第十七話「ベーグル」
軽く昼食を取った後、三十分休憩を取ることにした。
…ベーグルがおいしすぎて食べ過ぎた。
その間ジェットは鉛入りの木剣を気に入ったのか裏庭で素振りをしに、ニコとカリナさんは二人でお喋りするのだという。
俺もその会話に入りたい所だが、入ったところで何も出来ないのが明白なので客室で今後の予定でも書いていくことにした。
正直、カウンター型だと知った時は難しいと思ったけど、あそこまで順調に行くとは思っても見なかった。
これならカリナさんが使ってみたいと言っていた氷魔術も練習する時間が出来るかもしれない。
あと、昼食時に知ったが、カリナさんには友達という友達がいないらしい。
だからニコと友達になれて心の底から嬉しいらしく、話題が尽きないという。
やっぱりニコとシリウスは人の懐に入るのがとんでもなく上手い。
シリウスは計略的に、ニコは自然に。
タイプは違うけど、憧れる。
俺はといえば空回って赤っ恥をかいたり、取り繕って、ホント何をしているんだろうな。
どうしても気持ちの整理がつかない。
初めて異性に一目惚れして、天から垂れた糸にしがみ付きたいと思ってしまう。
邪な感情が湧いては出ての繰り返し。
真摯に向き合うジェットに嫉妬する始末。
…もっと責任…感じないとな。
自分の頬を叩き俺はペンを走らせる。
予定表を書き終えるころには長針が休憩の終わりを告げていた。
紙を持って階段を駆け下る途中、外からニコの声援が飛んできた。
裏庭へ回ると、ジェットとカリナさんが木剣を交えている。
カリナさんは色違いの紫のウインドブレーカーを着ていた。
相変わらず似合い過ぎていて目が潰れそうだったが、彼女の剣術に向き合うその瞳に感化されて、気合が入った。
「カリナさん、一応これからの予定を書いてみたので一度、目を通してみてくれませんか?」
軽い打ち合いが終わったところで、俺は二人に近づいた。
「はい。もちろんです」
じっくりと目を通しながらカリナさんは顔を上げる。
「…最初の十日間は午前が剣術で、午後が闘気の練習なんですね」
「はい。今回の決闘では闘気を纏って戦う想定で考えています」
「闘気を纏えば身体能力が向上するので長い距離でも一瞬で詰められますからね」
「…でも、闘気って……私の知識だと、長い鍛錬の先に身に着くものという認識なんですけど、違うんですか?」
カリナさんの疑問はもっともだった。
俺は同調して頷く。
「はい。普通はそうですね。最初の一歩で躓きます」
「最初の一歩……ですか?」
「「脈点」を掴むところです。闘気の起点になる場所ですね」
「……聞いたことがあります」
「闘気は、魔術みたいに外へ放つものじゃありません。魔力を内側で練って回して、身体能力を底上げする技術です」
「そして――固有魔術がない人にとっては、魔術に対抗するための唯一の手段でもあります」
人差し指を立てながら、続ける。
「その闘気の起点になるのが「脈点」で、これは誰にでも一つあります」
カリナさんが戸惑ったように小首をかしげた。
「……では、どこが難しいんですか?」
「脈点は魔力の流れの「節」みたいな場所です。でも最初は小さくて、感覚で掴めない」
「だから見つけるだけで時間がかかります。……今、ご自身では分かりませんよね?」
一度目を瞑り、魔力の流れをカリナさんが確認する。
「確かに、その通りですね。何も…節も、平らに感じます」
「ここを掴むのに最低でも数か月かかるんです」
一拍おいて俺は口角を上げる。
「ところがですよ。俺には何度かお見せしている「固有魔術」があります」
ハッと顔を上げるカリナさん。
「俺の固有魔術《識律彩眼》を使えば的確に脈点を見つけることが出来るわけです。通常数ヶ月から数年かかる工程が最短一日で掴めるようになるんです」
「…ただ」
言いよどむとカリナさんはジッと俺を見つめる。
「ただ?」
「えっと。脈点が見えるようになるだけなので、理想的なことを言えば…手を合わせて回路を作って、脈点が通る前後とその瞬間に俺からも魔力を流して掴みやすくしたいんです…けど」
「分かりました。やってみましょう」
スラっと要望が通って逆に冷静になれた俺。
そ、そうだよな。
ドギマギしてる俺がキモいのさ。
俺はそそくさとさっきのジェットを見習ってハイタッチの感覚で両手を上げた。
「手を合わせればいいんですね」
「そうですね」
するとカリナさんは、一瞬きょとんとした顔で俺の手を見た。
「……あっ」
何かに気づいたように、彼女は慌てて木剣を丁寧に寝かせる。
