曲解
学食は、いつも通りうるさかった。
(いや、うるさいはずなんやけどな。)
なんか今日は違う。
隣でルミが麺すすっとる音だけが、やたらでかく聞こえる。
ズズッ、って。
(なんでそこだけ強調されんねん…。)
スマホをまた指でなぞる。
三回目か、四回目か。
新人賞の一次通過者一覧。
縦に長い名前の列。
(……無いな。)
最初から存在してなかったみたいに、陽子の名前はどこにも無かった。
「で?」
カン、ってレンゲの音。
ルミがこっち見てる。
「……落ちた。」
「そっか。」
それだけやった。
(軽っ…。)
うどん、もう完全に冷めてる。
湯気なんてとっくに消えてる。
「でさ、あのピアニストの話どうなったん?」
「……知らん。」
(ほんまに知らんのよ。)
怪我したピアニストが、絶望して、旅に出て、再生する話。
……のはずやった。
(ほんまにそれで良かったんかも分からんけど。)
書いたはずのその人間が、
なんか知らん間に、自分の手ぇ離れてどっか行ってもうた感じがする。
「てかさ、あんたの主人公」
(あ、来るなこれ。)
箸置いた。
「行儀良すぎん?」
「……は?」
「絶望してんのにさ、ちゃんと着替えて電車乗るやん。」
「いや…」
「あたしやったらピアノごと燃やすか、三日くらい風呂入らんでポテチ食いながら笑ってるわ。」
(極端すぎやろ…。)
ルミは頬杖ついた。
ラーメンまだ残ってる。
もうほぼ冷めてるけど。
「なんかさ、あんたの書く人間って」
「……」
「ミッキーマウスみたいやねん。」
「は?」
「縫い目キレイなとこしか見えへん。」
(は?いや、は?)
「人間ってさ、もっとぐちゃぐちゃやろ。」
「汗も涙も血も混ざってさ。」
(……終わったな。)
四百枚、燃えたわ。
音もせんと。
「なぁ五限サボらん?」
「……は?」
「カラオケ行こや。」
(今その流れでそれ言えるんや…。)
ルミはでっかいあくびした。
さっき自分が何言ったかとか、たぶん一ミリも覚えてへん。
そういうやつや。
ルミって、小説なんか一文字も読まへん。
それでも、たまにめっちゃヤバい事言う。
(なんなんやろな、あれ。)
こっちが必死に考えてること、平気で一瞬で飛び越えてくる。
違うレイヤーで生きてる感じ。
数日後、ファミレス。
「なぁルミ、小説書いてみん?」
「やだ。」
即答。
「文字書くのだるいし。」
(まあ、せやろな…。)
その笑い方、ちょっと好きやし、ちょっと嫌いや。
でも陽子は知ってる。
SNSに上げた短編。
ちょっとバズったやつ。
あのラストの一文。
(あれ、ルミの言葉やねんな。)
酔っ払って適当に言ったやつ。
そのまま使った。
数千いいね。
(……なんやこれ。)
優越感と罪悪感。
どっちも同じくらいの重さで、胃のあたりに沈んでる。
混ざらんまま。
ルミは横でゲームしてる。
何千人の心動かした言葉の持ち主。
本人は一切知らん。
たぶん知っても興味ない。
ルミにとって言葉って、呼吸みたいなもんや。
出てきて、消えるだけ。
陽子にとっては違う。
血絞るみたいにしてやっと出すもんや。
書いて、消して、疑って。
それでも評価はまあまあ。
(なぁルミ。)
(この感じ、分かる?)
分かられたくない気もする。
こんな醜いもん。
でもこれがあるから書いてる。
冬前。
締切三日前。
クライマックス書けへん。
主人公が泣けへん。
どうしても泣けへん。
深夜二時。
ルミに電話。
「……何時やと思ってんの。」
全部話した。
泣けへんって。
「ふーん。」
少し間。
「なぁあんたさ」
息止めた。
「悲しみってさ、綺麗なもんやと思ってそうやけど」
「ほんまの悲しみって、生ゴミみたいな臭いせえへん?」
「分別できへんし、腐るし、捨てようとしたら汁垂れてくるやつ。」
「そんなんが腹ん中残るんやろ。」
「それ隠すために、綺麗な言葉で覆うんちゃう?」
(……えぐ。)
「ほんまに悲しい時ってさ、泣く余裕ないねん。」
「臭いまま抱えるしかない。」
「もういい?寝るで。」
ブツッ。
震えてた。
嫉妬とかどうでもよかった。
届かへん。
何十時間考えても行けへんとこ、数秒で触る。
キーボード叩いた。
逃したらあかん。
春。
一次通過。
ルミに伝えた。
「おめでとー。」
でもなんか薄い。
違和感。
「就活どうなん?」
「まあ、やるしかないやん。」
(……は?)
ルミがそんな事言う?
秋。
ルミ、変わってた。
「やりがいはあるかな。」
(誰やねんそれ。)
「がんばれ。」
グッジョブ。
(あかん。)
完全に変わってる。
めまいした。
ルミが遠い。
「ごめん、帰るわ。」
授賞式。
ルミ呼ばへんかった。
帰宅。
トロフィー置く。
重い。
ルミは変わったんちゃう。
削れたんや。
丸くなった。
傷つけへん言葉。
昔の言葉は違った。
ガラス割るやつやった。
盗むたびの罪悪感。
それも消えた。
私は小説家にはなれない。
インターホン。
ルミ。
傘。
来た。
分かる。
戻る。
トロフィー持つ。
窓開ける。
雨。
投げた。
音は消えた




