第二話「それほどに、彼女は美しかった。」
病、そして貴族―――。
先週の高額依頼を出したのは、たぶんこの男だろう。
直観がそう告げていた。
正直、手を貸したい気持ちは…ある。
大金という恩があるわけだし。
胸がキュッとしまる。
でも、貴族相手に下手に動くとロクなことにならない事を俺は知っている。
だからこそ、複雑な気持ちで立ち尽くしてしまった。
葛藤していると、再びポンと肩に大きな手が置かれた。
立っていたのは、さっき話した壮年の冒険者。
彼は貴族の青年に視線を向けると、俺をはたいた。
「こいつ、ヒーラーですよ」
「「えっ!?」」
無意識に、金髪青年と一緒に驚いてしまった。
見抜かれたことに口をあんぐりしていると、彼が首を傾げた。
「お前ヒーラーだろ?」
「…なんで知ってるんですか?」
俺の問いにニヤリと巨体が口角を上げる。
「当たりか、ギルドに一人で出入りする奴はヒーラーって相場が決まっているんだぜ?」
何!?そうなのか?初耳だぞ!
あいつらそれを知ってて…いや、そんなわけないか。
「じゃあ、あなたも…?」
「俺は違う」
なんだそれ。
と、立ち止まっていると、青年が一歩踏み出して、深々と頭を下げた。
「突然で申し訳ない。
けれど、妹に治癒を掛けてもらえるのなら、報酬はきちんと支払います。
どうか、力を貸してもらえませんか?」
返ってきたのは、身分を笠に着た命令じゃなかった。
震える声での、必死な懇願だ。
なんだ、この人。
もっと「俺の言うことを聞け」って高圧的に来るかと思ったのに。
これじゃ、ただの――妹を想う、一人の兄貴じゃないか。
……困ったな、調子狂う。
とはいえ、ここで見捨てるほど俺は終わってない。
それに…この大男の前で、二度も格好悪いところ見せたくないしなっ!
「僕でよければもちろん。妹さんの所へ連れて行ってください」
胸を張ると、隣の大男が笑ったような気がした。
「…ありがとう。本当に、ありがとうございます」
ゆっくりと顔を上げて青年は踵を返す。
「案内します!申し訳ありませんが、どうかついてきてください!」
これはすごい一日になったな。
駆ける青年の背中を見て思う。
初めて記念日が二つも出来た。
青年の後を追い、ギルドを出ると外には一台の魔導車が停まっていた。
そのまま彼と共に乗り込むと、すぐさま車体が低く唸りを上げ、ゆっくりと走り出した。
外観もそうだが、内装も質素な一台だった。
柔らかいクッションや魔導式の照明など、いわゆる「貴族の乗り物」にあるような豪華さはない。
けど逆に、それが気を張らせすぎなくて済んだのも事実。
静かに揺れる車内。
目の前に座る青年が軽く息をつく。
「…先ほどは、取り乱してしまって申し訳ない。僕はルーク・フロイライン。あなたのお名前を聞かせてくれませんか?」
先ほどの堂々たる雰囲気とは違い、少しばかり気まずそうだった。
それよりも「フロイライン」。
間違いなければ、この国の公爵家だ。シリウスがそんなことを言っていた気がする。
「ソウスケ、です。あー…ソウスケだけで大丈夫です」
そう名乗ってから、ふと気になって口を開いた。
「それと…ルークさん、敬語はやめてもらえませんか?胃酸が迫り上がるので」
ルークはやわらかく笑った。
「わかった、じゃあソウスケ君と呼ばせてもらうね」
「ありがとうございます。その前に、ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「もちろん。何だい?」
「先週マシューの名前でギルドに依頼をしていたのはルークさんですか?」
俺の問いにルークさんは大きく目を見開いた。
「…よくわかったね。もしかして…君が?」
