ラブテロリスト
現代日本であって、知っている日本ではない平行世界の話。
遅番のパートを終え、疲れた体で寄ったスーパーで値引きされたお弁当を買って、一人で暮らしている家賃5万のアパートに帰宅する。夜のニュースを眺めながら、レンジで温めたお弁当を食べ、乙女ゲームをして就寝。それが私のいつもの日常だ。
母の初七日も終わったことだし、そろそろ正社員の職に就かないといけないとは思いつつも、今日もいつもと同じ流れになるはずだった。
『ラブテロリストの加持 祐子は~』
TVから流れてくるアナウンサーの言葉に驚いて画面を見ると、そこには水色の背景にクラスで一番か二番目に可愛い女の子である親友の顔写真と名前が出ていた。
ラブテロリスト
それは近年できた不義密通法を何度も違反した人物の総称である。内実は結婚の制度を破って不倫を複数人と繰り返した救いがたい人物が指定され、こうしてニュースで流される。不倫相手もそうだが、既婚者側も何度も不倫をすればテロリスト認定される素晴らしいシステムだ。
不倫でいくつもの家庭が壊されるのだから、テロリストなのは間違いない。
既婚者ばかり好きになって男運がないと嘆く女も多いが、それは他人の家の芝生が青く見えて魅力的に思えたか、妻よりも自分が女として上だと証明したいだけか、クズ男の嘘に喜んで騙されるような女だ。
なんせ、不義密通法ができたおかげで、離婚は警察署でDVやストーカーの被害届を出せば、片方の署名だけでそのまま警察署で受理され、簡単に行えるようになった。再婚も離婚後何日という規定がなくなった。代わりに、親権を与えられなかった父親が養育費を一旦国に収める形で支払う義務が発生し、実子鑑定を国に依頼して強制執行してもらえるようになった。
親権に関しても、虐待を行った形跡が疑われた時点でもう一方に渡るか、地方自治体が持てるようになった。
そして、20歳未満の子どもが親や同居人の暴力で死亡した場合、その加害者は死刑か良くても保釈も恩赦も認められない無期懲役刑となる。
これらのコンボによって最近では児童虐待死のニュースが減った。逆に未成年の行方不明事件やら死体遺棄事件の報道が増えたが、それが親と同居人が共犯であることが多く、その犯人たちが死刑になることはネットの匿名掲示板の住人でなくとも知っている事実だ。
不義密通法やそれに関連する諸々の問題を解決するシステムは、元々、極度のフェミニストで家庭を大事にしていたアメリカの大統領ジーニアス・アントンが様々な法律や教育システムを改正して婚外での性的関係を禁じ、既婚者との不倫を重罪と見なしたのが始まりだ。
婚姻法から児童福祉法、果ては刑法に至るまで、様々な法律が変更されたらしい。
で、その盟友たる時の首相水子 白は日本でもそれを取り入れた。
国会で上がった質問という名の反対意見に小太りで髪に恵まれず、人の良さそうな顔をした水子首相はこう言ったという。
「それは現在不倫しているか、これから不倫する予定でもあるということでしょうか?」
その一言で国会は一時静止した。
国会だけでなく、国会中継を見ていた人々も静止した。
まさか与党内での熾烈な派閥争いの中、温厚な性格で一番無難という理由で党首に選ばれた水子がそんなことを口にするとは誰も思っていなかっただろう。
これによって、国民はこの不義密通法について反対することは不倫をしている、または不倫を希望しているということだと認識してしまった。
憲法によって様々な自由が許されているものの、不倫の自由を表立って吹聴できる人間はいなかった。そんなことのできる空気でもなかった。
婚姻法の改正により、結婚も離婚も簡単になった。
それに日本ではアメリカのように婚外での性的関係を禁じてはいない。
つまり何が言いたいかというと、『二股三股かけたいなら、結婚なんかしなくてもいい。別の人物と付き合いたいならさっさと慰謝料やら何やら払って別れてからにしろ。子どもが生まれる前後一週間だけ籍を入れておけ!』ということだ。
結婚制度を馬鹿にしまくって、無罪放免になろうという考えが甘い。
反対意見を出せば、配偶者や恋人に裏切られた経験のある男女やフェミニストに袋叩きに遭った。
裏切る人間が悪いのであって、裏切られるほうの身にもなれ!と。
それはそうだ。
実は私もその意見に賛成だ。
私の母も次々と浮気を繰り返した夫に若い女と出て行かれ、それ以降は生きているのが不思議な有様だった。そして、数日前にようやく、死という救いが訪れた。
くたばれ、父親!
