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第十五話「型」


 決闘まで残された猶予は、たったの二週間。

 そのうちの一日が終わり、残りは十三日。


「はいっ!よろしくお願いします!」


 カリナさんの言葉にニコが駆け寄り、一段落つく。


 俺は一度、息を整えた。 


「ではこれより「カリナさんを鍛え隊」発足!拍手ー!」


 俺の宣言にニコとジェットが小首を傾げた。

 咳ばらいをして、もう一度だけ手を叩く。


「…拍手!」


 二人は遅れて、ゆっくりと手を合わせ始めた。カリナさんもつられてパチパチと叩く。


「目標はカリナさんが決闘で勝てるように鍛えること!全身全霊で取り組みましょう!拍手!」


 その空気を察したのか、ニコが妙に張り切って手を叩き始めた。

 カリナさんは、まだ少し戸惑っている。 


「…あ、ありがとうございます」

 

 …うん。やめよう。

 空回り過ぎて俯瞰で自分が見えた。

 幽体離脱ってやつだな。


「…具体的に何するんだ?」


 と、ジェットからの助け船に俺はそそくさと乗り込んだ。


「えー、とりあえず、カリナさんの力量を測るためにジェットと模擬戦をお願いしてもいいですか?」


 カリナさんに視線を向けると、彼女は木剣を握る指にぎゅっと力を込めた。


「は、はい!頑張ります」

「普通にやればいいのか?」

「うん。それでお願い。俺はマシューさんに頼みごとを思いついたからさ。ニコが審判ね」

「任せてよ!」


 ジェットとニコに模擬戦を託し、俺は屋敷の中へ戻った。


 掃除しているメイドさんに声を掛けるとマシューさんの所在はすぐに分かった。


「マシューさん、ごめんなさい。少しいいですか?」

「はい。もちろんでございます」


 執務室で何かを書いていたマシューさんが顔を上げる。

 長めの机に両サイドがびっしり埋められた本棚。

 いかにもって感じの執務室。


「この辺りに生息している魔物の情報が欲しいんです。地図とかってありますか?」

「かしこまりました。ギルドの記録と、当家の狩猟記録を確認いたしましょう。

 少々お時間をいただいても?」

「あ、全然大丈夫です。それからーーこのメモにある鉛入りの木剣、用意できますか?」


 俺が差し出した紙に目を落としたマシューさんが、即座に頷いた。


「メモの方はすぐに。地図は確認でき次第お持ちいたします」


 俺は木剣をいただいて執務室を出た。

 再び裏庭に回り込むと、すでに乾いた打撃音が響いていた。

 木剣がぶつかる、乾いた音。


 ニコが剪定された草原に胡坐を掻いて、ジェットとカリナさんが模擬戦を始めていた。


「はぁ…はぁ…もう一度お願いします」

「…もちろんです」


 戦いの様子を眺めているとニコが俺に気づく。


「あ、戻ってきたんだね。もう三回目始めちゃってるよ」

「そうみたいだね」

「かわいいよね。カリナの服装」

「ギャップって奴だな。てか、カリナさんはカウンター型なの?」

 

 模擬戦の展開だが、片手で木剣を持つジェットが大振り小ぶりを織り交ぜながらカリナさんに切りかかり、カリナさんは両手で持った木剣で必死に耐えている。


 ジェットの猛攻にカリナさんは防戦一方ーーというかカウンター出来る隙を待っているように思える。

 今まで魔力を扱えなかったが故にカウンターを待つのが最善手だったんだろう。


「でもすごいよね、カリナ。「闘気」使ってないのに一応防げているし」

「だな。防御も綺麗だし、カウンターのタイミングもいいね」

 

