第六話「決闘」
遅くまで談笑した次の朝、軽く朝食をすませ俺達は予定時刻の五分ほど前に宿を出た。
外ではすでに昨日乗った魔導車が路肩に止まっていた。車体の金属は朝日を受けて鈍く光り、魔力の紋様がかすかに淡く脈打っている。
俺たちが慌てて駆け寄ると、マシューさんが恭しく出迎えてくれた。
「ソウスケ様、おはようございます」
「あ、おはようございます。すみません待たせてしまったみたいで」
「いえいえ、お気になさらず。ソウスケ様のお連れの皆さまですね。どうぞ、お乗りください」
「すっごー、運転席と壁があるんだね」
と、魔導車に乗り込み席の上で跳ねるニコにジェットも「ホントだ」と呟いた。
静かに走り出す車内、俺は意識を切り替えるように本題を切り出した。
「じゃあ昨日話したように、俺とニコが呪いの指輪の破壊、シリウスとジェットが特別推薦枠の交渉で」
「うん」
「そんな落ち込むなよな、ソウスケ」
言葉とは裏腹に、シリウスの口元はニヤついていた。
「そうだぞ、お前の前にシリウスに入れ込む可能性だってあるだろ」
横でジェットが、まるで当然の事実でも告げるように淡々と続ける。
「そしたら四角形になるねっ!」
「四角関係ね。」
「死ねっ!」
……こいつら連れて来るんじゃなかった。
黒歴史確定。
縁を切ります。
現実逃避に更ける俺を他所にニコ、シリウス、そしてジェットは窓の外に夢中だった。
「ねぇ!あのおじさんうんこみたいな帽子被ってるよ」
「マジ?」
「うわっホントだ!とぐろ巻いてるじゃん」
「最先端だな」
魔導車に揺られる道中、窓の外では森を抜ける風が葉をざわめかせ、遠くには灰色の山脈が霞んでいた。
その静かな景色とは裏腹に、車内では耳障りな談笑が続く。
必死にシャットアウトを試みるも、気づけば目的地が迫っていた。
「広っーー!これが別邸?」
感嘆の声を上げるニコに続いて魔導車を降りると、涼しい森の風と共に、石畳の道に高くそびえる白亜の屋敷が視界に広がった。窓のガラスは陽光を受けて宝石みたいにきらめき、玄関前には威厳ある佇まいのルークさんが待っていた。
「よく来てくれたね、ソウスケ君」
「おはようございます。本日はよろしくお願いします」
と、口にした俺は流れで皆の事を軽く紹介した。
紹介を終えても、ルークさんの目はしばらくシリウスに釘付けのままだった。
無理もない。あの顔は、初対面なら誰だって一瞬言葉を忘れる。
「今日は来てくれてありがとう。カリナは居間にいるから着いてきて」
しかし流石は貴族。
すぐに固まった顔を緩め、言葉を紡いだ。
昨日と違い、玄関を潜り階段を通り過ぎると、そこには広々とした、しかし質素で落ち着いたリビングが広がっていた。
ソファーに囲まれた低めのティーテーブル、反対には食事用の長机に椅子が十脚ほど並んでいる。
その奥、二番目の席に彼女は座っていた。
忘れたくても忘れられない、群青の髪と氷のように澄んだ瞳を持つ美女――カリナさん。
今日は薄いアイスブルーのワンピースに、白いショールを肩に掛けていた。
シンプルな作りなのに、胸元や袖の細かな刺繍が丁寧で、
着ているだけで品の良さが滲み出るような佇まいだった。
彼女は俺達を見た瞬間、パッと口角を上げ、立ち上がる。
その弾みに淡い布地が静かに揺れ、群青の髪と氷色の瞳をよりいっそう際立たせていた。
その笑みは小さな灯りみたいに胸の奥に広がり、次の瞬間、眩暈がするほど澄んだ声が耳を打った。
「おはようございます、ソウスケさん」
その音色だけで、空気が震えた気がした。
毅然とした令嬢らしい声色なのに、俺の名を口にするとき――ほんの一瞬、わずかに間があった。
かすかに揺れた視線を見逃さなかったのは、きっと俺だけだ。
「あっ」
思わず固まった俺は、ジェットの肘突きでようやく我に返った。
……やばい。これは仕事だ。切り替えろ、俺。
「おはようございます。体調はどうですか?」
「はい!おかげさまで気怠さはなくなりました」
「それは…よかったです」