「はい。僕というか僕たち、ですけど」
「そうか。これは運がいい」
「まさか依頼をすべて達成してくれた人に出会えるなんて。無茶な依頼の数々をどうもありがとう」
そういうと、再びルークさんは頭を下げた。
慌てて頭を上げさせながら口を開いた。
「いえいえ、高額な依頼を受けさせてもらって、僕らが感謝したいぐらいですよ」
俺は続けた。
「それよりも、依頼品から察するに何かの病があるんですか?」
ルークの目がスッと鋭くなった。
やってしまった、踏み込みすぎたか―――そう思ったとき、ルークはほんの一瞬迷ったように視線を落としたが、すぐに微笑んで続けた。
「うーん…どこまで話せるかなぁ。でも、これくらいならいいか。妹は、端的に言うと魔力が出せない状態なんだよ」
「魔力が出せない?」
「うん、二年前からなんだけどね。今日も鍛錬をしていて倒れちゃって。……ただ、ソウスケ君には体力の回復だけをお願いしたいんだ。長居させるつもりもないし、原因を探ってほしいなんて無茶は言わないから」
その言葉に少しだけ歯がゆさを感じた俺は、静かに頷いた。
「あ、報酬は今までの依頼金と同額でもいいかな?」
「そんなに…いいんですか?」
またしてもこの人は、当然のように大きなものを差し出してくる。
貴族の余裕なのか、それとも本心からのものなのか。
「もちろん。これまでの恩もあるし、それに君たちには君たちの目標があるんだろう?」
「そうですね、出来るだけ早くお金を稼ぎたいです」
俺の言葉に、ルークの視線がほんの少しだけ鋭くなった気がした。
けれど、それは疑いでも侮蔑でもなく、何かを探ろうとするような眼差しだった。
「早急に何かあるのかい?」
「入学試験です。アストラ・アカデミアの」
言った瞬間、ルークの眉がわずかに動いた。
「へえー君たち、いくつなんだい?」
「17の年です」
「妹と同い年じゃないか。仲間も同い年なのかい?」
「はい、全員幼馴染で、同い年なんです」
「目的は、塔?」
アストラ・アカデミアには、世界有数の「塔」がある。
そして――今の人類では再現できない「塔具」が眠っている。
掘り当てれば一攫千金。俺達はそれを目指している。
「一番はそうですね。踏破したいですね」
その瞬間、ルークが少し驚いたように目を見開いた後、穏やかに微笑んだ。
まるで何かを懐かしむような、そんな笑みだった。
その後しばらく、沈黙が車内を包んだ。
徐々に町の喧騒が遠ざかり、木々のざわめきが耳に届くようになっていた。
舗装された石畳はいつの間にか土道へと変わり、人通りもまばらになっていく。
やがて、魔導車は鬱蒼と茂る山道を抜ける。
視界が開け、目の前には三階建ての大きな屋敷がポツンと建っていた。
木々に囲まれ、周囲には建物の影一つない。
ここはどうやら国境沿いの僻地のようだった。
「さぁ到着したよ。じゃあ行こうか」
魔導車を降りて辺りを見回してみても、そこは町からは考えられないほどのどかな場所で、
周囲に人の気配すらないその場所に、屋敷が一軒だけ建っている光景は、どこか現実味がなかった。
「驚いたかい?」
「…はい」
公爵家ともなれば、皆都心の一等地にでも暮らしている物だと思っていた。
「ちょっと諸事情があってね。でもこの別荘も悪くないでしょ?」
「いい場所ですね…のどかで気持ちがいいです」
「おっ嬉しいね。ソウスケ君とは気が合いそうだ」
「光栄です」
「マシュー、車は頼んだよ」
ルークの言葉に運転席に座る老齢の男性は低く「承知しました」と返答した。
「じゃあ、行こうか」
屋敷の入口へ繋げる石畳を歩くルークさんの後を追う。
左右には綺麗に手入れされた鮮やかな芝生。
寝転がったら気持ちよさそうだ。
