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第十六話「踏み込み」




 ジェットが木剣の先でトントンと自分の肩を叩き、改めてカリナへ向き直った。


「なので今日はこれを意識して模擬戦を行っていきましょう。俺は動かないので、動かしてみてください。

 ソウスケ、おいソウスケ!カリナさんに入れ知恵してあげろよ」 

「…了解」


 そう言って数歩先で仁王立ちのまま木剣を構えるジェット。

 何を格好つけてるんだと言いたいところだが、助かるってのも本音。

 今は勝たせるのが先だ。


「じゃあ、カリナさんまずは袈裟斬りから行きましょう。ジェットは剣先で防ぎに行くと思うので、木剣同士が触れる瞬間に突きを入れましょう」

「分かりました!やってみます」


 ふむふむ、と俺の話を聞いたカリナさんはジェットに向かって駆けた。


 とはいえ初めてなので足さばきがぎこちない。

 それでも、恐怖を纏いながら懸命に大地を蹴る彼女に尊敬の念を覚える。

 木剣を握る指先が白い。それでも、踏み込む。


 しかし…袈裟斬りからの突きに身体をしならせる事で対応し、立ち尽くしてしまうカリナさんにすかさず反撃するジェットには「手加減」と言う物を覚えてほしい。


 こいつは悲しそうな顔をするカリナさんを見て何も思わないというのかっ!

 

 トボトボ帰ってくるカリナさんに俺はすかさず声を掛ける。

 ニコの背中を叩くことも忘れずに。


「めっちゃ良かったですよ!カリナさん。あれはジェットがバカなだけですから気にしないで大丈夫です!な、ニコ」

「うんうん。すっごい良かったよ、カリナ。僕絶対出来ないもん、今の」

「ありがとうございます」


 俺達の励ましに応えるようにカリナさんは笑みを浮かべた。


「今のは、ほーんの少しだけ退くのが遅かったですね。でもちゃんと踏み込めてるって事なんで、最高です」

「ありがとうございます。頑張ります!」

「あいつの事ボコボコにしちゃってください」


 と、遠くのジェットに指をさすと彼は訝し気に眉を寄せた。


「そうそう、あの剣術バカやっちゃってよ」

「ふふ、はいっ!」


 数十回繰り返していく内に感覚が掴めたのかカリナさんの眉のこわばりが解けてきた。

 脚運びも随分と滑らかになり、攻撃のパターンも自分で考え出すようになった。


 だというのに……負けず嫌いのバカは相も変わらずカリナさんを圧倒している。

 ここでコイツを呼び止めて「手加減しろよな!」と説教したところで、「でも勝負は勝負だろ?」と帰ってくるのがオチ。


「ジェット!」


 俺は声を張り上げた。そしてさっきマシューさんから支給された木剣を掲げた。


「何?」

「昼まであと少しだし、ルールを追加しようよ」

「…?」

「今からこの木剣を使ってもらう。どう?」


 と、手渡すのはマシューさんから受け取った鉛入りの木剣。

 重さは十キロ。手に持ったジェットはニヤリと笑う。


「なるほどな、いいぞ?」

「よし。当たり前だけど闘気もナシな」

「使わねーよ」


 強い語気に思わず振り返るカリナさんを見て、ジェットは「あっ」と小さく声を漏らし、頭を掻いた。


 俺はその様子を横目に、改めてカリナさんへ視線を向ける。


「カリナさん、どんどん良くなってます。自分から攻める感覚、どうですか?」

「ありがとうございます。うーんやっぱり難しいですね」


 カリナさんは眉を下げる。


「いやいや、あのバカが手加減を知らないだけでこの数時間でめっちゃ成長してますからね。なので、ここで一本取れたら休憩にしましょう」

「ふふっ。はい。頑張ります」

「今のところ敗因は力で対抗しようとしているところにあると思うんです」

「はい」

「なので、今からは寸前まで剣を振らずに押してみてください。最後の最後でフェイントをいれてって感じで行きましょう」

「やってみます」


 一本目。


「…いきます」


 カリナさんは中心線を意識しながら飛び込んだ。

 真っすぐジェットに伸びる剣先。

 しかし、射程に入る半歩前でジェットが踏み込む。


 その瞬間、カリナさんの肘が引き、距離が潰される。


「…参りました」


 喉元に触れる木剣を見つめてカリナさんは悔しそうに唇を噛んだ。

 臆してしまったことが分かったのだろう。

 それでも視線だけが、まだ前を向いている。


「…惜しいです。言葉は…いらないですね」

「…はいっ!」


 二本目。


「行きます!」


 深呼吸を繰り返したのち、カリナさんはゆっくりと加速する。

 それに合わせてジェットが肘を伸ばし、木剣の触れる範囲を伸ばす。

 剣先をジェットに向けたまま、カリナさんは前進する。


 二人の距離が射程に入った瞬間、剣先を僅かに跳ね上げるカリナさん。

 袈裟斬りがくると予想したジェットが剣先を持ち上げたその時ーーカリナさんはグンッ、と速度を一段と上げ、手首を返した。


 その速度にジェットの踵が、反射で退けかける。

 けど、引けない。グッとルールを思い出したのか下がる足を止める。


 一瞬の踏ん張りで、ジェットの身体が固まる。

 その硬直を、カリナさんは見過ごさなかった。


 そしてーー「参りました」そうジェットが呟いた。

 カリナさんの木剣はジェットをかいくぐり胴に触れていた。

 当てた瞬間、カリナさんは半歩引いて、距離を取っていた。


「「……っ」」


 俺とニコは気づけばカリナさんの元へ走り出した。


「やりましたね!カリナさん!」

「やったー!」


 肩で息をするカリナさんは満面の笑みを浮かべていた。


「やりました!」


 僅かに汗をかいたカリナさんが、やけに眩しく見えた。

 息を整えるその横顔に吸い寄せられる。


 俺が呆然としている隙にニコは「やった、やった」とカリナさんの手を掴んで踊っていた。

 そこに入りたいと思った感情を必死に押し殺していると、ジェットがカリナさんに身体を向ける。


「今のめっちゃ良かったです。最後退いたところも含めて完璧です」

「あっありがとうございます」


 木剣を胸に押しやりカリナさんが小さく頭を下げる。


「失礼いたします」


 突然の後方からの声に振り返ると、マシューさんが立っていた。


「昼食の用意が整いました。…ちょうど良い区切りかと」 


 マシューさんが一礼する。

 俺達は木剣を立てかけてから、後をついていった。

 

 いったん服を着替え、リビングに降りると焼きたてのパンの香りが鼻をくすぐった。


 卓の上には、半分に割られたベーグルのサンドイッチが籠に盛られている。

 紙に包まれたそれをほどくと、赤身魚の燻製の塩気と香りがふわりと立った。

 薄く塗られたクリームチーズに、生玉ねぎが重なっている。


「午後も身体を動かされますので、腹に重くないものをご用意いたしました」

「…さすがです」

「当然でございます」


 ベーグルを喉に詰まらせたニコに俺とジェットが行儀を叩きこみながら、楽しく昼食が進んでいく。 

 カリナさんは小さく笑いながら、会話に参加した。


 その笑顔を見て、俺は改めて思う。

 午後は「闘気」だ。ーーここからが本番。

 


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