 とはいえ、その剣先がジェットに届くことはなく防御を解き、切りかかる瞬間にはトンッとジェットの切っ先がカリナさんの喉元に触れていた。

 ジェットの速度にはまだついていけないようだ。


 二人とも俺が戻ったのに気づいたのか、こちらへ向かってきた。

 ジェットが息を切らしていないのに対して、カリナさんは肩で息をしていた。


「ジェット、どうだった?」

「悪くないと思うぞ。」


 ジェットはそういうとチラッとカリナさんに視線を向けた。


「正直にお願いします」

「…そうだな、確認だが対戦相手は魔術師なんだよな」

「うん。そうですよね、カリナさん」

「はい…魔術師ですね」


 ゆっくりと息を整えながらカリナさんが呟くとジェットが唇を噛む。


「なら、カウンター型だとちょっと厳しくないか?」

「相手は距離を詰めてこないからな」


 俺が肩を竦めるとジェットが頷いた。


「やってみた感じ、カリナさんは自分から行動するって事を練習しないといけない。って思ったな」

「…そうなんですね」

「攻めが出来たら自ずと守りが出来るようになるんだが、逆はそうも行かねーからなぁ」

「何が必要になるんですか?」


 カリナさんの問いに俺が答える。


「飛び込む勇気ですね。守るだけじゃ、攻めるタイミングが分からなくなるんです」


 言い切るとカリナさんの顔に翳りが見えて自分の失態に気づいた俺は素早くフォローを入れた。


「あっ、もちろん、カリナさんの剣術否定しているわけじゃなくて、対魔術師相手だと距離を詰めた者勝ちですから」


 慌てふためく俺がおかしかったのか口元を手で押さえながらカリナさんは笑った。


「はい、分かっていますよ。…ではどうすれば良いのでしょうか?」


「ずばり、二つあります」


 俺は一度、カリナさんの足元に視線を落とした。


「一つ目はーー相手の足を動かすことです」

「……足を、ですか?」


 コテン、と首を傾げるカリナさんの無意識なあざとさに心を握りつぶされない内に続ける。


「はい。斬り合いで勝つ前に、まず「立っている場所」を奪います。下がらせてもいいし、崩してもいい」

「とにかく一瞬でも主導権を取る。」

「分かりました」


 俺は頷いて、もう一つ付け足す。


「二つ目はーー入ったら帰る意識。やることをやったら距離を戻す」

「自分から詰めるっていうのは、殴り続けるって事じゃないんです。ーーやりたいことをやって、退く。これもセットで練習していきましょう」


 少しの沈黙を挟んでから、俺は言い切った。


「なので、昼までの「目標」はーージェットを一歩でも動かして、後退させることです」

「はいっ!」


 カリナさんは小さく頷き、木剣を握りなおした。

 俺は隣で腕組みするジェットに目くばせをして、バトンを渡す。


「……」


 ジェットは木剣を構える。言葉と同じくらい、無駄のない構えだった。


「一番怖いのは、考えずに突っ込んでーー頭が止まる瞬間ですよね」

「…はい」


 カリナさんは言葉を噛みしめるように、唇を軽く引き結んだ。


「だから、型を作るんです。二つか三つ」


 ジェットは淡々と続ける。


「攻めるのは怖い。リスクを取るってことですから」

「でも怖いからこそ、先に決めておくんです。カリナさんは型を習ったことはありますか?」


「はい。昔から型はやってきました」

「なら話は早いです。俺の持論ですけど、型は反復して「反射」に落とすためのものだと思ってるんです」


 「例えばーー」と呟いたジェットはカリナさんに向かって袈裟斬りを放った。

 カリナさんは咄嗟に剣先を持ち上げて受ける。

 

「今みたいに受けるじゃないですか。今のカリナさんだったらここで止まってしまうんです。

 でも…ここで止まったら、待ちに戻ってしまう」

「…はい」

「だから最初から決めとくんです。袈裟が止められたら、手首を返してもう一回。

 それも通らなかったら、退く」


 ジェットは最後に半歩引いて、距離を取ってみせた。


「で、仕切り直して次はフェイントを入れて袈裟かと思わせてーー」


 と、再び飛び込むと寸前で手首を返す。


「ーー逆袈裟」


 風を切る音と共に木剣はカリナさんの防御をすり抜け、脇腹に触れていた。


「型でもありますよね、こういうの」

「なるほど。確かにその通りですね」


 得心がいったようにカリナさんは深く頷く。



 俺もこんなことを言えば良かった。

 後悔。


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