その後、俺達はメイドさんに案内され、引かれた椅子に腰を下ろした。
視線の先には、こちらをじっと見守るカリナさんの姿。どうにも胸の鼓動が落ち着かない。
そんな緊張を和らげるように、ほのかな香りが漂ってきた。
メイドが運んできたお茶は、鮮やかな琥珀色に輝いていた。
カップを覗き込むと、鮮やかな琥珀色が揺れる。
「どうぞ、我が家特製のハーブティーです」
一口すすると、爽やかな甘みが喉を撫でていく。
「……これ、うまっ。ニコ、甘いぞ」
「ホントだー!砂糖入ってないのにすごい!」
ついつい声が弾んだが、ルークさんは笑みを浮かべ、ゆっくりとカップを置いた。
「あっ…すみません。はしゃいじゃって…」
「ううん。皆仲がいいんだね。羨ましいね、カリナ」
「ふふっ、そうですね」
「幼馴染だもん、ねっ!」
なぜか胸を張るニコ。
その姿を微笑ましく見守ったルークさんは両肘をテーブルにつき、静かに言葉を紡ぎ始めた。
「じゃあ、治療を開始してもらう前に報酬を決めたいんだけど、いいかな?」
「もちろんです」
「僕の予想だと君たちは単にお金が欲しいわけじゃない。そうでしょ?」
「……」
目を見開いていると、シリウスがバトンを受け取ってくれた。
「そうです。端的に申し上げますと僕たちはアストラ・アカデミアへの特別推薦枠を行使して入学したいのです」
「特別推薦枠?ですか?」
カリナが不思議そうに尋ねるとシリウスは頷いた。
「はい。こちら一般的には入学試験を必要とする学園ですが、実はこの国の貴族様からの推薦で編入も可能だとこちらにーーー」
と、朝方図書館から取ってきた用紙をシリウスは二人に見せた。
「…知らなかった。こんな制度があったんだね」
「どうも…過去に行使された事例はあるようですが、筆記と実技の試験があるようでこの試験を突破したものがいないため、忘れられてしまったのかと…」
「なるほど。君たちは学園へ入りたいわけだね」
「その通りでございます」
「目的を聞いてもいいかな?」
「もちろん。塔を攻略し踏破するためです」
「…なるほど」
ルークさんの瞳が一瞬だけ鋭く光った。
「…実は数か月前から、隣国の侯爵家から通達があってね。――“四人組の少年たちを探して捕らえろ”という手紙だった」
「何でも自国の塔を勝手に踏破した四人組がいたみたいでね、報酬を渡せずに消えてしまって、困っているという話だったんだ」
「……えっ?」
ニコが小さく声を漏らした瞬間、俺たちは一斉にそちらを振り向いた。
――バカ、黙れ! 心の中で叫んだのは俺だけじゃないだろう。
心臓が跳ねる音が、やけに大きく響いた気がした。
「そうか。やっぱり君たちだったんだね」
ルークさんは薄く笑みを浮かべながらも、その声音は確信に満ちていた。
「…それで?俺たちを引き渡すんですか?」
シリウスが低く問いかけた瞬間、場の空気が張り詰めた。
隣で椅子が軋む音がしたかと思うと、ジェットが立ち上がり、裾から短剣を抜き放っていた。
「っ……!」
突然のことに息を吞むカリナさんを横目に、ルークさんは小さく微笑んだ。
「いや?安心してくれ。恩人を売るほど、僕の誇りは安くないよ」
「それに、君たちに僕らで捉えられるなんて思えないしね」
「…じゃあ?」
俺の一言にジェットの動きがピタリと止まる。
手をかざして制すると同時に、静かに首を横に振った。
ルークさんはそんな俺を見つめて微笑みを浮かべた。
「むしろおかげで君たちの異常な強さに納得できたよ。だから、条件をもう一つ追加させてもらいたい」
「条件ですか?」
と、ルークさんはバッとカリナさんに視線を向け、意を決したように告げた。
「カリナを、『決闘』で勝たせてほしい。それが推薦を出すための条件だ。どうだい?」
「っ兄さん!」
カリナさんの青い瞳が揺れたところで、俺たちの会談は思わぬ方向へ転がり始めた。
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