第四話「薬指」
「ただ……」
「ただ?」
ルークがあごに指を乗せる。
「仲間の魔力を借りないと難しいですね」
「仲間……パーティのことだね?」
ルークは確認するように言った。
希望と警戒、そのどちらにも傾ききれない――そんな表情で俺を見ている。
「はい。なのでよろしければ明日、仲間を連れてもう一度こちらへ伺わせていただきたいのですが、どうでしょうか?」
しばし俺の目を見据えたあと、ルークは静かに頷いた。
「もちろん。カリナ、どうだい?」
「...はいっ。ぜひ、お願いします!」
ぱっと顔を上げ、必死に押し殺していた希望が、堰を切ったように声に滲んだが、すぐに視線を伏せてしまった。
その仕草が可愛すぎて、抑えきれず心の中で叫ぶ。
「ありがとうございます」
嚙みしめるように言葉が漏れた。
「いやいや、感謝するのはこちらだ。本当にありがとう」
「私からも…ありがとうございます」
カリナが小さく頭を下げる。
……一目惚れしただけなのに、なんだかとんでもないことになってきた。
「じゃあ――今度こそ。今度こそマシューを呼んでくるから、ちょっと待っててくれないかい?」
「はい、わかりました」
先ほどの緊張を振り払うように、苦笑を交えて言うルークに笑みがこぼれた。
バタンっ。
釣られて上げた口角が自然に下がってから俺はふと我に返った。
あれ…二人きりじゃん、と。
……沈黙。
静寂が重くのしかかり、心臓の鼓動ばかりが耳に響く。
……長い。
ほんの数秒が、やけに長く感じられる。
鼓動が早すぎて、もう誤魔化しようがなかった。
塔でもこんなに緊張したことがない。
扉から後ろに振り返られない。
あー、もう。
……シリウスの恋愛授業を聞いておけばよかった。からかってばかりでノートなんて取ってない。
不意にちらっ、とカリナから視線を感じた。
無意識に釣られるように彼女に向くと、スッと目を逸らされる。
ぶつかる視線。逸らす視線。
追いかけっこのように、お互いの目が何度も交差しては逃げていく。
気まずさよりも、何だかお互いが同じ心境なんだ、と思えてホッとした。
四度目、五度目。
もう誤魔化しきれない。
「……っ」
ふいっと視線を逸らしたその瞬間、互いの口元が同時に緩んだ。
「あは……」
「くっ……」
堪えきれず、二人して小さく吹き出してしまう。
「……その、今日は来てくださってありがとうございました」
ぽつりと俺が口を開く直前にカリナが呟いた。
「……あの、私……さっき、変でしたよね」
不意の言葉に、思考が一瞬止まる。
心臓が跳ねて、喉が詰まった。
「は、はい!? いや、その……変じゃなくて……か、可愛……いや! なんでもないです!」
……しまった。
口をついて出た言葉に、耳まで熱くなるのがわかった。
カリナさんも一瞬ぽかんとして、それから小さく笑みを零す。
からかわれているわけじゃないのに、余計に気恥ずかしくなる。
気まずさに耐えきれず、俺は話題を無理やり変えた。
「カリナさんは魔術が使えるようになったら、何がしたいですか?」
「……」
「あ、難しいですよね…急にごめんなさい」
「いえ、なんだか治る実感が湧かないというか。不思議な感覚なんです。二年間この呪いに悩まされて、突然治るとなっても感覚が抜けないというか…」
「絶対治しますよ。絶対に。」
強い言葉に、カリナはふと瞬きをした。
信じたい。でも、心の奥にまだ恐れがある。
二年もの間、閉ざされてきた魔力の感覚は、簡単には拭えない。
「……信じたいです。でも、不思議なんです。まだ夢みたいで……」
そう言いながら、指先で群青色の髪をくるくると巻く。
落ち着かない仕草に、わずかな笑みがこぼれる。
「ふふっ、なら、そうですね。もし本当に治るなら……私は氷属性の魔術を使ってみたいです」
「いいですね。カリナさんの適正は何なんですか?」
「一度受けた魔力適正では水と風に適性があったんです」
「ーーーソウスケくーーん!」
と、俺が返答をしようとしたタイミングで、遠くからルークさんの言葉が階段を通って聞こえてきた。
もどかしいが、ルークさんを待たせるわけにはいかない。
「いいですね。絶対に治すんで安心してくださいね!」
「ふふ、心待ちにしております」
「では、お呼びがかかったので。また…」
椅子にへばりついたケツをフンッと持ち上げ俺は扉に手をかけた。
「はい。心待ちにしております」
階段を降りると玄関の前にルークさんが立っていた。
「ごめんね。待たせちゃって」
そう口にする彼は先ほどとは違って安堵に満ちていた。
「いえ、気にしないでください」
「ありがとう。じゃあ明日は何時ごろに迎えに行けばいいかな?」
魔導車へ向かいながら問われた。
「僕らはいつでも大丈夫ですよ。皆さんの都合のいい時間帯であればいつでも」
「じゃあ、朝の十一時頃でもいいかい?」
「わかりました」
マシューさんは後部座席の前に立っていた。
俺達が近づくと彼はスッと扉を開き、俺を招き入れた。
会釈を一つ、車に乗り込むとルークさんから小袋を手渡された。
「これが今回の報酬だね」
「え、いやいや。また明日にしてくださいよ。まだ治療もしてないわけですし」
「じゃあ、今日の拘束料として受け取ってよ」
有無を言わさぬ物言いに俺は折れるしかなかった。
「……分かりました。ありがとうございます」
「何度も言うけど、本当に助かったよ。カリナのあんな顔久しぶりに見たよ」
その言葉に胸が熱くなる。
絶対に治してやると俺は心に誓った。
静かに動き出した魔導車が見えなくなるまでルークさんは入口に立っていた。
兄妹揃って律儀な人たちだ。
執事のマシューさん運転のもと俺は暮れ始めた日を見つめながら魔導車に揺られる。
ペンキをぶっかけたぐらい濃いオレンジの夕暮れを見つめながら俺は思いを馳せた。
心臓痛かったなぁ。
死ぬほどテンパった。
嫌われてないだろうか。
帰ってシリウスにアドバイス貰わないと。
しっかし……目が潰れるほど美しかったなぁ。
外見と内面が釣りあう奇跡。
塔具が霞むぐらい綺麗な手だったな。
俺は自分の右手を見下ろしニギニギ拳を作ったり離したりしながら彼女の手のぬくもりを思い起こした。
暖かくて、柔らかくて、しなやかで……。
あれ?
……ちょっと待てよ。
あの塔具。
もしかしなくても、薬指についてなかったか?
薬指って――婚約とか、結婚とか、そういう……。
ガクンと心臓が落ちた気がした。
さっきまで夕陽に染まっていた景色が、色を失っていく。
あれ?
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