4話 柏木悠馬と斎藤海莉
登場人物の詳細は《0話》の前書きにて参照ください。
午前十時。一コマ目の講義が終わる頃合いの学内カフェは、まだ人もまばらで、穏やかなボサノヴァが流れていた。
窓際の席で、海莉は退屈そうにスマホの画面をスクロールしていた。向かいの席にドカッと乱暴に座る気配がして、ようやく顔を上げる。
「……遅いよ、悠馬。もうラテ冷めちゃった」
「わりい。身体が重くて起き上がれなかったんだよ」
現れた悠馬は、これ以上ないほど不機嫌な顔で欠伸を噛み殺した。目の下には濃い隈があり、パーカーの首元からは、隠す気もない赤紫色の鬱血痕がいくつも覗いている。
「へえ。随分と激しい夜だったみたいだね。……凛ちゃん、生きてる?」
海莉がニヤニヤしながら尋ねると、悠馬はニヤリと口の端を吊り上げた。
「ああ。朝方まで鳴かせすぎたせいで、腰が抜けて立てなくなってやがる。今頃俺のベッドで、自分のヨダレと愛液にまみれて気絶してるはずだ」
悠馬はブラックコーヒーを一口啜り、獲物を食い散らかした後の獣のような、満足げな息を吐いた。
「いやあ、やっぱり凛の体は最高だわ。あのFカップの乳、間近で見るとマジで暴力的なデカさだぞ。吸い付くたびにブルンブルン揺れてさ。それに、肌の吸い付きも極上だ。中に出した時のあの締め付けなんか、そこらの女とは格が違う」
悠馬は指先でカップの縁をなぞりながら、昨夜の感触を反芻するように目を細めた。
「最初はあんなに拒んでたくせに、今じゃ俺が『舐めろ』って言えば、犬みたいに舌出して這いつくばるんだぜ? あの高潔な聖女様が、奏多への純愛を誓ったその口で、俺のを喜んで咥え込んでる姿を見るのは……何物にも代えがたい最高の酒の肴だよ」
「ははっ、エグいねえ。完全に調教完了ってわけか」
「まあな。……ただ、最近ちょっと反応がワンパターンになってきたのがネックだな。どんなにイイ女でも、毎日フルコースじゃ胃もたれするっていうか、飽きが来るんだよな」
悠馬は贅沢な悩みを口にしつつ、ふと思い出したように付け加えた。
「そういや最近梨央奈食ってねえな」
「おや。非常食扱いで放置してるんじゃなかったの?」
「いや、なんか急に食いたくなってきた。あいつの、何も考えずに俺に尽くしてくるあの馬鹿っぽい感じ、たまに味わいたくなるんだよな。凛みたいな高級料理もいいけど、梨央奈みたいなジャンクな味も、久々に悪くない」
悠馬はスマホを取り出し、「今夜空いてるか?」と梨央奈にメッセージを打ち込み始めた。一人の女に執着せず、その時の気分で女を使い分ける。それが悠馬のスタイルである。
「相変わらず、性欲の化け物だねえ、お前は」
海莉はケラケラと笑いながら、自分のスマホの画面を悠馬に見せた。
「僕の方も最近、新しいのが釣れてさ。ほら、これ」
画面に映っていたのは、胸元の大きく開いた服を着た、派手な顔立ちの女の写真だった。
「……誰だこれ。知らねえ顔だな。学外?」
「うん、三つ上の社会人。マッチングアプリ。この乳、ヤバいでしょ? 本物だよ。スタイルも抜群で、ベッドの上じゃ規格外の動きするんだ」
「へえ、いいじゃねえか。大当たりかよ」
「んー、でもちょっとネックがあってさ。こいつ、すぐ『死にたい』とか『私を捨てないで』とか言ってくるメンヘラ気質なんだよね。昨日も夜中に長文の病み連絡送ってきてさ、処理が面倒くさい」
海莉は困ったように眉を下げてみせたが、その瞳は全く笑っていなかった。
「ま、そういう手のかかる女を、言葉巧みに依存させて、骨の髄までしゃぶり尽くすのも、それはそれで面白いゲームだけどね」
「悪趣味だな、お前も。……どいつもこいつも、俺たちに抱かれて幸せなんだから、感謝してほしいもんだぜ」
朝の爽やかな光が差し込むカフェで、二人はコーヒーを飲みながら、そんな反吐が出るような会話を平然と続けていた。
その時だった。
海莉がふと視線を窓の外に向け、面白そうなものを見つけたように目を細める。
「……おや。珍しい顔が見えるよ、悠馬」
「ん?」
悠馬が気だるげに振り返る。 カフェのガラス越し、遠くの中庭を、一人の男子学生がふらふらと歩いていた。
奏多だった。
最後に見た時よりも一回りは小さくなったように見える背中。俯き加減で、足取りは重く、全身から生気が抜け落ちている。まるで、中身のない抜け殻が歩いているようだ。
「……へえ。久しぶりじゃん。二週間ぶりくらいか?」
悠馬の声色が、先ほどまでの倦怠感から一転し、残酷な愉悦の色を帯びた。
「生きてたんだね。もっと酷いことになってるかと思ったけど、一応大学に来る気力は残ってたんだ」
「いやいや、あれはもう死んでるも同然だろ。見てみろよ、あのツラ。この世の終わりみたいな顔してやがる」
二人は顔を見合わせ、クスクスと笑った。
親友だったはずの男の絶望は、彼らにとって最高のエンターテインメントだった。自分たちが作り出した地獄で、無様に藻掻き苦しむ姿を見ることは、何よりも彼らの歪んだ自尊心を満たしてくれる。
「……なあ、海莉」
悠馬がわざとらしいほど真剣な声色を作って言った。
「あいつ、あんなに落ち込んじゃって……友達として放っておけないよな?」
海莉はすぐにその意図を察し、深く頷いてみせた。
「そうだね。僕たち『いつメン』だもんね。心配してあげるのが友達の務めってやつだ」
「だよな。……よし、後で声かけてやるか。たっぷりと慰めてやろうぜ」
「賛成。……どんな顔するか、楽しみだね」
二人は残ったコーヒーを飲み干すと、席を立った。 その足取りは軽く、これから始まる残酷なショーへの期待に満ち溢れていた。
彼らの背後には、ただドロドロとした悪意だけが、カフェの空気の中に重く澱んでいた。




