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僕は今日死ぬことになる

作者: 黄昏睡
掲載日:2026/05/14

僕は今日、死ぬことになる。

ある人の怒りを買って。


その人は権力者だ。軍のお偉いさん。

彼の逆鱗に触れた同僚を庇ったらその矛先が僕に向き、僕の始末がその同僚に命令された。

短気な男なんだ。それにもう感覚が麻痺しているのかもしれない。人を殺し過ぎて。


彼が自分で手をくだす事は稀だけど、彼の命令で死んだ人間は数え切れない。そして僕もこの程度の理由で殺される。


そういう人物だと、知っていたのにな……


そう、僕は彼のことをよく知っていた。

何しろ彼は、僕のターゲットだったから。



……実を言うと、僕は隣国のスパイなんだ。

おっと、死が近づいて頭が変になったとかじゃないぜ?本当にスパイなんだ。コードネームは《ブルー》。格好いいだろ。


僕の任務は、彼の計画をできるだけ詳細に調べ、可能であれば方向性を変えさせるというものだった。だからできるだけ近くにいられるように、汚い事にも手を染めて彼の言葉には迷わず賛成しなきゃいけなかったんだけど……


……バカな真似をしたもんだ。

同僚なんて、放っておけばよかったんだ。

くだらない理由で彼に消される人間なんて、今まで数えるのも嫌になるほどいたんだから。僕には重要な任務があったんだから。彼の部下に望んでなるような人間なんて、放っておけばよかったんだ。

なのについ口を挟んでこの様だ。スパイとしては三流以下だ。


実を言うと、僕はそれでもスパイだから逃げようと思えば逃げられるんだ。スパイだとバレた訳じゃないし、向こうは僕をただの部下だと思ってる。だから簡単に逃げられる。死なずに済むんだ。


でも逃げない。逃げたりしたら、彼に疑いを抱かせてしまう。僕の後任の潜入が難しくなる。だから逃げたりしない。

任務に失敗しておいて、更に迷惑をかけるような真似はできない。


僕はスパイになった時に、国家に全てを捧げたから。自分の将来も幸福も全て、国家に捧げた。そう誓った者だけがスパイになれる。

だからこの命も捧げなきゃいけない。国家の為に。僕個人の任務としては既に失敗だけど、彼をターゲットとした任務の継続に必要だから、僕は死ななきゃいけない。

でも……


…………嫌だなあ


こんな死に方をするとは思っていなかった。もっと格好よく、国の役に立ったと実感しながら死ねると思っていたんだ。

例えば、機密を持ち帰って、伝えたのと同時に力尽きて死ぬ、とか。


……ちょっとスパイ映画の見過ぎかな?


でも、そうしたいと思ってこの仕事を選んだんだ。そうできると思っていたのに……


………………嫌だなあ



何が嫌って、僕はスパイになってからまだ碌な成果を上げられていないんだ。

最初はサポートから入って、他のスパイへの物品の受け渡しや連絡役。そんな、言ってしまえば誰にでもできるような仕事ばかりで。その後はもう少しだけ重要な任務。それだってたまにヘマをして。

だから今回の任務に抜擢されて、張り切ってたんだけどなあ。やっとスパイっぽい仕事ができるって。

なのにこんな……無駄死にみたいなさ…………



僕の人生、何だったんだろう。

何の為に生まれてきたんだろう。

何も成し遂げられないまま終わる、そんな人生が嫌だからスパイになったのに。誰かの役に立ちたいと思ってスパイになったのに。誰かを幸せにしたかったのに。その為なら、自分の幸福なんてなくていいやって、そう思って…………

なのに何も成し遂げられないまま死ぬなんて……


……ははっ。笑っちゃうよな。本当に……笑っちゃうよな……っ…………ぅっ……クソっ…………っ………………



…………だからせめて、逃げずに死ななきゃ。

それがきっと、僕が生まれてきた意味だから。

自分のヘマの責任をとって死ぬ。

後任に迷惑はかけない。

それくらいはできなきゃ。

じゃなきゃ……僕は……何の為に…………







先日、一人のスパイが死んだ。

我々はその任務の失敗が明らかになった時、速やかにサポートを引き上げさせた。人材不足で、遊ばせておく余裕はなかったのだ。

だがあんな事になるとは思っていなかった。

まさか、ブルーが死ぬなんて。


あいつは些か真面目過ぎるきらいはあるが、有望な奴だった。鍛えていけばいいスパイになると思っていた。だから経験を積ませるつもりで、今回の任務に当てたのに。


確かにヘマはしたが、スパイとバレた訳ではない。いくらだって自力で逃げられた筈なのだ。

なのにあいつは死んでしまった。自ら死を受け入れるかのように。


あいつに潜入はまだ早かったのだろうか。

潜入中は、自己判断が増える。それを的確に熟せるだけの土台がまだ整っていなかったのだろうか。後の指示を出さずにサポート役を引き上げさせた事で、見捨てられたと思わせてしまったのだろうか。だがあの時は、他の任務で緊急に手が必要で……。


はあ……。やはりあいつの考えを読みきれなかった私の責任だ。あいつには、はっきりとした指示がまだ必要だったんだ。



……部下が死ぬのは、いつでも気が滅入る。今年だけで、もう何人死んだか。中にはエージェントの死が前提の作戦もあった。私が死ねと命じた。それでも彼らは死んでくれた。任務を全うして。

だが今回は……


ああ、やはり私のミスだ。

発破をかけるつもりで、任務の重要性を強調し過ぎてしまった。真面目な奴だと知っていたのに。逃げていいと伝えていれば、死んだりしなかっただろうに。あいつの性格を考慮できなかった私のミスだ。あいつの死は私の責任だ。

そう心に強く刻もう。決して忘れてはいけない者の一人として。


私の罪が、また一つ増えた。







お読みいただきありがとうございました。

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