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第十八話「帰還に願いを」


 そこでカリナさんが、ふと思い出したかのように言った。


「…皆さんは闘気が使えるんですか?」


「ジェットとソウスケは使えるよ」


 ニコが即答する。


「僕は上手く魔脈を閉じられないから、出来ないんだよね」


「え...でもソウスケさんって…ヒーラーじゃないんですか?」


「そうですけど…?」


 一拍遅れて気づいた。


「あ…俺がヒーラーなのにってことですか」


「い、いえ…なのにというわけではないのですが…疑問に思ってしまって…」


「だから言ったでしょ?ソウスケはなんでもできるって!」


「では治癒も剣術も魔術も扱われるんですか!?」


 淡い氷色の瞳を煌めかせながら問うカリナさんに思考が停止するが、再び飛んできた鈍痛のおかげで何とか取り繕うことが出来た。


「ま…まぁね~」


 鼻の下を一度こすりながら答えると、横から呆れた呟きが聞こえた。


「…どこの誰だよ」


「す、凄いです…やっぱりニコの言う通りなんですね」


 爛々と輝きを増す瞳に、思考が真っ白に塗りつぶされる。

 その中に星屑が散るのを見たとき、まるで冷水を浴びせられたように意識がクリアになった。

 ……いや、あまりに眩しすぎて、感情が追いつかなくなったと言ったほうが正しいかもしれない。


「そんな事ないです。全部が中途半端な器用貧乏って事なんで」


 俺の自虐に、カリナさんは何か言い返そうと柔らかな唇を尖らせた。

 その真っ直ぐな視線に耐えきれず、俺は無理やり意識を切り替えるようにパンと一度手を叩く。


「ま、そんなことはさておき。カリナさん、脈点が視えた事ですし次の段階へ行きましょう」


 不意に俺が向けた真剣な眼差しに気圧されたのか、彼女は飲み込みかけた言葉を引っ込め、小さく、だが力強く頷いた 。

 その氷色の瞳には、期待に応えたいという、静かな炎が宿っているように見えた 。


「…っ分かりました!」


 カリナさんは木剣を握り直し、覚悟を決めるように深く息を吸い込んだ。

  でも、その肩がわずかに硬い。

 逸る気持ちが呼吸のあとを追い越したような、ちぐはぐな予備動作。

 ほんの一拍のズレだったが、俺はそれを彼女の「気合」だと思い込んで、先へ進めた。


「脈点を見つけることが出来たら次は、脈点を動かしましょう。それが出来たら闘気の完成です」


「ただ、ここから少し危険になります」


「…そうなんですか?」


 切り替えたカリナさんが真剣な眼差しで小さく頷いた。


「はい。注意は三つだけです」


 俺は指を立てながら言った。


「一つ。勢いをつけすぎない。加速が止まらなくなります」

「二つ。止める時に無理に「急停止」しない。魔脈が損傷します」

「三つ。指先の魔孔は開かない。暴走中に開くと、噴きます」


「―――今日の目標は少しだけ自発的に動かすことです。何か質問とかありますか?」


「……大丈夫です」


「ではやってみましょうか」


「はいっ!」


「では、脈点を見つけて掴んでみましょう」


 《識律彩眼》で魔力の流れを追いながら、カリナさんは意識を沈めた。

 脈点が指先を通過する瞬間、グッと魔力線の色が濃くなった。


「…惜しいです。でも感覚は合ってますよ」


 できる限り優しく声を掛けると、カリナさんはこくりと頭を振った。

 

