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全てを奪われる残酷な物語  作者: うらもり


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9/9

8話 風沼良太に視えているもの

登場人物の詳細は《0話》の前書きにて参照ください。

(……答え合わせは、もう終わっている)


人気のない旧校舎の裏手。色褪せたベンチに座り、憔悴しきった奏多の横顔を眺めながら、良太の脳内では冷徹な演算だけが回っていた。


状況証拠は、既に十分すぎるほど揃っている。


凛が別れを切り出す直前の、不自然な挙動と嘘。 そして何より、あの日の海莉の態度だ。俺がカマをかけた時の、あいつの微かな動揺と、それを隠すような饒舌さ。


さらに決定打となったのは、瀬戸内梨央奈への一本の電話だった。


以前、グループワークで一緒になった縁を使って連絡を入れた時、彼女は漏らした。『最近、悠馬と連絡がつかない時間が増えた』と。 その空白の時間は、凛が「用事」と言って姿を消していた時間と、不気味なほど完全に一致していた。


点と点は繋がり、一つの醜悪な線を描き出している。


結論――柏木悠馬による、片宮凛の強奪。


おそらく、脅迫か何かで弱みを握られ、身体の関係を持たされたのだろう。そして、あの潔癖な凛のことだ。一度でも汚された自分を許せず、奏多への罪悪感に耐えきれずに自ら身を引いた。あるいは、悠馬にそう仕向けられたか。


俺の中での確信度は、九十九パーセント。 残りの一パーセントは、俺が「そうであってほしくない」と願う、僅かな希望的観測に過ぎない。


だが、これを今、奏多に伝えるべきか?


目の前の友人は、理由がわからずに苦しんでいる。 喉から手が出るほど「真実」を欲している。


しかし、人が知りたい情報が、必ずしもその人を救うとは限らない。 「知らぬが仏」という言葉があるように、この世には知らない方が幸せな真実など腐るほどある。


もし俺が今、この推論を口にすれば、奏多はどうなる?


最愛の彼女が、親友だと思っていた男に寝取られ、汚されたと知ったら。 その絶望は、今の「理由がわからない苦しみ」を遥かに凌駕し、彼の精神を粉々に砕くトドメになりかねない。


それは、俺の望む結末じゃない。


「……良太」


沈黙を破り、奏多が縋るような声を上げた。


「お願いだ。何か気づいてることがあるなら、教えてほしい。良太は頭がいいから……僕が見落としてる何かが、わかってるんじゃないか?」


その瞳は、溺れる者が藁をも掴む必死さで濡れている。 良太はポケットの中で拳を握り、ゆっくりと息を吐き出した。


情に流されるな。 今、半端な情けで真実を渡すことは、優しさじゃない。それはただの残酷な凶器の譲渡だ。


「……悪いが、奏多」


良太は視線を外し、遠くの枯れ木を見つめたまま口を開いた。


「俺は性格が捻くれてるからな。俺が導き出した答えも、相当に捻くれた……最悪の想定に基づいたものだ」


「それでもいい! どんなことでもいいから、可能性を知りたいんだ!」


「ダメだ」


良太は短く、けれど拒絶の響きを込めて遮った。


「俺の推論には、客観的な証拠が一つもない。ただの妄想と言われても反論できないレベルのものだ。……そんな不確定で、しかもお前の心を抉るだけの『毒』を、今の弱ったお前に渡すわけにはいかない」


「毒……?」


「ああ。聞けばお前は、間違いなく今より傷つく。知りたくなかったと後悔するかもしれない。……俺は、お前にそうなってほしくない」


良太の言葉に、奏多が息を呑む気配がした。 奏多は唇を震わせ、膝の上で握りしめた拳に爪を立てている。


「……僕が、傷ついてもいいと言っても?」


「俺が嫌なんだよ」


良太は突き放すように言った。


「確証のない話で友人を地獄に落とすなんて、寝覚めが悪い。……だから、今は渡せない」


奏多がハッとして顔を上げる。


「……今は?」


「ああ。あくまで、今は、だ」


良太は奏多の方を向き、その目を真っ直ぐに見据えた。


「俺が裏を取って、確実な証拠を見つけるか……あるいは、お前がその最悪の真実を受け止められるくらいに立ち直ったら、その時は話す。約束する」


それは、良太なりの精一杯の譲歩であり、時間稼ぎだった。


奏多の瞳の中で、激しい葛藤が渦巻くのが見て取れた。 今すぐ知りたいという衝動と、良太の言葉への信頼。


数秒、あるいは数分にも感じられる沈黙の後。 奏多の肩から、ふっと力が抜けた。


「……わかった」


奏多は弱々しく、けれど納得したように頷いた。


「良太がそこまで言うなら……今は、聞かない。良太の判断を信じるよ」


「……ああ、そうしてくれ」


良太は内心で安堵の息を漏らした。


今はこれでいい。 とりあえず、最悪の爆弾が爆発することは防いだ。


だが、これは問題の先送りに過ぎないことも理解している。


悠馬と凛、そして奏多。 この歪なトライアングルが表に露呈するのは時間の問題だ。


その時、こいつはどうなる。 どれくらいの絶望に叩き落とされる。


冷たい風が吹き抜ける中、良太は隣で俯く友人の背中を見つめる。


更なる絶望に突き落とされたとき、誰がどれくらいのことをしてやれる。 そして考える。


どうすれば中島奏多は救われる。

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