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全てを奪われる残酷な物語  作者: うらもり


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3話 良太と月乃

登場人物の詳細は《0話》の前書きにて参照ください。

冬の日は落ちるのが早い。


大学での講義を終え、月乃がアパートに帰り着く頃には、空はすでに深い藍色に沈んでいた。 吐く息が白く濁る寒さの中、マフラーに顔を埋めるようにしてエントランスの階段を上る。


三階の角部屋。その隣が、月乃の部屋だ。 鍵を取り出そうとしたその時、隣のドアがガチャリと無愛想な音を立てて開いた。


「あ……」


出てきたのは、寝癖のついた髪を適当に手櫛で撫でつけ、厚手のパーカーにサンダルという、いかにも「ちょっとそこまで」という恰好の良太だった。


「……ん? おかえり、月乃」


良太は眠そうな目を擦りながら、欠伸混じりに声をかけてくる。


「ただいま、良太。……その恰好、またコンビニ?」


「んー。腹減ったからカップ麺でも買おうかと。今日のイベント周回、結構ハードでさ。カロリー使った」


指先だけでゲームの操作をする真似をして見せる良太に、月乃は呆れたように、けれど愛おしそうに溜息をついた。


「あのねえ……。良太、またお昼も適当に済ませたんでしょ? そんな生活してたら、いくら頭が良くても体壊しちゃうよ」


「平気だよ。俺の体は保存料で防腐処理されてるから」


「屁理屈言わないの」


月乃は良太の腕をぐいっと掴んで、エレベーターの方へと方向転換させた。


「ほら、スーパー行くよ。今日は私が何か作ってあげるから」


「えー……めんどくさい。コンビニでいいよ」


「だーめ。冷蔵庫、どうせ空っぽなんでしょ? 野菜もお肉もちゃんと摂らなきゃダメ。……ほら、行くよ!」


「……はいはい。わかったよ」


良太は渋々といったポーズを見せながらも、掴まれた腕を振りほどこうとはしない。


幼い頃から繰り返されてきたこのやり取り。良太にとって月乃の世話焼きは、鬱陶しいようでいて、なくてはならない日常の一部なのだ。


夕方のスーパーマーケットは、夕食の買い出しに来た主婦や学生たちで賑わっていた。 カートを押す良太の隣を、月乃が小気味よい足取りで歩く。


「今日は寒いから、お鍋にしようか。白菜と、豚肉と……あと、良太の好きなキノコも入れようかな」


「エノキ入れて。あとマロニー」


「ふふ、即答だね。わかった、マロニー多めにする」


食材を選んでいく二人の空気は、恋人というよりは、長年連れ添った夫婦のように自然で、滑らかだった。 言葉を交わさずとも、良太がスッと高い棚にあるポン酢を取り、月乃がそれをカゴに受け取る。そんな阿吽の呼吸が、二人の間には流れている。


「……ねえ、良太」


鮮魚コーナーの前で、月乃が不意に足を止めて良太を見上げた。


「ん?」


「明日は、一緒に大学行こうよ」


唐突な誘いに、良太は少しだけ眉を上げた。


「……明日は行かなくていい日だ。あと三回休んでも出席日数は足りるし、テストでミスらなきゃ単位は余裕で取れる」


「それはわかってるけど。……たまにはいいでしょ? 最近、良太と並んで歩いてない気がするし」


月乃は悪戯っぽく微笑んで、小首を傾げた。


月乃は精神的に自立している。普段は良太の「効率主義」を理解し、無理に付き合わせたりはしない。断られたら断られたで、「じゃあまた今度ね」とあっさり引くようなサバサバしたところがある。


そんな彼女が、こうして自分から「一緒に行こう」と誘ってくるのは珍しいことだった。 良太は月乃の顔をじっと見た。


深刻さは微塵もない。ただ、純粋に「明日は良太と行きたい気分だから」というフラットな提案。 だが、だからこそ良太には、その裏にある「なんとなく一緒にいたい」という彼女の機微が伝わってくる。


良太は短く息を吐くと、軽く頭を掻いた


「……はぁ。わかったよ。行くよ、一コマ目から」


「ふふ、ありがとう。じゃあ明日は私の部屋にお迎えに来てね」


「なんでだよ。隣なんだから現地集合でいいだろ」


「いいの。一緒に行くって言ったでしょ?」


月乃が嬉しそうに微笑むと、良太もつられたように微かに口角を緩めた。


レジを済ませ、ビニール袋を提げてアパートへの帰路につく。 冷たい夜風も、二人で並んで歩けば不思議と心地よかった。


外の世界では、奏多の失踪や不穏な噂が飛び交っている。けれど、良太の隣というこの場所だけは、どんな悪意も届かない「銀色の安息」だ。


「……あ、そういえば」


アパートの階段を上がりながら、良太が思い出したように言った。


「飯食ったあと、暇だろ。新作の対戦ゲー買ったんだ。一緒にやろうよ」


「えー、また? 良太、手加減してくれないから嫌なんだけど」


「わかった。じゃあ今日はハンデあげる。コントローラー逆さ持ちでやる」


「何それ、舐めてるでしょ! ……もう、いいよ。ボコボコにしてあげるから」


月乃はむくれながらも、その声は楽しそうに弾んでいた。


部屋の前で、「じゃあ、後でね」と手を振って別れる。 隣り合うドアが閉まる音。


壁一枚隔てた向こう側に、一番大切な人がいるという安心感。 それは、壊れかけた日常の中で、唯一変わらない温かな光として、二人の生活を照らし続けていた。

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