくものではないんだけれど
それからまだしばらく考えていた後、結局教室へプリントを回収に戻ってきた担任教師から決まってないなら未定でいいと言われて、そのまま「未定」と書いて提出した。




