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真吾の誕生日が近付いている。
この時期になると、無意味だろうと分かってはいても毎日無理矢理に予定を詰め込む。貴方に割く時間はありません、とアピールするためである。
放課後、隣の席の相原くんに勉強を教えて欲しいと頼んだら即オッケーしてくれた。家でゆっくりやらないかと誘われたけど、相原くんの家はタクマたちの行動範囲と被るので慎んで辞退した。
真吾の誕生日は土曜日で今日は前日の金曜日。タクマからはここ数日、毎日のようにメールが来たけれど、その度に相原くんに即席勉強会を依頼して事なきを得た。放課後の教室で相原くんに教わりながら真面目に勉強していると、次第に人が集まってきて大人数の勉強会になる。人気者の相原くんは、主に女子から質問が集中して大変そうだ。でも、これで我がクラスの平均点は格段に上がるだろう。先生方も大喜びに違いない。
さて今日を乗り切らねば未来はない。頼みの綱の相原くんは、友達に半ば強引に連れ去られて行った。人気者はつらいねぇ。
不本意ながら放課後に勉強することが習慣化されてきたので、少しだけ今日の復習をすることにして教科書とノートを開く。
うっすら夕日が差し込み、時計を見れば17時。頑張ったなぁと伸びをして帰り支度を整え駅へと向かう。タクマのせいで真吾の誕生日プレゼントを買う暇がなかったので、駅ビルを覗こう、即決してすぐさま帰宅しよう、とシミュレーションをしながら歩いていた。
「ゆみ」
その声がした瞬間、呼び掛けた人物を確認することなく全速力で逃げた。
真吾ごめん!プレゼントは後日で!今日は寄り道せずに帰宅します!
金曜日ということもあってか、より一層賑やかな繁華街の人混みを、縫うようにしながら駆け抜ける。小回りでは私に利がある!とか思って調子に乗った瞬間、腕を掴まれた。
「おい逃げるなよ。ちょこまか動きやがって」
「はぁっはぁっ…タクマ…あんたなかなかやるわね…」
全力疾走の後遺症で荒い息を吐き続ける私とは対称的に、予想通りの人物であるタクマは息を乱すことなくケロリとしている。無性に苛立って掴まれた腕を振り払った。
「で、待ち伏せまでしてなんの用よ」
「分かってんだろ。買い物付き合え。お前が逃げ回るせいで前日になっちまった」
「…一人で行けばいいじゃない」
「あんなとこ男一人で行けるか」
「ふん。自意識過剰よ」
タクマは一人で真吾のプレゼントを選べない。真吾がなにをもらったら喜ぶかを誰よりも理解しているからだ。
乙女の二の腕をがっちり掴んで引き摺るように連れていかれたのは、圧倒的に女性客で賑わう編み物やら縫い物やらの商品を扱うお店。
「別に真吾の趣味に合わせる必要はないと思うけど」
「真吾が一番喜ぶのはこれだ」
「かっこよく指輪とかアクセサリーでもいーじゃん」
真吾の趣味は編み物である。女のあたしが思わず嫉妬するくらい器用に、いろんなものを編み上げる。私のポーチもタクマのお守り袋も我が家のテーブルクロスも、みんな真吾のお手製だ。
タクマは毎年、真吾を喜ばせようと編み物に関するグッズを贈り続けている。確かに真吾は大喜びだ。でも、そんなの友人からだって貰える。あたしだって編み物グッズをあげようと思っていた。タクマよ、そろそろ男らしく決めちゃってもいーんじゃない?
へにょりと情けなく眉を下げたタクマを見やり、暗に告白しろと焚き付けるも、まだ早いと言って譲らない。まぁ今の距離が楽しくて居心地いいのも分かるけど。
居づらそうなタクマのために、真吾が読んでいた雑誌の商品があったのでそれに決めてあげた。編み物って結構お金かかるのね…。自分で渡す分も買って一緒にお店を出る。喜んでくれるかな。
「ゆみ、サンキューな。なんか軽く食ってこーぜ。奢るから」
「いやいい。ってか終わったんなら離れて。あっちいけ」
「おい。そんな邪険にするなよ」
「タクマなんかと一緒にいたら誤解される!女子からイジメに合う!高校生活が終わる!」
「まぁまぁそー言うなよ。明日のプランについても相談があるし」
「いやだー!!」
「お、そこのファミレスでいーや。行くぞ」
泣き真似を続けるあたしを容赦なく引っ立ててファミレスに入店。プレゼントを見ているときには、気にしないようにしていた視線が、ビシバシ突き刺さる。
「あれ、中原さん?」
タクマがデート雑誌を掲げて、真吾とのデートプランをプレゼンしているのを適当に流しているときに声をかけられた。ぎぎーっと声のしたほうへ顔を向けると、隣の席の相原くんが、友人達と共に立っていた。
続く
誤字等ご容赦ください。