正面玄関の前には、足首まで伸びる黒を基調としたドレスを着た使用人が立っていた。
彼女は一礼し、静かに口を開く。
「おかえりなさいませ、ルーク様」
「うん、ただいま。カリナはどう?」
「カリナ様は先ほど自室でお目覚めになりました」
「……っ、そうか。ありがとう」
ルークは短く礼を言うと、足早に屋敷の奥へ向かう。
俺も慌ててその背中を追った。
玄関の奥には、一段高くなった床が広がっていた。
その手前で靴を脱ぐと、使用人の女性がスリッパを差し出してくれる。
急いでそれを受け取り、足を滑り込ませた。
——どうやら、この屋敷では室内で靴を履かないのが作法らしい。
けれど今のルークには、そんな細部を気にする余裕もないようだった。
廊下を駆け抜ける足音が絨毯に吸い込まれていく。
壁には古い絵画や、魔道具と思しき燭台が並んでいたが、目を留める暇もない。
ルークの肩越しに見える横顔は、どこか焦りを隠せていなかった。
階段を駆け上がり、突き当たりの一室の前でようやく足が止まる。
息を整えながら、ルークは手の甲で扉を叩いた。
「カリナ、ルークだ。入ってもいいかな?」
「…はい」
帰ってきた美声に、俺は本能的に呼吸が止まった。
清流のように澄んだ声——それだけで、胸の奥が熱くなった。
人の声を聞いてこんな感想を抱いたのはシリウスに次いで二度目だった。
ルークさんは俺に軽く手を上げ、「少し待って」とだけ告げて部屋に入る。
「カリナ、気分はどうだい? まだどこか痛むか?」
「いいえ、兄さん。……ごめんなさい、また心配をかけて」
「……。謝らなくていい。悪いのは、何もしてやれない僕の方だ」
「そんなことないわ。……ふふ、そんなに暗い顔をしないで。お客様がいらしているんでしょう? 私を診てくださる方を」
「……ああ、そうだね。驚くほど若いが、信頼できる方だ。ソウスケ君、入っておくれ」
扉越しに聞こえるその声が、どうにも胸の奥に引っかかった。
言葉の意味じゃない。ただ、声の響き―――それだけで妙に惹きつけられる。
少しだけ心臓の鼓動が速くなっているのを、自分でも自覚する。
顔を見てもいないのに、こんなふうに意識するなんて…
変だな。
けど、上手く言えないけど、すごく気になる。
気のせいだ。そう自分に言い聞かせるように、首を振ってから俺はそっと足を踏み入れた。
扉がゆっくり閉まり、部屋の空気がひんやりと肌に触れる。
そして、目に映ったその光景に―――思考が停止した。
窓辺に設けられたベッドにもたれるようにして、彼女は開いた本を膝に置いていた。
群青ともインディゴともつかない、深く静かな夜空のような髪。
差し込む陽光を受けるたびに淡く揺れて、まるで薄氷のように煌めいた。
彼女の身に纏うのは、淡いブルーグレーの薄手のルームドレス。
肩や腕をを隠す長袖で、胸元には小さなフリルがあしらわれている。
華美ではないのに、所作一つでしっとり品の宿る服だった。
白磁のように透き通る肌。長くしなやかな睫毛の下にのぞくのは、淡い氷色の瞳。
顔立ちはまだ少女のあどけなさを残しながらも、どこか大人びた儚さと気品を帯びている。
そして何より目を引いたのは、身体のラインだった。
柔らかに膨らんだ胸元から、細く括れた腰、その先のシーツに隠れた脚線まで、思わず息を呑むような曲線美。
まるで現実に存在するはずのない、絵画から抜け出したような少女。
気づけば、視線が焼き付いたまま動けなくなっていた。
―――それほどに、彼女は美しかった。
瞬時に悟った。
そして理解した。
俺は―――一目惚れをしたのだと。
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