前世の約束
長い間、更新出来ずすみません。
今回は由美子の話です。
バラ園の片隅の小さな東屋が彼女のお気に入りの場所だった。
「カイ。アスランの婚約が決まったって本当なの?」
「ナディ様。走られてはいけません。先ほど、隣国の使者が参りまして、正式に第二王女サラーシャ様との婚約が決まりました」
「嬉しい。これで私に義妹が出来るのね」
「姫様。嬉しいからと飛び跳ねてはいけません」
ナディ様は、この国の第一王子である弟君の婚約がよほど嬉しいらしく、はしゃいでしまい、教育係の侍女にたしなめられた。
私より年上のはずなのだが、時々幼く見えるときがある。
「それで、いつこちらにはいらっしゃるの?」
「サラーシャ様が18の誕生日を迎えられてからとの事でしたので、1年後ぐらいでしょうか?」
「まぁ!まだ1年も先なの?でも、色々準備をするのに1年は短いわね。早速、手配をしなければ・・・。カイ。アスランに後で私の部屋へ来るように伝えて」
そう言い残し、ナディ様は御自分の部屋へ戻って行った。
その後ろを教育係の侍女が、『姫様、走ってはいけません!!』と、叫びながら追いかけて行った。
「だからあれほど『走ってはいけません』と申しあげたでしょう」
「はい・・・」
ナディ様が寝台の上でシュンとする。
元々、身体があまり丈夫でないナディ様はちょっとしたことで体調を崩される。
アスラン殿下の婚約が決まってから、ナディ様は暴走しがちだ。
今回は、『サラーシャ様の部屋は私が整えます』と言って、調度品を集めるために宮殿内を走り回ったため風邪をひいたのだ。
ナディ様を教育係の侍女では止めきれない(年齢の所為で追いつかない)と、私が護衛を兼ねてお側に就くこととなった。
「私も男に生まれたかったわ・・・」
「何故ですか?」
「男だったら、アスランやカイと一緒に学んだり、体を鍛えることが出来るでしょ。そしたら、今よりは丈夫な身体だったかもしれないし、城壁の外にも行くことだってできるでしょう」
城壁の外は、砂漠だ。お身体の弱いナディ様には、キツイ環境だ。
「朝焼けと夕焼けに照らされる城壁は美しいのでしょう。絵ではなく、実際に見たいの・・・」
「では、尚更、宮殿内を走り回らない様に。しょっちゅう風邪をひかれては、いつまで経っても体力が回復しませんよ。それから、食事も十分食べることです。特に、お肉をしっかりと。それから・・・」
「分かったから!ううっ・・・、カイがばあやみたい・・・」
教育係の侍女にも同じ事を言われていたようだ。
「ナディ様。部屋に飾るためのバラを庭師に頼んできましょうか?」
ナディ様を元気付けるため、聞いてみた。
「お願い。オレンジ色がいいわ」
「オレンジ色がお好きですね」
「ええ。だって、太陽の色ですもの。それに・・・・・・」
「?」
ナディ様が何か呟いたようだが聞こえなかった。
「いえ、何でも無いわ。元気の出る色だと思わない?」
「そうですね。では、行ってきます」
ナディ様が体調を崩されることが多くなった。
「ナディ様、ちゃんと横になって下さい」
読んでいた本を取り上げる。
「え~。つまんない」
「『つまらない』ではなくて、起き上がっていたら、それだけで体力が減ってしまいます。半年後にはサラーシャ様がいらっしゃるんですよ。それまでに元気になっていただかないと、殿下のことですから会わせてくれませんよ」
「そうね。アスランならやりそうな事だわ。義妹の部屋はどうなっているのかしら?」
「ナディ様の指示どおり、整えられていますのでご心配なく」
「そう・・・。カイ、貴方に任せるわ」
「はい。ゆっくりお休み下さい・・・」
「ねえ、カイ。お願いがあるの・・・」
「何でしょう?」
ナディ様は、寝台から起き上がることさえ出来ないほど、体力が衰えていた。
「私が元気な姿になるまでの間、貴方が私の代わりに義妹の相手をして欲しいの。アスランは公務で忙しいでしょうから、その間・・・。準備を手伝ってくれた貴方だったら、私が何をしたいのか分かるでしょう。それから、私が以前の様に歩き回れる様になるまでの間は、義妹を守ってあげて。私が元気になったら、私の護衛に戻ってもらうわよ。それまでの間、お願い・・・」
「はい。ナディ様の仰せのままに・・・」
「ありがとう・・・。オレンジのバラ・・・」
ナディ様の見える場所に生けられているバラに気付いたようだ。
「はい。ナディ様のお好きなオレンジのバラです。元気の出る色ですから・・・」
「ええ・・・。そうね・・・。それに、カイ、貴方の髪と同じ色・・・」
そう言って、枕元に跪いている私の髪をなでる。
「貴方の髪の色と同じだから好きなの・・・」
「・・・ゆっくりお休み下さい・・・」
そう言うのがやっとだった。
それから一週間後。ナディ様は眠るようにこの世を去った。
気付けば、ナディ様のお気に入りだったバラ園の東屋に来ていた。
「ここからバラ園を見るのがすきなの」
はにかむような笑顔でそうおっしゃっていた。
その場所からは、彼女が好きだと言っていたオレンジ色のバラがよく見えた。
『貴方の髪の色と同じだから好きなの・・・』
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アラームが鳴る前に目が覚めた。
どうやら、夢を見て泣いたらしい。夢の内容は覚えていない。
こめかみに涙の乾いた感じが残っていた。それと、鼻が少々つまっている。
鏡を見ると、目が腫れぼったい。
夢で泣いた所為なのか、それとも昨夜の飲み会で顔がむくんでいる所為なのか・・・。
昨夜は営業との飲み会だった。
瀬尾君と野宮さんが付き合いだしてから一ヶ月。
瀬尾君に婚約者がいるという噂が浸透してきたので、真相を知りたがっている女性の為にセッティングしてあげた。
飲み会の席で瀬尾君は、婚約指輪を野宮さんの左手の薬指にはめ、彼女が相手だと宣言した。
今まで、社内で野宮さんとの接触を私に禁止されていた反動か、瀬尾君の彼女への態度が激甘で、腹黒な本性も垣間見せたため、彼のイメージが崩れた人も多かっただろう。
月曜からは毎日その姿を見ることになるんだよな・・・。まぁ、私は慣れているからいいんだけどね。
そういえば、今日は夕方に例の喫茶店で二人と落ち合う約束だった。
それまでに、この顔、どうにかしないと・・・。
これからは出来るだけ間を空けないように努力します。
よろしくお願いします。