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日常からの


 鬱蒼と生い茂る木々が日の光を覆い隠す暗い森の中、一定のリズムを刻む小気味の良い音が辺りに響く。しかし次いで訪れるのはメキメキと何かが千切れるような音と身体がびくりとするような衝突音。そして調子はずれの微妙な鼻唄だった。


「ふふふーんふん」


 そこには一人の男がいた。

 逆立った短い黒髪に黒い瞳、体格は痩せすぎでも太っているでもないが引き締まっているのがわかる。微妙に猫背のため身長は成人男性の平均以上はありそうだがそうは見えない。年の頃は二十代後半~三十代くらいのはっきりといえば特徴らしき特徴がない男である。

 そんな彼は倒れた大きな木の傍に寄るとそれを一メートルほどの長さに分けていく。


「ぬぬぬんぬぬぬんらーらー」


 調子はずれの鼻唄を歌いながら。

 その曲調はどこか機嫌の良さそうなものであるのに男の顔は至って真顔だ。


「ヘイヘイセイセイ」


 至って真顔なのだ。

 ここで端から見ている人物でもいれば突込みがくること間違いなしの表情である。だが、幸いなことなのかどうかは別として彼の周りには人影はない。

 そんな彼は切り出した一メートルほどの木を縦に置くと腕を組んで考える仕草をする。


「ここはやはり女体か? いや、あえてムッサイ戦士というのも……ダメだ、考えただけで気持ちがファラウェイするわぁ。やっぱ作り手が楽しくなきゃ芸術とは呼べんよな。じゃ、女体で」


 大きな独り言を呟きながら彼が取り出したのはノミと木槌。それを使いドンドンと形を形成していく。彼によって木はどんどんとその姿を変化させ、四時間も経つ頃にはいわゆるボン、キュ、ボンのナイスバディな女性の姿へと変貌した。


「おっ、なかなかの出来じゃん。こりゃ、いい薪になるわ」


 彼は出来栄えを確認すると平然とそう言ってのける。実に四時間も掛けて作ったものを失敗作でもないのに薪にするというのだ。

 しかしこれが彼の日常。

 

 彼の名はヒビキ

 

 日々を無為に生きる暇なおっさんだった。

 

◇◇◇


「しかしあれだな、もう少しリアリティを追求すべきだったか? でもなあ、生の女なんてここ数年はみてねえし……」


 出来上がった俺作の女体像を眺めていると色々反省点が浮かんでくる。くそっ、あの時ノミの操作をミスらなければ胸の先端部まで忠実に再現できたというのに……

 まあ、それにしてもなかなかの出来栄えだ。これは完全に自画自賛できるレベルだ。この腰の括れを出すのに苦労した。それもこれもノミ一つで滑らかな曲線作り出す俺の技術力の高さに脱帽するしかない。伊達に十年もやってねえな。

 とりあえず今日のところは満足したので家へと戻るか。


 オーストランド皇国大森林

 それが今俺がいる地名だ。

 広大な森の外部にはいくつかの村があり、森の木々を使った製品等を売ることで生計を立てているものが居る中で、この森林の内部を訪れるものはそうはいない。なぜならこの森は別名『迷いの森』とも『必滅の森』ともいい、不用意に入れば確実に迷って死んでしまう。死因は餓死だったり、毒沼に落ちてしまったり、危険種に襲われたりとさまざまだが、自業自得だ。あまりの死亡・行方不明者数の数から「自殺したけりゃ大森林へ行け」と民に囁かれるような場所である。

 しかし、そんなところに俺の住居はあった。

 別に生まれたときからこんなところに居るのではない。何せ元々は都会生まれのシティーボーイだ。だが、何を隠そう俺は人付き合いが面倒な性質で、人の居ない方居ない方を目指した結果こんなところに行き着いた。正直、やりすぎた感はある。実際人付き合いが面倒なだけで嫌いではない。だが、ここまでやっておいて普通に戻ったらなんか負けた感じがする。だから、いつか誰かが俺の元にやってきて「こんな所にいるなんて健康上良くない。一緒にここから出よう」と誘ってくるのを待っている純なシャイボーイである。特に意味はないがシティーボーイと合わせればシャティーボーイになる。ふふ、おしゃれだ。


 そうこうしているうちに家に着く。建築技術も何もないなか試行錯誤の上で建てた木造一階建てのあばら家。隙間が心に冷たい風を運ぶそんなハートフルな我が家に入っても出迎えはない。当然ただいまなんて世俗的な言葉は発しない。それは寂しさを想起させる魔法の呪文だからだ。

 我が家に入ってまずすることは決まっている。それは人と外界を遮断する布をパージすることだ。簡単に言えば服を脱ぐことなのだが、案外裸の生活も開放感があっていいものだ。ご近所とか来訪する奴も居ないから急なお客様に慌てふためく事もない。そう、イッツ自然体。誰だって生まれてくるときは裸じゃないか。

 その後は特にすることもなく適当に飯を用意し、適当に寝る。これが俺の日常だった。少なくとも今日までは……


 そんな変わらない一日が特別なものになったのは日も暮れて早々に眠りにつこうとした時だった。



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