中学生女子のよくある話 恋のオマジナイ
ちょっぴり甘酸っぱいホラー風味の恋のお話。
箸休めにどうぞ。
深夜。中学校前。無風の雰囲気が私の肌をじりじりと焦がしてくる。
ミヅキちゃん遅いよぉ……。ん…………あ! 来た来た!
「ごめん遅れたあっ! ハァ……ハァ……。りっちゃん待った?」
「大丈夫。朝じゃないしね! ふふっ」
息を切らせながら友人のミヅキちゃんが走ってくる。これから行う儀式に胸をときめかせている私にとってミヅキちゃんの遅刻など気にならない。目の前にある『夜の学校』というアトラクションの誘惑に我慢できず、体勢を崩すミヅキちゃんの手を引っ張って夜の学校に入っていった……。
ほどなく廊下へ。自分達の教室などに寄り道しながらも、屋上へ向かう。
「うわぁ……。ドキドキするね。やっぱり…………ちょっと怖いかも」
「平気だよ、アタシがいるしね!」
ミヅキちゃんは、そんなフォローをしながら私の頭を撫でてきた。私に問いかけてくる。
「りっちゃんのお兄さん……心配しなかった? いつもべったりな可愛い妹が夜中に外出するなんて……」
「お兄ちゃんもそうだけど、家族には言ってないから。言っちゃったらとてもじゃないけど、夜の学校なんて来れないよ」
ついっと。ミヅキちゃんは黒い瞳を細めながら右上に視線を流す。そこには何もない。ただ、これから向かう屋上のフェンスが見えるのみだった。
セーラー服のプリーツが乱れないように、上品に私の方を向くミヅキちゃん。少し,
はにかんで……。
「早く行こっ♪」
職員室からこっそりと拝借した屋上のカギ。少しのひっかかりを覚えながら、ぐっと回すと――開けてしまった――というような音がして開く。
屋上に侵入する。よくある浄水層みたいな物と、五メートルくらいの高いフェンスの囲いが目に入った。
「うわぁ……私はじめてかも。屋上なんか普段こないし……。それに……」
「自殺した娘の話でしょ? …………でるっていう噂のやつ」
「う……うん」
そんなのへっちゃら……とでもいわんばかりにズカズカと屋上の最奥のフェンス。そこに進んでいくミヅキちゃん。気弱な返事をしてしまった自分が、少し幼女のように思えて、気丈に振る舞うつもりで、スタスタとミヅキちゃんの側に向かった。
「これ、後でアタシもお金払うからね」
「え~、いいよいいよ。こんな赤リボンくらい大したこと無いし」
今日のメインイベントである恋のオマジナイ。
『夜の学校。屋上のフェンスを両手で掴み、想い人のフルネームが書かれたリボンで、しっかりと結ぶ。三分間、目を瞑りながら――私の想い飛んでけ――と十回繰り返す』
「えっ!? ミヅキちゃん、両手にリボンを結ぶんじゃなくて、フェンスと両手をリボンで固定するの!?」
「りっちゃん何いってるの~? フェンスに固定しないなら、ここの、このフェンスの前って場所指定があるわけないじゃない。ただでさえ寒いんだから……」
「あ……そっか。そうだよね……」
確かに、夜風が冷たくなってきたみたい。寒い……。この無音を切り裂くように、遠くから聞こえる車のクラクションが少し頼もしいのはどういうことだろうか。
私の両手がフェンスと固定された後。私は背中越しにいるミヅキちゃんに話しかける。
「じゃあ……オマジナイ、唱えるね……」
「……待ッテ!」
………………急に。ミヅキちゃんが真剣な声で横槍を入れる。
「アタシね……りっちゃんのお兄さんのこと…………好きなの」
ミヅキちゃんは何を言っているんだろう?
「アタシね……りっちゃんのお兄さんと、二人きりになりたかったの……違った。なりたいの……」
ミヅキちゃんは何を言っているんだろう?
「でも、イツモイツモ妹が側にイルノ……」
ミヅキちゃんは何を言っているんだろう?
「アタシのジャマモノ……トンデケッ!!」
時が鈍亀になる。
私の背中にミヅキちゃんの足が当たり、すごい圧力でオッパイがフェンスにぶつかる。フェンスによって歪ませられた私のオッパイがうっ血する間もなく。
まるで準備されていたように目の前のフェンスに切れ目が入る。
大きさはちょうど……私の大きさ。
バグッというフェンスが切り取られる音がどこか遠くの出来事のようで、屋上から飛び出た自分が、真っ逆さまになるまで、好きな人の名前が書かれたリボンで両手が拘束されていることに気付かなかった。
逆さまの世界で、足元にある屋上を見下げると、ミヅキちゃんの口唇がムズムズと動いている。走馬灯の代わりに、その呟きが聞こえてきた。
「りっちゃんのお兄さんとの初デートが、りっちゃんのお葬式なんて……なんかロマンチック♪」
十二月二十四日、クリスマス・イブ。
私は校庭で、フェンスにハリツケにされたまま。
自前の赤い服をまとっていた……。
こんなミヅキちゃんみたいな娘に好かれた男性は……シアワセ?