2話 変わった日常
登場人物の詳細は《0話》の前書きにて参照ください。
十二月の寒空の下でも、大学のカフェテリアは暖房と学生たちの熱気で満たされていた。
月乃と穂乃果は、いつもの窓際の席でランチを広げていた。プレートランチの湯気が立つ穏やかな光景。けれど、二人の会話の端々には、拭いきれない小さな棘が刺さったままだった。
「……奏多、今日も来てなかったね」
穂乃果がサラダをフォークで突きながら、心配そうに呟く。
「うん。これで丸二週間だよ。さすがにちょっと、まずいよね」
月乃も溜息混じりに頷いた。
あの事件――奏多がカフェで取り乱し、凛との破局が明るみに出たあの日以来、奏多は一度も大学に姿を見せていない。 グループチャットには既読すらつかず、個別に送った連絡も返ってこない。
「この時期に二週間も休むなんて……単位、大丈夫かな。奏多、真面目だから出席は足りてると思うけど、期末テスト受けなかったらアウトだよね」
「そうだね……。それに、凛も」
月乃が視線を落とす。
凛は大学には来ている。けれど、かつてのように月乃たちと一緒に食事をしたり、空き時間を過ごしたりすることはなくなった。 講義が終わればすぐに姿を消し、話しかけても「ごめん、急ぎの用事があって」と、薄い笑顔で壁を作って去っていってしまう。
「昨日、凛に会った時にそれとなく聞いてみたの。『奏多と、何かあったの?』って。……でも、『うん、ちょっとね。でももう終わったことだから』って、話を逸らされちゃった」
「私の方も同じ。……あんまり触れてほしくない感じだったよね」
もちろん、カップルの別れ話に部外者が土足で踏み込むべきではないことは分かっている。恋愛のもつれなんて、大学生ならどこにでも転がっているありふれた話だ。
それでも、あの仲の良かった二人が、ここまで完全に断絶してしまったことへの違和感は消えなかった。
「……まあ、私たちがここで悩んでも仕方ないんだけどね」
月乃は努めて明るく振る舞い、話題を切り替えた。
「単位といえば、良太も人のこと言えないし」
「ふふ、良太くんも来てないの?」
「来ないよ。『今の俺の出席率はギリギリのラインを攻めてる。これ以上休むと落単だが、これ以上行くのは時間の無駄だ』とか訳の分からない計算して、今は部屋でイベント周回してる」
「あはは、良太くんらしいね。怜くんとは大違い」
穂乃果がくすくすと笑う。
「怜くんは、今日もゼミの発表準備で図書館に行ってるよ。……みんな、少し前まではこの席で一緒に笑ってたのにね」
ふと、感傷的な空気が流れる。 その時だった。
ガラス張りの窓のずっと向こう、中庭のテラスを歩く集団が、ふと月乃の視界に入った。
「あ……」
月乃の視線を追って、穂乃果も外を見る。
遠目に見えたのは、悠馬と海莉だった。
かつては奏多を含めた男三人組で行動することが多かった彼ら。奏多がいなくなった今、二人は沈んでいるどころか、以前よりも派手で、楽しげな空気を纏っていた。軽そうな雰囲気の後輩らしい男子二人を引き連れ、四人で大声で笑いながら歩いているのが、距離があっても雰囲気で伝わってくる。
以前なら、月乃たちの姿を見つければ、悠馬はすぐに近づいてきて「よお、お姫様たち」などと茶化し、強引に会話に入り込んできていたはずだ。
けれど、今の悠馬は、カフェテリアの方を見ようともしない。
彼らにとって、月乃たちがここにいることなど、もう意識の端にも引っかかっていないようだった。
だが彼女らも、元々彼らのことはあまり好きではなかったため、そんなことはどうでもよかった。それよりも気になることがある。
「……なんにも気にしてなさそう」
無論、先の話である。
「うん。……奏多があんなことになってるのに、あの二人はすごく楽しそう」
もちろん、友達が失恋したからといって、一緒に落ち込まなければならない義理はない。
けれど、かつて「いつメン」と呼ばれていた友人が一人欠けているというのに、その欠落を微塵も感じさせない彼らの底抜けの明るさは、どこか薄ら寒く、残酷なものに見えた。
悠馬たちは、何か新しい、刺激的な「おもちゃ」を手に入れた子供のように、充実した表情でキャンパスの向こうへと消えていく。
月乃は、冷めかけたカフェラテを口に運んだ。 ただ、少し季節が進んだだけのはずなのに。
自分たちの大学生活の色合いが、以前とはまるで違う冷たいものに変わってしまったことを、二人は言葉にせずとも肌で感じていた。