そして自分の手を見下ろし、なぜかスウェットに擦りつけ始めた。
その仕草を見た瞬間、俺の冷静さがすっと溶けた。
自分が汗っかきだった事を今になって思い出したからだ。
…でも、いまさら手を引くわけにも行かない。
宙にあげた両手が、行き場を失って固まった。
ピトリ。
しなやかな指先が触れる。
……はずなのに。俺の意識はそれより、疑心暗鬼に全部持っていかれていた。
「じ、じゃあ行きます。《識律彩眼》」
世界が反転する。ーー彼女の体内を巡る脈点が鮮明に映し出された。
「…今です」
ほんの一滴、指先から魔力を流す。
…カリナさんの表情は動かない。
「…すみません。何もわからなくて…」
「い、いえ。もう一度行きます」
指先から感じる体温がほんのり暖かい。
自分の体温よりカリナさんの方が高いのだろうか。
白魚のような指とは彼女の指をさすのかもしれない。
だれだ?白魚とか言い出したの。
今まで疑問にすら至らなかった考えが頭の中であぐらをかく。
「…今…っ」
焦って早かった。いや、遅いのか。
自分でも分かるぐらい、声が空回りする。
それでも、頭が回転することを止めない。
白魚ってどんな魚なんだろう。
ぜひとも比較してみたいもんだ。
ーードス、と鈍い痛みが肩を走る。
ジェットの肩パンだった。
「おい、何やってんだお前」
一瞬ハテナが頭に浮かんだが、…俺はどうやら脈点が通る合図を出していなかったようだった。
カリナさんは不思議そうな顔で瞬きをしていた。
呆れた顔で俺を見つめるジェットに反論しようとした矢先、同じ方向から力強く押された。
カリナさんと繋がっていた手が離れ「あっ」と声を漏らしてしまう。
「もう、どいて。僕がやるから。カリナ、手を合わせるよ」
「……」
「は、はいっ」
「ジェット、ソウスケになんか言ってあげてよ」
「…ソウスケ、走るぞ」
と、俺はジェットに連行されていると二人の会話が遠のいていく。
「だ、大丈夫なんですか?」
「だいじょーぶだよ。ちょっと変になっちゃってるから。叩いたら治るから、安心して」
ジェットに襟を掴まれ、屋敷の外周を二周走らされた。
肺が焼けるころには、余計な熱だけが抜けていた。
「マジで、大丈夫か?お前?」
覗き込むジェットに俺は自問自答するように答える。
「…そうだな。いやでも仕方ねーよ」
「仕方なくねーよ」
「経験したことない奴がなに言ってんだ」
「したくねーよ!お前みたいになるならな!」
真剣なまなざしに俺の眉が吊り上がる。
「…え、俺そんなやばい?」
「ゲキヤバだよ。ほらみろ、鳥肌」
「ヤバッ」
人生二度目に見るジェットの鳥肌に俺は我に返った。
「…だろ?冷静になれよ」
「……そうだな。ありがとう。…戻ろう」
息を整えながら裏庭へ引き返すと、先にニコの声だけが飛んできた。
「――今!」
と、カリナさんに語り掛けながら魔力を流していた。
俺は固有魔術のおかげで脈点が視える。
それに対してニコは生まれつき触れていれば感覚だけで正確に魔力の流れ、脈点を感じることが出来る。
そのおかげで精霊ともお喋り出来るらしい。
「…あっ」
「わかった?カリナ」
「はい…何だか引っかかりが…これかもしれないです」
「じゃあ今度は合図をしないから、指先通った時に言ってみて」
目を瞑ったままカリナさんがこくりと頷いた。
「……今!」
「正解!そう、それだよ!カリナ!スゴイよ!」
パッと顔を輝かせながら手を振るニコにカリナさんも笑みを浮かべる。
「あ、ソウスケ。もう大丈夫?」
「うん、ありがとう。カリナさん先ほどはごめんなさい」
「…いえ、気になさらないでください。…私も少し変でしたし」
「じゃあ、カリナもう一回やってみよう。今度も合図はなしね」
「はい!」
再びニコとカリナさんが掌を合わせる。
それに合わせて俺も固有魔術を展開した。
魔臓…胸の奥…右肩…肘…手首、そしてーー「今っ!」指先を脈点が通った瞬間、カリナさんが口を開いた。
「…完璧だよ、カリナ!ソウスケも見てたでしょ!?」
「凄いですね…まさかここまで早く脈点を掴めるようになるなんて…」
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます」
太陽のように微笑む彼女に俺は心の底からシリウスの帰還を願った。
…対処法が欲しい。
と、そこで隣のジェットに肩を叩かれた。
「…どうする?このまま次行くか?」
「うん。このまま次の段階まで行ってもいい気がするな」