話がそれた。
今はユウコの話だった。
不義密通法ができたばかりの時にユウコと冗談を言い合ったものだ。
「あんた、絶対テロリスト認定されるよ」
「されるはずがないでしょ。ユウコたちは愛し合っているんだから」
「また男の愛しているとか、好きだって言葉に騙されているんじゃないの?」
「マキちゃんはお父さんのことがあるからって、男を避けていたら、人生寂しいだけだよ?」
「裏切られるよりはマシ。――ユウコもほんと、懲りないね」
「シローこそ、ユウコを幸せにしてくれるんだから」
「それならいいけどさ~。・・・」
言いたいことはあった。
たくさんありすぎた。
今までユウコが付き合ってきた男は高校を卒業してから二桁にのぼる。
全員、ユウコを騙したクズ男だ。
それからユウコとは会っていない。
にしても、ユウコがテロリスト認定されたということはシローとやらもユウコを騙して捨てたのか。
その後、付き合っていた何人かの妻子持ちとのことがバレたのだろう。
哀れなことだ。
しかし、浮気癖はそうそうなくならない。
クズ男共がテロリスト認定されないか、そいつらがどんな顔をしているのか早く拝みたい私は期待している。
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ユウコという女
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ユウコと私は高校時代に知り合った。
ユウコはクラスで一、二を争う美人で男に愛想が良く、私は男嫌いで放課後はいつもバイトをしている学生だった。
何がきっかけで話すようになったのかはわからない。
ただ、男に人気のあるユウコを他の女子は嫌っていて、そうなると、女子の嫉妬を買っていたユウコがつるめるのは私ぐらいしかいなかった。
他の女子から『加持さんと一緒にいるなんて、あんたも男に媚びたいの? それとも引き立て役にされているのがわからないの?』と言われたが、『男なんかみんな死ねばいいのに』と返したら変な顔をされて、それ以降、私はユウコLOVEの百合っ子だと思われるようになって、遠巻きに見られ、何も言われなくなった。
あそこまで男に愛想をふりまくことに一生懸命になっているのを見ていると放っておけない、それが私がユウコとつるむ理由だった。
私は男に優しくするなんて馬鹿な奴だなという目で見ているのを、実際にユウコに言ったこともある。
それに対するユウコの返答に私は戸惑った。
「だって、みんなに好かれたいんだもん」
「・・・!」
女子に好かれなくてもいいのか?!
私は思わずそう言いそうになった。
私は言葉を飲み込んで口をつぐんでいると、目を伏せたユウコはポツリと言った。
「女は好かれ、愛されるのが幸せなんだって」
母も夫に愛されていたら、今も元気だっただろう。その頃の母は既に寝込んでいて、家事すらできない有様だった。
だが、現実とはひどく残酷だった。
ユウコの好き、愛しているは彼女の家庭環境で植え付けられた間違った概念の産物であった。
ユウコの男家族の誰かが、ユウコに間違った概念を植え付けていたのだ。
それに気付いた時、私は若い女と出て行った父親がまともに思えたぐらいだ。
それ故にユウコは「好き」「愛している」と言ってくれる男とはすぐに寝るビッチだと中学時代から有名だったらしい。
学校の行事に出席している父兄すら、ユウコにコナをかけているところを見た私は、とうとうとんでもないことを言ってしまった。
バイトで家計を支えていたその頃の私は疲れきっていたのだろう。
そうだ。そうに違いない。
「本当に好きだったり、愛してくれているなら、毎月数十万相当のプレゼントをくれるもんじゃない?」
私の血迷った発言により、ユウコの高校生活は静かになった。
が、問題はその後だった。
休み時間には一緒に雑誌を眺めてブランド物や装飾品、化粧や雑貨などの研究を他の女子とするようになったり、楽しかった。
楽しかったが、・・・ユウコはブランド物を貢いでくれる男に愛されていると思うようになったしまった。
どうしよう・・・。
高校卒業後はまたもや口の上手い男に騙されて、価値観が変わってしまったらしい。
それでも、付き合い始めたらまずは高級ブランドをねだって買ってもらうくらいの損害を相手に与えられるようにはなった。それ以降はエサ無しで釣り上げたまま生け簀に放り込んでおける魚扱いでも気にしなくなってしまった。
クズ男を次々と破産させるならともかく、クズ男に簡単に利用される女になってしまうとは・・・。
さすが、クズ男だ。
ゲスなことに関しては頭が回る。
高校卒業後、私は母の面倒を見なければいけなかったのでパートを掛け持ちして働いてきた。
ユウコと会う時間はとても少なかった。
もっとユウコと会って、話をしていたらと思うと悔やまれてならない。
でも、もう、母はいない。
明日はユウコに会いに行こう。
不義密通法を出した水子 白首相について――
九十九歳のお祝いが白寿なので、”白”を九十九と呼ばせています。
名前の通り、水子の付喪神です。
アメリカの大統領のほうが水子の付喪神っぽいことをしていますが、水子首相のほうが水子の付喪神です。