 二度目。三度目。

 固有魔術越しに視る彼女の魔力は、必死に「脈点」を捉えようとして、その度に指先を虚しくすり抜けていく。


「手前で掴むより、感覚的には後ろから追いかけて掬う感じです」


「…はいっ」


 一時間、二時間。

 あっという間に時間が過ぎた。


 気づけば、裏庭には夕闇が迫っていた。

 オレンジ色の陽光が長く、鋭い影を地面に落とし、焦燥感を煽る。


 気を遣わせないようにとニコは瞑想を始め、ジェットは木剣を少し離れた場所で振り始めていた。


「……すみません、もう一度…やってみます」 


 場所はわかっているのに、いざ自分の意識でそれを「掴もう」とすると、脈点はぬるりと指先をすり抜けていく。


 カリナさんの声が、微かに震えていた。

 何度も、何度も。

 彼女は汗を拭うことすら忘れ、ひび割れたレコードのように同じ動作を繰り返している。


 その様子を胸が詰まる想いで俺は見つめていた。


 正直、脈点を見つけることが一番難しいと言ってしまった自分に非があるとしか思えない。

 その前から焦りを見せていたカリナさんに「実は掴む事が一番難しい事ですよ」、と投げかけてしまったのも良くない。


 気を遣わされていると思ったのか、儚げに「…大丈夫です」と笑みを浮かべて再び目を瞑る彼女に俺は掛ける言葉を見つけられなかった。


 こんな時、シリウスが居たらと考えてしまう。


 実際には、場所を知ることと、それを自発的に動かして制御するのは全く別の技術。

 僅かにでも動かすことに、数週間かける剣士だってなんら珍しくない。 だけど、二年間「無能」のレッテルを張られた彼女にとって、この足踏みはただの痛手じゃないのだと思う。


「カリナさん、今日はもう―――」「―――…まだ、やらせてください。お願いします、ソウスケさん」  


「なら、これで最後にしましょう。カリナさん、時間はまだたっぷりありますから」


「…わかりました」


 項垂れながらカリナさんは木剣を握りしめ、眼を強く瞑った。


「お願いっ…」


 魔臓…胸の奥…右肩…肘…手首、そしてーー指先を脈点が通った瞬間、―――後ろから優しく、ゆっくりと脈点を押し出した。


 俺が眼を見開いていると、カリナさんの体内で魔力が加速を始めた。 


 薄い闘気が、皮膚の上を滲む。

 その膜が一瞬だけ、波打った。


 すごすぎる。

 でも。

 ……速い。あまりにも速い。


「ん…大丈夫ですかっ?」


「……」


 とっさに声をかけるが、返事がない。

 カリナさんはぎゅっと目を閉じたまま、歯を食いしばっている。


 闘気の膜が、ふっと厚くなる。

 違和感が膨張し、加速が増長する。


「っカリナさん、止めて―――!魔脈が焼ける!」


 ピシッ、と。乾いた音と共に、彼女の握っていた木剣に深い亀裂が走った。

 その負荷が彼女の腕に届くより早く、俺は練り上げていた治癒魔術を叩き込む。


「癒光の旋律っ!」


 白銀の光が暴走をねじ伏せ、裏庭には彼女の激しい呼吸だけが残った。


「カリナさん、痛いところはありますか?」



「…はぁ、はぁ……っすみません…やっぱり、私……ダメ、ですね。…役立たずのまま…みたいっ」


 折れた木剣を見つめ、彼女がなぜ絶望しているのか、その理由が俺には一つも思い当たらなかった。


 何に悲しんでいるのかサッパリわからない。

 わからな過ぎて口がバカみたいに半開きだっただろう。


 鈍感系みたいに立ち尽くしていると、ジェットが後ろから近づいてきた。


「今のカリナさんが木剣割った音なのか?」


「うん。すごくね?」


「たった数時間で!?怪物じゃないですか、カリナさん」


 驚きのあまり乾いた笑い声をあげるジェットに当の本人は眉に皺をよせていた。


「え……?」


「そうだよカリナ!今の、めちゃくちゃ凄いことだよ!?僕なんか何年やってもダメなのに!」


 ニコが興奮した様子で駆け寄り、驚きに固まるカリナさんの両手を取ってブンブンと振り回す。


「一瞬で脈点見つけるし、二時間ぐらいで掴んで加速させるなんて…!天才だよ、カリナは本物の天才っ!」


「あ……あの…凄い、ことなんですか…?」


 予想外の絶賛に、カリナさんが目を白黒させている。


 俺はと言えば、彼女の底知れないポテンシャルと、それを御しきれていない自分の未熟さに、嬉しい悲鳴を上げたいのを必死に堪え、空を見上げた。


 シリウス…早く帰ってきてはくれないか。

 …どうすればいいか。分かんねーよ。


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